インターバル

エマ(3)

「初心者向けと言えばやっぱりこれだと思う」

「あの、エマさん? 魔法の勉強を進めませんか?」

「なに言ってるの。互いの親睦を深める以上に大事なことなんてない」


 おい待て魔術師。

 まあ、彼女の言うことにも一理あるんだが。


 俺の持っている『秘蹟』の一つに、自分より優れた相手をよく知ることでそれに近づく、というものがある。

 実際、俺はその効果でステータスを急速に伸ばしている。

 昨日、フレアに秘密を知られた挙げ句、押し倒されていろいろされた一件が効いたのか、再び成長痛が来そうな勢い。

 となればエマやリーシャともさらに仲良くなっておくのは悪くない。

 とはいえ。


「またこの地下室ですし……」


 昨日に引き続き、俺は地下に連れ込まれた。

 換気に関してはフレアが「風の精霊とはあんまり相性よくないのよねー」とか言いながら空気を浄化したので問題ないが。

 二日続けての利用とあって、宿の看板娘から「ほどほどにしてくださいね……?」とやんわり注意されてしまった。

 どんな想像をしているのかはほんのり赤くなった頬を見れば丸わかり。

 昨日の使い方はあながち間違っていなかったので抗議もしづらい。ついでに今日はエマが最初からそのつもりである。


「わたしたち二人じゃ物も空気も浄化できないんですよ?」

「ベッドを使わなければ掃除は簡単」

「においは」

「別に気にしなければいい」


 気にするわ!?

 ……まったく、ただでさえ昨日あれこれ弄ばれて情緒が危うくなっているというのに。連日エロいことをされたらせっかく自分を律してきたのが無駄になりそうだ。

 と、エマは前傾姿勢になって俺と目線を合わせ、


「フレアとはできて私とはしてくれないの……?」


 そういう言い方は卑怯じゃないか?


「そ、そういうわけではなく。エマさんは道具を使うじゃないですか」

「道具に善悪はない。むしろ人間の身体よりもいやらしいことに特化した道具のほうが適しているまである。証明終了」

「感じすぎて変になるのが怖いって言ってるんです!」


 我ながら面倒くさい処女みたいなことを言ってるなと思った。いやしかし、こうやって抗っていないとまじで『女の子にされ』かねないし。


「で、話を戻すけど、これがオススメ」

「ぜんっぜん聞いてくれないですね……」


 フレアにバレたことで「口調に気をつけよう」とあらためて自分に言い聞かせた俺は一人の時でも敬語を解かないと心に決めた。

 そのぶんステラとしての口調がよりフランクになったような気もするが、おいおいこのへんは調整していこう。

 で。


 エマが取り出したのは卵を小さくしたような形をした物体だった。表面はつるつるしていてなんの引っ掛かりもない。

 こいつが普段使っている道具に比べると凶悪さは薄いが。


「……これはなにをするものなんですか?」

「こうやって起動すると震えるようになっている」


 こつ、こつ、と規則的に二度振動を与えると道具が確かに震えだした。

 マッサージにでも使うのか? それにしてはサイズが小さいような──。


「あ、わかりました。わかったので皆まで言わないでください」

「これを敏感な部分に押し当てるとすごく気持ちよくなれるし膜も傷つかない」

「言わなくていいって言いましたよね!?」


 再度こつこつとやって振動を止めたエマは真顔で「ぜんぜん痛くない」と言った。


「むしろ気持ちいいだけ」

「わたしのさっきの話聞いてました?」


 こいつらも俺に対して遠慮がなくなってきて変態性が隠れなくなってきたせいか、内心でしていたツッコミが表に漏れてきている。

 まあ、堪える様子もないからいいか?


