双子の遺跡(3)

 敵がわかっていたので当然、対策もしてきた。

 俺は魔剣を鞘に収めたまま別の武器を取り出す。


「またこれの出番がありましたね」


 弓である。


「頼むわよステラ。巨人の動きを止められるかどうかってかなり重要なんだから」

「はい。しっかり狙います」


 サイクロプス攻略のための秘密兵器。

 これでなんとか動きを抑え、リーシャが銃を乱射。的がでかいので撃てば当たる。

 うまいこと体力を削れたら後は煮るなり焼くなり。

 ここまででかなり消耗しているものの、三人とも魔力はまだ残っている。凄腕パーティの面目躍如といきたいところだ。


「──開けるわ」


 扉が開かれると、中が非常に広いホールになっているのがすぐにわかった。

 なにしろサイクロプスが自由に動き回れるサイズだ。

 これなら人間には広すぎるくらい。

 奥に台座があり、上にはひと抱えほどの水晶玉。そしてそれを守るように、身長五メートル以上もある一つ目の巨人が立っている。


 サイクロプスは俺たちの侵入を確認すると咆哮を上げ、右手のこん棒を持ち上げる。

 その足が大きな一歩を踏み出す頃には、俺たちも陣形の構築を終えていた。


 深呼吸。

 弓を構え、あらかじめつがえておいた矢を巨人のに向ける。

 サイクロプスの弱点は、一つしかないうえに巨大な目だ。

 高い位置にあるため狙うには飛び道具が必要だが、逆に言うと、こうして弓を用意してでも狙う価値がある。


「行け、ぇっ!」


 放たれた矢は狙い違わずに飛び、巨人の目に──。


「あっ!」


 敵の持ち上げたこん棒が矢を防いだ。向こうもさすがに警戒はしているか。

 だけど、わざわざ防ぐということは有効だということ。


「《ファイアーボール》」


 次の策は、巨人の左手側に回り込んだエマの火球。

 これは相手の左腕で防がれた。着弾箇所に火傷ができ、爆風が撒き散らされるものの、部屋が広く敵が大きいために大きな影響はない。

 まだまだ。

 二の矢を発射。巨人はこれもこん棒で防ぐも、そこで右腕側に移動したリーシャが二丁の銃で光の雨を降らせる。

 さらにフレアが接近して、


「ほらほら、動きが止まってるわよ!?」


 最上は目に当てることだったが、防御のために足が止まれば最低限の目的は果たした。

 三射目の矢と、二発目の火球、無数の光弾が降り注ぐ中、巨人が選択したのは接近するフレアの迎撃で。


「フレアさん!」

「ええ! 行くわよ、ステラ!」


 燃える敵が相手なら例のアレが役に立つ。

 俺の残り魔力をも消費して増幅した特大の炎。

 熟練したエマのファイアーボールをも大きく上回るそれは巨人の身体をも包みこんで。

 瞳に突き刺さった矢、眼前で炸裂する火球がさらに敵の神経をかき乱す。


「フレア、いったん下がりなさい!」

「わかって──うわ、あっぶな!?」


 苦痛にもがくサイクロプス。

 やみくもに振るわれたこん棒がフレアを直撃しかける。手負いの相手ほど危険なものはない。フレアは深追いを避けて後退。

 その間も俺とリーシャが攻撃を続けるも、


「……なるほど。ダメージの入り方が遅い」

「焼いた端から少しずつ治ってるってわけね。めんどくさ」


 再生能力。

 俺たちの攻撃を無効にするほどではないが、一気に殺し切らない限りはじわじわと効いてくる。

 と言っても、並の敵なら今のだって十分に致命傷なんだが。


「まずいわね、火が消える」


 倒しきれないか。なら、


「後は剣で倒しましょう!」


 弓と矢筒を後ろに捨て、魔剣を引き抜く。

 フレアは「そう来なくっちゃ!」と笑って剣を握り直した。

 目標は、手負いの巨人。

 全身に火傷を作った彼(?)はその治療に追われ、リーシャの攻撃に対処できない。動きも鈍ってきており、当初ほどの脅威は感じない。

 もちろん、それでも当たれば一発で致命傷だが、


「同じ失敗は繰り返しません……っ!」


 よそ見はしない。敵の動きに意識を集中し、腕や足をかわしながら一太刀を浴びせていく。


「小さい、っていうのも場合によっては厄介よねっ!?」


 傷の残る一つ目で『下』を補足するのは一苦労。しかも両足を同時に攻撃されているとなれば。

 足を動かして牽制するほうが手っ取り早いが、それも注意していれば十分かわせる。

 急がば回れ。

