死者の溢れた村(2)
持ち上げる時は重量を軽くし、上段から振り下ろすと同時に一気に重くする。
後は軽く支えてズレないようにするだけで、魔剣はゾンビの腐肉ごと頭蓋骨を割り砕く。
「本当にすごいですね、この剣」
俺の筋力と技量でもゾンビやスケルトンが一撃だ。
「人に向ける時は気をつけるのよ」
「そうですね。やりすぎてしまうと取り返しがつきません」
今は「適正重量で扱う」か「過重量を上から落とす」程度の使い方しかできないが、使い慣れて行けばフェイント的に扱うこともできそうだ。
手加減も自在にできるようになれば『勇者』の名に近づけるかもしれない。
ひとまず今は、自分にできることを着実に。ゾンビやスケルトンを一つずつぱかぱかと潰していって、
「さて。外のはだいたいやっつけたかしらね?」
「うん。動くものがなくなった感じ」
少なくとも五、六十は相手にしただろうか。
撃墜の割合はリーシャが四、俺が三、フレアが二でエマが一といったところ。
ここまで《死者退散》以外魔法は使っていない。エマでさえ杖でスケルトンをぶん殴っただけだ。
「いったん休憩を取りましょう」
「そうですね。まだ先は長いかもしれません」
荒れていない家を見繕って使わせてもらう。
入り口にはリーシャの持ってきた聖水を振りまき、アンデッドが近づきづらいようにした。
「薪もかまどもあるので火を起こせそうですね」
「じゃあパンとかあぶって食べましょうか」
パンもチーズも軽くあぶると美味さが倍増する。
入り口のほうを注意しつつ、武器はすぐ手に取れる状態で、ではあるものの、俺たちは持ってきた食料で英気を養った。
ワインはまだ開けないでおき、水で我慢。
「戦士にとっては酒は景気づけみたいなところあるけど、飲むと精神集中が乱れるのよね」
「特にエマは絶対飲まないでね。いざという時はあなたが切り札なんだから」
「アンデッド相手ならリーシャのほうが役立つと思うけど」
幸い、小休止の間にアンデッドが入ってくることはなく。
「さて、もうひと頑張りしましょうか。ステラ、やれそう?」
「はい。まだ余力は十分です。……あ、でも、念のために癒やしをかけておきますね」
傷は負っていないものの、癒やしの奇跡には疲労を和らげ集中力を戻す効果もある。
知らず知らず溜め込んだ疲労も冒険者の死を招く原因の一つだ。
「ありがとうございます、ステラさん」
「いいえ。わたしの魔法じゃまだまだリーシャさんには及びませんから」
こういう余裕のある時に使っておいたほうがいい。
戦闘時には即効性があるに越したことはないのだから。
◇ ◇ ◇
「……不浄な気配を色濃く感じます。これはかなりの数のアンデッドがいると見て間違いありません」
「そもそも、墓地ってどのくらいの大きさだったのかしら? それによって敵の数も変わるわよね?」
「村自体は大した規模じゃなくても、歴代となると百か二百は行っているはず。それに、下から出てきた分があるとなると計算が狂う」
結局、遭遇した相手をすべて打倒していくしかないということだ。
休憩の間に出てきていた何体かを倒しつつ、墓地の入り口付近に到着した俺たち。
頷きあって地下への階段に向かうと、すぐにアンデッドの群れが反応を始めた。
──《
何体かが崩れ落ち、何体かが逃げ惑う。運良く逃れたものは俺たちの得物の前に沈み、逃げた個体の背中に銃の聖光が突き刺さった。
「リーシャ。銃の残量はどう?」
「まだまだ大丈夫だけれど、枯渇させるのは避けたいわ」
「それが撃てなくなるとあたしたちの戦力もかなり落ちるものね」
「温存大事」
言っている間にも後続が這い出てきて。
「そういうことなら、フレアも少し暴れたほうがいい」
──《
「そうね。そろそろ退屈していたところだしっ!」
燃え上がる炎を付与されたフレアの愛剣がゾンビ、スケルトンをばったばったと斬り倒していく。
「《
今回は俺の左手とエマの杖に明かりを付与。
道を切り開きつつ地下へと降りて、
「けっこう広いのは助かる」
「埋葬に使うんだから狭いと不便なんでしょうね。おかげで動きやすいわ……っ!」
いや、ほんと雑魚みたいに倒してるけど、この数はマジで早めに対処して正解だぞ。
大挙して街に押し寄せられていたら絶対潰すのに苦労していた。