「ステラ。こういうのは思い切って試してみれば良さがわかるもの。冒険者が挑戦を恐れたらなにもできない」

「こんな時にそんなもっともらしいことを!?」

「大丈夫。他にこんな道具も用意した」

「大丈夫だと思える要素がないんですが」


 さらに取り出されたのは目隠しと手枷。どちらも柔らかな素材を使用しており肌を傷めないようになっているが、拘束具は拘束具である。


「見た目がもう拷問ですよね」

「快楽責めは古来より素晴らしいものと相場が決まっている」

「誰が決めたんですかそんなこと!? というかいろいろ道具を買い込みすぎじゃないですか!?」

「道具の置き場所に困ってるから、正直私も家が欲しい」


 目隠しも手枷も一人遊びじゃ使いづらい。おそらくは新品だろう。フレアかリーシャ相手に使った可能性もなくはないが……なんとなくこいつら三人は揃って「愛玩できる美少女を探していた」感があるので仲間内でいちゃいちゃしていたイメージはない。


「ステラ。眠らされて悪戯されるのと自主的に拘束を受けるのどっちがいい?」

「なんでそんな二択なんですか……?」


 どうやら逃れられないらしい。俺はしぶしぶ拘束を受けることにした。

 やっぱり昨日フレアにあれこれされたせいで心理的抵抗が弱まっている。この調子だとそのうち三人に言われるがままあれこれしてしまいそうだ。

 そうなったら──幸福と快楽の代わりに男としての尊厳を完全に失うことになるだろう。女になった俺にそんなものを主張する権利があるかは謎だが。


 結論から言うと、目隠しも手枷も確かに痛くはなかった。

 視界を塞がれ、両腕を頭の上で固定されると、肌の感覚が鋭敏になって空気の質感さえもはっきりと感じ取れる。


「これは魔法のためでもある。女の快楽は魔力を操る感覚と似通った部分がある。だから道具を使って快楽を引き出すと魔法の腕が上がる」

「ものすごくうさんくさいです……」

「少なくとも師匠はそう主張し続けている」


 学院に所属しているのにあちこち放浪しているというエマの師匠。絶対にろくでもない奴だ。


「大丈夫。優しくする」

「んっ……!?」


 ちゅっ、と、首筋にキスをされると身体がびくんと跳ねた。


「可愛い、ステラ。もっと声を出していい」

「エマさ……っ、だめ、ですっ!」


 玩具で自分をいじめるのが好きな変態娘。エマは意外と、未経験の相手には本当に優しかった。身体の緊張を解すように自らの指を使って俺に触れ、身体の抵抗が弱まってきたのを確認してから道具を起動させる。

 あちこち触れられたせいで余計に敏感になった感覚は、乳首に押し当てられた器具の感触を必要以上に鮮明に受け入れて。


「────っ!?」


 俺は、男が出しちゃいけない声を出してエマに屈服した。



    ◇    ◇    ◇



 どのくらいの時間が経ったか。

 おそらく、体感時間とはかなりの乖離があるだろう。無抵抗の状態でいいように扱われるというのはそれだけ強い印象を残した。

 ようやく手枷と目隠しが取られた時には俺はもう息も絶え絶えで、身体は汗をかいており、下着も交換しないとまずい状態だった。


 一方、好き放題やったエマは恍惚の表情。


「本当に可愛かった。ステラに会えて良かった。これからもいろいろ開発させて欲しい」

「いえ、あの、お手柔らかにというか、現状でいっぱいいっぱいなんですが」

「気持ちよかったなら問題ない。それに同じ道具でも使い方を変えるとまた気分が変わる」

「というと?」


 つい、俺がエマに使うところを想像しながら尋ねると、黒髪の美女は艷やかに笑んで、


「下着の中に潜り込ませて固定すると他のことをしながらでも気持ちよくなれる」


 本当に変態だなこいつ。


「それ、奥に入って取れなくなったりしませんか?」

「その点は確かに改良の余地がある。下着を二枚穿きにして間に仕込むとか、あるいは取り出す用の紐かなにかを付けるのもいいかもしれない」


 怖いから使わない、とつなげるつもりで指摘した問題点にエマは普通に感心し、


「ステラもなかなか素質がある」


 にやりと同類認定された俺は「そんな素質まで望んだ覚えはないぞ!?」と震え上がった。

 ……というかあれだな。性癖まで『秘蹟』でフレアたちからラーニングしてしまうなら逃げようがない。なんだそれ恐ろしすぎる。

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