フレア(6)


 精霊との同化エレメンタルフュージョン

 精霊魔法の到達点、言わば奥義の一つ。

 もちろん、通常用いられるのは一時的にひとつになるだけ、それもだが。


「あたしもまだそんな高度な精霊魔法使えないけどさ」

『私は相手がある程度以上の精霊使いなら同化できるの。もちろん、お互いに合意の場合だけね』

「ステラは四分の一以上精霊なんだからなおさら簡単よね。ママはあんたの精霊部分にするっと入り込めばいいだけ」

「……なるほど」


 フレアの私室。

 説明を受けた俺はとりあえず納得した。


「それでヴォルカさんはわたしの身体を使えるようになるんですか?」

『ステラちゃんが明け渡してくれればねー。どう? 貸してくれる?』

「ちゃんと服を着てくれて、後遺症がないなら構いませんけど」

『うん。後遺症はまあ、大したことないかな』

「大したことないってなんですか!?」

『ほんとに大したことないってば。もしかしたら精霊化が進行するかもってくらい』


 ああ、精霊と一つになったことでその性質をコピーしてしまう可能性があるってことか。


「まあ、それくらいなら構いません」

「いいんだ!? ……ステラ、あんたもけっこう図太いわよね?」

「だとしたら何割かはフレアさんたちのせいですからね?」


 精霊との同化は本来、絶大な能力を一時的に得るために行うものだ。

 そういう意味では興味があるし、ここは乗っておくことにする。

 どうすればいいのかとヴォルカに尋ねると、


『ステラちゃんは楽にしてくれればいいよー。剣に軽く触れてくれれば、私がそっちに乗り移るから』

「わかりました」


 若干わくわくするのを感じながら手を伸ばし、フレアの剣の刀身に触れる。

 と。

 俺は、俺の中に『別の存在』が入ってくるのを感じた。

 熱い。

 圧倒的な熱量。力そのものと言っても過言ではない火の大精霊という存在が俺という器に満たされ、生身の肉体という、本来存在しない『もの』のポテンシャルを限界まで引き出していく。

 なんでもできそうに思えるほどの高揚感。

 実際、この状態なら普段よりもずっと強くなっているはずだ。もしかしたらあの『最強の男』とも素手で殴り合えるかもしれない。


「わ。ステラちゃんの身体、想像以上に居心地いいかも。私の力をここまで引き出せるなんてフレアちゃんでも無理じゃないかな」

「ママ、ステラの身体は自由に動かせそう?」

「うん。ステラちゃんはまだ『これ』に慣れてなくて主導権を握れそうにないから」


 全身の感覚はあるのに指一本動かせないという不思議な感覚。

 自分の身体がひとりでに動いて喋るのはなんだか妙に落ち着かない。

 と、身体に満ちあふれていた力が抑えられて。

 さっきまでは力の消耗で長くはもたなそうだったのが、しばらく普通に過ごせそうなくらい落ち着く。


 を俺、もとい、俺の身体を操るヴォルカが優しく撫でて。

 ……同化の影響か、容姿がちょっとヴォルカに寄っている。


「人間の中に入るなんて何百年──ううん、千年ぶりかなあ。それがこんな、信じられないくらい相性のいい子だなんて」

「……ねえママ。そこまで言われるとあたしもちょっとムカついて来るんだけど?」


 誰にどう嫉妬しているのか、むっとして母──というか俺の頬をつつくフレア。


「ステラってばそんな素質まであるわけ?」

「うん。本来、本格的に精霊の依代となるには特殊な体質がいるんだけど──これもステラちゃんの『秘蹟』の力かな」


 特殊な血筋の代替となる俺の『秘蹟』。

 まさかこういう使い方もあったとは。

 感心している間に母娘は笑いあって、


「じゃ、しばらく楽しませてもらいましょうか」

「うん。ちゃんと服を着ればいいのよね? 服を着れば」


 あ、と、俺は気付いた。

 こいつら「ちゃんと」を「服を着る」にかけてやがる。

 服は着る。着るが、露出度までは指定されていない、と、そういうつもりか。


 俺は「ちゃんとした服を」着ろというつもりで言ったのだが。

 子供か、と、憤りつつ身体を奪い返そうとするも──同化状態だと勝手が違うのかびくともしない。

 その間にフレアはクローゼットへと母を案内して、


「あのね? ステラ用にいろいろ買ってあるの。今のママならばっちり着られるでしょう?」

「あら可愛い。いいじゃない。ステラちゃんもフレアちゃんみたいにもっと肌を出すべきだわ。せっかく肉体があるんだから」


 この娘にしてこの親ありか!