 あのアルフレッドならサイクロプス相手に肉弾戦も可能かもしれないが──俺たちはなるべく攻撃を受けず、確実に倒す戦術だ。

 二本の剣が着実に傷を増やし、敵に血を流させる。この場合はむしろ、傷よりも出血、そして体力の低下のほうが重要。

 いくら再生能力でも失った生命までは回復できない。そしてリーシャの銃は生命そのものを刈り取るもの。


「いくら巨人でも、準備さえできれば私たちの敵じゃない」


 やがて、サイクロプスはその力を失い、広い部屋の中央へと前のめりに倒れ伏した。


「あっぶな……! 下手したら潰されてたわよ、あたしたち」

「遺跡の核側に倒れないのは本能なんでしょうか……」


 ひとまず安堵の息。

 ……それにしても、こうして見ると本当にでかい。身長が三〜四倍だと体積はそれじゃきかないからな。

 動かなくなった巨人をエマが遠巻きにしたまま、


「さあ。ここからどうなるかが問題」

「そうね。短時間で核を壊せる気もしないし、とりあえずこのこん棒でも奪いましょうか?」

「そんなもの、確保しても持って帰れないわよ?」


 しょうがないので代わりに目をくり抜くことにした。

重さを変えられる上に切れ味の良い魔剣はこういう時も便利。

 切り取った目を大きめの袋に詰め込んでいると、部屋の奥が輝き出した。


「来た」


 輝いたのはこの遺跡の核ではなく、さらにその奥だ。

 壁に光の線がいくつも生まれ、そこから光──すなわち魔力が流れ込むように核へと伸びていく。

 ……なるほど。遺跡の外から魔力が流れてくるなら隠し部屋か他の遺跡を疑うのが自然だ。もう一つの遺跡はそうして発見されたわけか。


「復活しますか?」

「するんでしょうね。……うっわ。これギルドに言って報酬弾んでもらわないと割に合わないわよ?」

「それより、倒す準備」

「そうね。……復活直後は無防備になるでしょうから、一気に倒してしまいましょう」


 もうフレアの魔力は残っていないため炎は出せない。

 エマが残る魔力でもう一度ファイアーボールを撃つとして、それ以外は──。

 俺たちが選んだのは、俺の弓をフレアに貸して撃ってもらうこと。

 位は足りないものの聖職者であり、銃を手にする資格のある俺がリーシャの銃を借り受けること。


「これをお預かりするのはあまりにも恐れ多いんですが」

「大丈夫ですよ。地母神さまはわかってくださいます」


 実際、許しのない者には撃つこともできないらしいので、撃てた俺は許されたということなのだろう。

 そして、リーシャは。


「みんなのおかげでわたくしの魔力はあまり減っていませんので」


 神の威光を威力によって示す、神の奇跡には珍しい直接攻撃魔法。

 銃から放たれる光にも似た聖なる光を放つ《ホーリーライト》。

 大量の魔力を使って放たれたそれはサイクロプスの目を焼き、巨人に絶叫を上げさせて。


「ね? これ、最初からリーシャに任せてれば良かったんじゃない?」

「聖職者の奇跡は最後の命綱ですから、頼りすぎるのは危ないですよ」


 強烈な光で目の機能を奪われた巨人はあえなく再び倒れ伏すことになった。

 三度目の復活は──ない。


「良かった。向こうの遺跡もこちらにかまけるほどの余裕はなくなったみたい」

「じゃ、後は核を壊すだけね」


 緊急措置がなくなっただけで、時間経過での復元は残っている。

 それを止めるため、俺は魔剣を振るった。


「あ、ステラ。できれば核じゃなくて台座を壊して欲しい」

「下ですか? わかりました、やってみます」


 横薙ぎで力を入れづらくはあったものの、魔剣の刃は刃こぼれひとつすることなく台座に欠けを作った。

 何度も繰り返せば、支えている部分が割れ、核がごろんと床に転がる。

 同時に、遺跡内に満ちていた力が停滞するような感覚。

 現在生きている魔物や罠はしばらく動き続けるだろうが、補充される魔力がないのでいつかは動かなくなる。


「そっか。核を外せば止まるんですね」


 一つの遺跡が、こうして終わった。


 この時代の人間にとっての脅威が一つ去って、古代の人間の生きた証が無へと帰す。

 それは少し無情な感じがして、


「そう。そしてこの核は良い資料になる。つまり高く売れる」


 ……台無しだぞおい。

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