「本当に多いわね。……エマ、もう少し手伝ってくれるかしら?」
「肉体労働は専門外だけど仕方ない」
──《
聖なる力を付与された杖が敵を撲殺。ゾンビを叩き潰したエマは「杖が汚れる」と文句を言った。
もちろん俺も魔剣でできる限りの戦果を稼ぐ。
襲いかかってきた中には人間以外、コウモリやネズミ、犬猫に牛や鶏のゾンビやスケルトンも交じっていたものの、等しく一蹴。
地面を這ってくる相手は文字通り蹴飛ばしたり踏み潰した。
「リーシャ、問題の場所がどっちかわかる?」
「感じるわ。……あっちの方向ね」
「じゃ、先に他を片付けましょ」
最短ルートを突っ切ることも時には必要だが、後顧の憂いを断っておくのもまた重要。
手早く、そして確実に撃破していって、
「……これ、確実に日が暮れる」
「馬車で短縮したって言ってもそこそこ遠かったしね。今日はこの村に一泊するしかないか」
「ある程度目処をつけないと休めないけれどね」
「まだまだ出てくるようなら応援を待ちましょう」
応援の冒険者たちには「日が暮れたら村へ突入してくれ」と伝えてもらっている。
俺たちが数を減らした後なら大きな危険はないだろうし、万が一、俺たちが下手を打った場合になんとかする役も必要だ。
さらに、伯爵には明日中に帰れなければ『冒険者の街』に救援を要請するように言ってあるが、さすがにそこまでの事態は考えたくない。
「……さて。そろそろ問題の部屋だけど」
うじゃ。
エマの杖に照らされた室内に二、三十体のゾンビ、スケルトンがひしめいており、
「《
「ふぁ、《
間髪入れずに放り込まれ、炸裂する火球。
俺たちもすぐに後退したものの、それでも防ぎきれない炎の余波はフレアの精霊魔法が抑え込んだ。
結果、逃げ場のなくなった炎はさらに荒れてアンデッドを襲い、
「ちょっとエマ、あんたあの火球、拡大して撃ったでしょ!?」
「ごめん、つい」
「まあ、わたくしもあと一呼吸あれば《死者退散》していたけれど……」
おかげでほとんどの敵が無力化。
残った手負いも簡単に倒れた。そうして残ったのは、
「穴ね」
「穴ですね」
「うん、穴」
床を舗装していた石を外し、下へと穴を掘っていった跡。ところどころ荒れているのはアンデッドが這い出してきたせいだろう。
「《ピット》」
大地の精霊魔法が穴を拡張して。
「──広い」
照らされた穴の下に、明らかに地下墓地とは様子の異なる空間があった。
形の均等な石造り。神殿かなにかを思わせるほどに広く、天井が高い。柱も最低限で、その中央には巨大な骸だったものがいた。
そいつの周りには、守るようにひしめくゾンビやスケルトン、それから一般的なスケルトンとは明らかに様子の異なる骨の戦士。
「あれ。まさか《
「いえ。竜の骨で作られたスケルトン──《
では、その骨はどこから来たのか。
もちろん、中央の『それ』だ。
巨大な、竜の白骨。
そいつは今の今まで様子を窺っていたらしい。あるいは部屋を整えていたのか。兵たちが部屋を埋めていた土砂を端にどけて空間を作っていた跡がある。
なんのために?
巨体が動けるだけの空間を作るために。
その白骨が顔を上げて、俺たちを見た。
もちろん、骨だけになった眼に機能なんてないはずなのだが。
アンデッド特有の感知能力が敵の気配を感じ取ったのか。
「やばい! いったん地上に出るわよ! こんなところであんな奴と戦えるわけない!」
骨だけになってなお圧倒的な重量感を持つ竜──ドラゴンスケルトンの尻尾が、奴にとっての天井、そして俺たちにとっての床をめがけて激突した。
地震でも起こっているような衝撃の中、命からがら墓地を抜けた俺たちは、這い出してきた『それ』と夜闇の中、対峙することになった。
「これ、倒したらドラゴンスレイヤー名乗れるかしら」
「さすがにスケルトン相手じゃ竜殺しは名乗れないと思う」
「これを倒したら魔剣の箔付けとしては十分ですよね?」
「むしろ、わたくしたちの名声も上がるのではないかと」
他の冒険者を応援に呼ばなきゃ良かったな、下手したら余計な犠牲が出る、と、少しだけ後悔した。
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