ステラ(9)

「ステラ(さん)、昇格おめでとう(ございます)!」

「ありがとうございます、みなさん」


 根城にしていた宿の一階──品のいい酒場を久方ぶりに訪れたのは、俺の昇格祝いのためだった。

 仲間たちはもちろん、シェリーも「私までいいんでしょうか……?」と言いつつ付き合ってくれたし、看板娘や常連まで一緒になって祝ってくれる。

 少しこそばゆいものの、こういうのも案外悪くない。


 毎日食べていた料理もしばらく食べていなかったせいか懐かしく思える。

 これは、いつもより酒が進んでしまいそうだ。


「どんどん飲みなさい。あんた、普段は遠慮してるでしょ?」

「遠慮しているつもりはないんですが……。冒険者たるもの、いつでも動けるようにしておかないと」

「ステラは固すぎ。もう少し気を抜かないとそのうち潰れる」


 いや、フレアとエマは抜きすぎだと思うが。


「ステラさん、お祝いにわたくしから衣をプレゼントしますね?」

「えっと、衣ってリーシャさんが着ているようなやつですか?」

「ええ。これは神官用ですけれど、おおよそ同じようなものです」


 言って微笑むリーシャ。


「身につけていたほうが地母神さまの聖職者だとわかりやすいでしょう?」


 宗派の証明自体は聖印をもって行われる。

 神殿を介して作られた本物は触れて祈ると光を放つ。他の神の聖印でも、信仰心が偽物でも光は生まれないので、ある程度の本人確認が可能だ。

 ただ、いちいち胸元を確認するのも手間だし、服の下に入れている場合もある。

 ぱっと見てどこの神の信者かわかるのは大きい。


「でも、悪いです。きっとそれなりに高いでしょう?」

「お気になさらず。昇格した妹には姉から衣を送る風習があるのです」

「……本当ですか?」

「……風習というほど明確なものではありませんけれど、嘘は言っておりません」


 なら目をそらさなくてもいいだろうに。

 ふう、と、息を吐いた俺は、リーシャのほうを窺いながら、


「あまり遠慮しても逆に失礼かもしれませんし……お言葉に甘えてもいいですか、お姉様?」

「っ。どんなデザインにしましょうか? 丈はどうしますか? 傷んだ時のために2着あったほうが便利かもしれませんねっ?」

「落ち着きなさい、リーシャ」

「ステラといるとリーシャが面白い」

「……面白いで済ませることでもないと思いますが」


 俺はジト目のシェリーに同意見である。


「あれ? 衣ってデザインは決まってないんですか?」

「おおまかな模様は規定がありますが、丈や形状は自由度が高いのですよ。といっても、神殿づとめの者はゆったりしたデザインでほぼ統一ですけれど」


 俺たちのような冒険者は都合に応じてデザインを変えることが多い。


「ステラさんの場合は剣を振るために動きやすいデザインのほうがいいかもしれませんね」

「なになに? つまり深めのスリットが入るってことかしら?」

「私はロングスカートのほうがいいと思う。できれば極薄の生地で。すけすけで」


 フレアとエマは自分の趣味で意見を言い過ぎだ。


「……そうですね。激しい動きをすることもあるのでスリットは欲しいです。下に身につけられるようにゆったりめのデザインで、膝下か膝丈くらいでしょうか」


 さすがに冒険用の装備は女子でもパンツルックが多い。

 衣をベルトで軽く固定しつつ下に穿けば動きは疎外されにくいだろう、と、想像しながら答える。


「袖は? やっぱりふんわり仕様?」

「あたしは脇見せなんていいと思うけど。ねえシェリー?」

「え? わわ、脇ですか? ステラ様の? ……ではなくて、その、動きやすくとも少々破廉恥なのでは」

「そうね。わたくしとしては普通の長袖がいいと思うわ。もしくは、重ね着を考えて袖なしかしら」

「上に着ると衣の意味が薄くなりますし、下に着るとごわごわしそうですよね……重ね着するにしてもマントやコート系がいいかもしれません」


 というわけで、俺の衣は膝下丈の長袖、左右に深めのスリット入りということで落ち着いた。

 実際の注文時に相談して微調整はあるかもしれないが。


「ところでステラ、竜の骨はどうするか決めたの?」

「わたしは腕甲を作ろうと思っています。……胸甲と悩んだんですが」

「ステラさんは胸が成長するかもしれませんものね」

「……です」