 俺なら自主的には着ないような布面積の少ない服の数々に「いつの間に」と驚愕する。

 ここ数日、屋敷を空けていることも多かったのでその時か、あるいはその前からちょくちょく集めていたのか。

 フレアはにっこり、というか「にんまり」と笑みを浮かべて、


「じゃあ、ママ。その服、脱いじゃいましょ?」

「うんっ」


 答えたヴォルカも、躊躇いなく俺の服に手をかけていく。

 わざわざ二人は鏡の前に移動して、


「物質的な肉体なんて不自由なだけだと思うけど、こうしてみるとなかなか悪くないかも。……肌の感覚が、こんなにも気持ちいいなんて」

「あはっ。ステラは人一倍敏感なのかもね?」


 なんだその風評被害。

 間違いなく自分の身体なのに、フレアに頬を撫でられてもされるがままになる自分。

 鏡の前で『俺』がゆっくりと脱衣し、下着さえも取り払って生まれたままの姿になる。


「……ほら、ステラ? 家の中だし、ちゃんとこれから服を着るから問題ないでしょ?」


 俺の感覚でもそのくらいならギリギリセーフなのが腹立たしい。

 いやしかし、フレアが勧めてヴォルカが手に取った下着はなんというか、下着の役割をもはや成していない。

 大事な部分が開いている下着とかいつ使うつもりだ。

 っていうか着るなよ!?

 恥ずかしそうにしつつも目をらんらんと輝かせた俺自身の身体が、変化した髪色もあってフレアと被る。


 若干幼さの残る、必要以上に整った容姿がいかがわしい下着とアンバランスなコントラストを生み、奇跡的に芸術として成立させる。

 ブラはこちらも乳首を保護しないおかしなもので。

 俺は、精神的な「ぞくぞく」で動かせない身が翻弄されるのを感じた。


 ──あ、これ、本格的にやばいやつだ。


 情景的には二人しかいないのに俺は今、二人に痴態を鑑賞されていて、今にもさらなる衣装──股下まで布があるか怪しいスカートに、へそを全く隠せないトップスを身に着けさせられていく。

 こんな格好、もはや服を着ている意味があるのか。

 生地も薄いのでヘタをしたらブラも透けてしまうし、そうでなくてもスカートの中が簡単に覗けてしまうので──街を歩くだけで羞恥プレイになるのは間違いない。


 普段のフレアの格好はまだギリギリ「そういうファションなんだな」で済むが、こんな格好をしたら絶対に「あ、痴女だ」と生暖かい目で見られる。

 なんだかフレアも興奮している様子で、


「ああ、いいわ……っ。いつものステラなら絶対、こんなの着てくれないし。あたしをゴミでも見るみたいな目で見るんだから」


 さすがにそこまで蔑みの視線はしてないと思うんだが!?


「ああ、どうしよう。二人でこんな格好して歩いたら絶対取り返しつかなくなる……っ♪」


 わかってるならやるなよ!?


「うふふ。フレアちゃんが危ない目に遭うのは避けてほしいけど、そのくらいなら大丈夫なのよね?」

「そりゃあね。あたしもステラもその辺の男なんか軽く焼けるし」

「じゃあ、少しくらい『火遊び』してもいいかしら?」


 それからフレア母娘は俺の身体を使ってしばしファッションショーを繰り広げて。

 さんざん辱められた末に身体の感覚を取り戻した俺はしばし、自己嫌悪と同化の疲労で動く気力を失ったのだった。

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