家を探そう!(2)
「こんにちは、『三乙女』の皆様。引き続きご活躍のようでなによりです。なんでも先日はストーンドラゴンを討伐なさったとか」
「ええ。おかげさまで資金も溜まってまいりまして。そろそろ自分たちの拠点を持とうかと思い、ご相談にまいりました」
「それはそれは。もちろん大歓迎です。特に皆様にはお世話になっていますので」
前に一括で売り払ったマジックアイテムはいい感じに売れているらしい。あの手のアイテムは定期的な仕入れが難しいため、在庫を小出しにしていくと「今のうちに」と冒険者がお守り代わりに買っていくのだ。
現当主夫妻は笑顔で俺たちと対面して。
俺の格好を「イメージチェンジですか?」と不思議そうに見た後で本題に入った。
「手紙でも概要はいただきましたが、念の為、どのような物件をお探しかもう一度お伺いしても?」
「もちろんです。まず第一に……」
あらたまった場面の顔役、リーシャの説明に「なるほど」と頷いた。
「でしたら、ご紹介できる物件がございます」
「あれ? 家を売りたい人を紹介してくれるんじゃなくて、家を紹介してくれるの?」
「ええ。我が商会で所有している物件がいくつかございますので、そちらでよろしければ」
こうやって必要としている人に売ってもいいし、なにかで場所が要る際に自分たちで使ってもいい。
商会で所有しているなら定期的に人をやって掃除することもできるし、不届きものに悪さをされる可能性も下がる。
思ったよりも手広く商売をしているんだな、と感心した。
同時に、彼らの利益にもなるならこっちとしても気が楽だ。
「具体的にはどんな物件があるの?」
「こちらに資料をご用意しました。わかりやすいかと思い、簡単な絵も添えております」
「これはとても参考になりますね……!」
全部の物件をこうやって管理して欲しいくらいだ。俺たちは資料に書かれたいくつかの物件について確認して、
「これかしら」
「これがいい」
「これはお買い得だと思います」
「こんな物件があったんですね……」
満場一致で一つの屋敷が選ばれた。
「そちらはかつてとある貴族が別荘として建てたものですね。所有権が跡継ぎに移った後、冒険者の街は危険だからと売却されました。年数はそれなりに経っておりますが……」
「二、三十年くらいならむしろ新しいほう」
「そうですね。では、そちらに案内させましょう」
……そういや物件の相談なんだから下見もあるよな。
またこの格好で出歩くのか、と、後悔する俺だった。
◇ ◇ ◇
「いかがでしょうか? 貴族の邸宅と言っても別荘ですのでこじんまりとしておりますが……」
「これで『こじんまり』は貴族の感覚でしょ」
フレアの言った通り、案内された屋敷は俺たちには十分すぎるほどの豪邸だった。
メインの建物だけでも定宿全体よりも広い。
庭もあり、剣の稽古どころか散歩もできる。植物を育てていたスペースもあるので薬草や野菜を植えることもできそうだ。
部屋数はもちろん十分にあるし、キッチンは料理人を入れられるだけの広さ。
最低限の家具も残されており、気にしなければそのまま使うこともできる。
「これはお買い得なのでは……?」
こんないい家に住める。
決して裕福とは言えない家に生まれた俺には夢のような話だ。最後に世話になったパーティの剣士と女盗賊だって、まさかこんないい家は買えないだろう。
即決してしまうべきでは。
他に欲しがるやつがいないとも限らないし、夫妻の気が変わって値がつり上がるかもしれない。
焦りから呟いた俺を、商会の使いがにこやかに見守り、
「待った」
「確かにお買い得に見えるけれど、値の張る買い物には違いないわ。しっかりと確認してから決めましょう」
エマとリーシャの二人が抜け目なく、部屋の隅のホコリまで見逃さないようなチェックを提案してきた。
「えー? 面倒くさくない? そこまでしなくても大丈夫でしょ」
「駄目。ここで手を抜くと後で『思ってたのと違った』となる可能性がある」