 腕だけを覆う軽い防具。下手な金属よりも硬いので盾代わりにも使えるし、鈍器のように叩きつけても有効だ。

 衣を着るなら模様が隠れないほうがいいだろうし、どっちみち腕甲が正解だろう。


「ふふん。それにしても、ステラも慣れてきたわね? 服のデザインで戸惑わないなんて」

「それは、冒険で必要なものですから……っ!」


 微妙に恥ずかしくなりつつそう答えた俺は「みなさんはどうするんですか?」と質問。


「私は竜牙兵を作る」

「ああ、そういえば牙をもらってましたよね」


 竜牙兵と言っても全身が竜の牙でできているわけではなく、小さく削り出し加工した牙に儀式で魔法処理を施すことで触媒が完成する。

 エマは未加工の牙の小片を、失敗も考えていくつか受け取っていた。

 それを冒険に連れ歩くのかと言えば「こういうのは住処の防衛用と決まっている」とのこと。


「あたしはピアスでも作ろうかなって。剣はこれ以外使う気ないし、防具ってのもピンとこないし」

「ピアス。……耳につけるの?」

「他にどこにつけるっていうのよ!?」


 ツッコミを受けたエマがごにょごにょと耳打ちすると、紅髪の美少女は頬を染めながら「悪くないわね」と呟いた。

 うん、またろくでもないこと考えているのはわかった。


「リーシャさんはどうするんですか?」

「わたくしは……そうですね、チョーカーにしようかと思っております」


 半円を描くようなパーツを二つ削り出して、端をオスメス──出っ張ってるほうとへこんでいるほうに加工する。

 装着する時にはめ込むようにするとしっかり固定されるという寸法だ。


「首輪かぁ。それもアリね」

「リーシャにしては大胆」

「違うから! チョーカーよ! 詠唱を考えても首は重要部位でしょう!?」

「大丈夫です、リーシャさん。わたしはわかってます」

「お嬢様、あのお二人は放っておきましょう。なんでもそういうふうに聞こえてしまう性質なのです」

「ひどい言われよう」

「まあ、合ってるんだけどね」


 合ってるんじゃねえか。


「なんにしても、これからますますいろいろできそうね。ステラも奇跡が使えるようになるんだし」

「ええ。ステラさんなら初歩的な奇跡はすぐに使えるようになるわ」

「古代語魔法も覚えてもらってる」

「精霊魔法だって初歩的なのはもう使えるはずよ」

「……わたし、魔力がいくらあっても足りませんね?」


 もちろん、全魔法が使えても魔力には限りがある。


「そこはそれ。あたしたちの補助をしてくれるだけでも大助かりだし」

「二人目がいるといろいろ助かる」

「ステラさんもかなりの魔力持ちですから、銃に祈りをこめるのを手伝っていただくこともできそうですね」


 聖職者になったから銃に触れる権利があるのか。

 本人でなくても残量を増やせるなら確かにアリだ。


「ゆくゆくはステラさんも自分の銃を持つことがあるかもしれませんけれど」

「わたしには剣もありますから、そこまではさすがに」


 サブの武器としてはありなんだろうか? しかし、銃は銃で手入れがけっこう大変そうだし、習熟にも難がある。

 そもそも神官昇格なんて何年も先の話だろうから、ここは話半分に聞いておこう。


「前衛が二人になって余計に安定するし、これからもっと活躍できるわね」

「はい。是非お役に立ててください!」


 ……いつもより飲んでしまった俺は、ふらふらの足取りで屋敷まで戻ることになった。

 道中、支えてくれたのはシェリーだ。

 部屋まで連れてきてもらうことになるとは不覚である。


「大丈夫ですか、ステラ様? お水をご用意しますので」

「ありがとうございます」


 精霊魔法が使えるシェリーはなにもないところから水を出せる。水差しに補充された冷たい水を俺はこくこくと飲み干して、


「……そのご様子ですと、私のお祝いは後日のほうがいいかもしれませんね」

「? お祝い、ですか?」

「はい」


 こくん、と頷いたシェリーは濃いピンク色の瞳を揺らめかせて、


「使用人の身でプレゼントというのもおかしいですし、その、私自身を一晩、お使いいただければ、と」


 ──そういうのはあれっきりだと思っていたんだが。

 正直、その一言で酔いがかなり覚めた。

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