「承知のうえで購入するのと考慮外の事柄に襲われるのでは心持ちもまったく違うもの」
というわけで、一部屋一部屋見せてもらって、少しでも気になるところがあれば確認する。
と言っても俺とフレアはほとんどただついていくだけ。エマたちはよくそんなに質問が思いつくものだと感心させられてしまった。
……本当は盗賊として俺も目を光らせるべきなのかもしれないが。
俺は冒険者として盗賊の技を磨いただけだから普通の家は専門外なんだよな。
「リーシャ。虫やネズミの駆除はできる?」
「定期的に浄化の奇跡を使って清潔に保つことはできるわ。既に出た分は捕まえるなりする必要があるけれど。……警備のほうは問題ないかしら?」
「『至高の剣』が調達してくれたゴーレムの核で
結果的に、懸念はすべてクリアされた。
値段も予算内。
「よし! じゃあさっそくギルドからお金を引き出して──!」
「それは明日にして、今日は一晩ゆっくり考えましょうか」
「なによリーシャ。まだ不安なわけ?」
「勢いに任せると失敗しやすいというだけよ。冷静になった頭で『やっぱり欲しい』と思うのならそれは買うべき物件でしょう」
「なるほど……。奥が深いわね」
本当にこういう時、リーシャは頼りになる。
前に似たような経験をしたことがあるのだろうか。そう思って視線を向けると「内緒ですよ」とでも言うように微笑まれた。
うん、見た目だけだとエマが大人のお姉さんだと思っていたが、やっぱりリーシャが相応しいかもしれない。胸も大きいし。
で。
「一晩寝たけど、気が変わった人はいる?」
「…………」
「…………」
「…………」
翌日、俺たちはあらためて契約を交わし、無事に家の所有権を手に入れた。
◇ ◇ ◇
「じゃ、あたしたちの新しい家に!」
「乾杯!」
夜は物件購入祝いの宴会になった。
なんだかんだ理由をつけては定期的に飲んでいるわけだが、まあ金はあるし。『三乙女』がほいほい功績を上げるから頻度が高くなっているのもある。
美味い食事と良い酒は何度味わってもいいものだ。
「でも、残念です。みなさんはうちにとっていい収入源──じゃなくて、お得意様だったので」
俺たちの家購入を残念そうにするのは宿の看板娘セリーナだ。
毎日宿代を払っていた俺たちがいなくなるとたしかに宿にとっては死活問題。別の金づるを探さないと若干苦しくなるだろう。
「ごめんね。っても、たぶん定期的に飲みにくるわよ?」
「契約は済ませたけど引き渡しは2週間後。少なくともそれまでは宿代も払う」
「荷物も移動させないといけませんし、警備が整うまでは宿のほうが安全ですからね」
フレアたちが元気づけるように言うと「そうですよね」と頷くセリーナ。
「冒険者のみなさんは不意に命を落とすこともあるわけですし、成功して宿を離れるのならむしろ喜ばないといけませんね」
「そうよ。それにあたしたちが使っていた宿ってなれば、根城にしたい奴らもけっこういるんじゃない?」
五本指に入ろうと画策している十位以内の連中とか、いい宿が空いたなら喜んで使うかもしれない。
この宿を他の凄腕が根城にし始めて、それを俺たちが懐かしいような寂しいような気持ちになる日もいつか来るのだろう。
そのことに複雑な気持ちを抱きながらサングリアを傾けていると、拳をぎゅっと握ったセリーナが俺に寄ってきて、
「絶対また顔を出してくださいね、ステラさん!」
「は、はい。もちろんです!」
名指し!? と思いつつもこくこくと頷く。なんだかんだ、俺としてはセリーナとも長い付き合いだ。
男だった頃は「ほんとクライスさんってうだつが上がらない大人ですよね」とかジト目で言われていたが、歳の近い女子になった今は、ある意味友人と言っていいのかもしれない。
「今度は気軽にお客さんとして来ますね」
「っ。はいっ、待ってます!」
うん、こういうのも案外悪くはないかもしれない。
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