エマ(2)
スカートで街を歩くのもこれで何度目か。
リーシャに選んでもらった白ワンピースをヘビーローテーションしている俺だが、今日はエマたっての希望で彼女の選んだ服を着ている。
基調は黒。布の量が多く、フリルやレースでこれでもかと飾り立てられている。ヘッドドレスだかなんだかという頭の飾りまで付属し、手袋までセットになった、可愛いの過剰なドレスである。
貴族のお嬢様でもなかなか着ないんじゃないか。
しかし、これを選んだエマはご満悦。
「やっぱりステラにはよく似合う」
中身男だから「似合う」と言われても困るんだが。
一方、フレアの選んだ服よりはマシだとも思う。どうせスカートを穿くなら露出の少ないほうがいい。これだけ重装備だと大きな動きが自然に制限されるし。
まあ、これはこれで「なんだなんだ」「可愛いな」と視線が集まってくるのだが。
男からの視線と女からの視線が同量くらいになるのは布面積の多さのおかげか。
なお、エマはいつも通りのコートである。
「エマさん。今日も下にあれをつけていたり……しないですよね?」
革と金属でできた拘束具+淫らな道具。ああいうのは普通、特殊な趣味の男に命令されてやるものだろう。
エマに男っ気なんて欠片もなく、むしろ休みの日はほぼ部屋に籠もっているというのに。
「安心して。今日はあれはつけてない」
「良かっ……あれは?」
「うん。今日は縄で縛ってるだけ」
「なにやってるんですか!?」
声を上げたせいで視線がさらに集まる。
いやしかし、自主的に緊縛している女は罵倒されるべきだろう。
というかそんな状態、もしバレたら俺まで疑われかねない。なにしろこのドレスは下にいろいろ着用し放題だ。
むしろそれを狙ったんじゃないだろうな……?
「……出る前に確認するんだった」
「止めるなら縛る前にして欲しい。結構手間がかかってる」
「そんなことに手間をかけなくても」
「なんならステラが縛ってくれてもいいんだけど」
一線越えちゃうだろそれは。
「エマさんってそういう趣味なんですね。……いえ、そういう趣味なのは知ってたんですけど」
「言ってる意味がわからない」
「いえ、ほら、なんというか、痛いのや苦しいのが好きなのかなって」
街中で話す内容でもない気がするが、雑踏のおかげで話し声は紛れる。
「どっちかというと私は道具全般が好き。必然的に拘束系が多くなるだけ」
「なるほど」
なるほど、で済ませていい話か?
「ステラも試してみればいい。初心者向けのもある」
「いえ、わたしはそういうのは」
「むしろ、ちゃんとオナニーしてる? 性欲は定期的に発散するべき」
すれ違った若い男が「なんだと!?」という顔でこっちを振り返った。
「いえ、その。冒険者ですし。二人部屋ですし」
「私たちが前に組んでた男はたまにごそごそしてたし、隠れてやってても自分で処理したのにおいでバレバレだったけど」
いっそ殺してくれないか?
っていうかなんでバレてんだよ!? 「あんた汗くさい。むしろ男臭い」って睨まれたことは何度もあったが、あれは遠回しに指摘してたってことか!? 言えよ!? 言われたら自殺考えるけど!
「リーシャも見て見ぬふりしてくれると思う。むしろ、私もフレアも同じ。むしろ手伝いたい」
「あの、ちょっと怖いです」
そういうの、女になってからはなるべく控えている。
男だった頃と比べて不思議と「溜まる」感覚がないのも原因だ。フレアたちの裸を見せられて興奮はするが、しばらくすると収まる。
女の身体でその手のことをするのも怖い。
自分の身体じゃないから、とかではなく、ハマりこんでしまうのが恐ろしい。そうなったらフレアたちから「ようこそ」と肩を叩かれるに決まっている。
「それより、今日は学院に行くんでしょう? そっちの話をしましょう」
俺は強引に話題を逸らし、目的地へと歩くペースを速めた。
◇ ◇ ◇
「この子を登録したい。私が保証人」
「ステラ様ですね。登録料は金貨一枚になります」
金貨一枚。庶民には多大な痛手になる額である。
魔法の研究にどれだけ金がかかるかよくわかる。学院所属者がたいてい貴族や商人の子、最低でも「村長の息子」レベルだったりするのはそれが理由だ。
幸い、今の俺の懐具合なら余裕で払える。
「はい、確かに。時にエマ様。弟子を取られたわけですし、正式に学院内に席を」
「要らない。それにこの子は弟子じゃなくてパーティメンバー」
「……残念です。気が変わりましたらいつでも仰ってください」
受付はかなり残念そうにしながら俺たちを見送ってくれた。
金額からわかるように新規登録者はそれほど多くない。機密や貴重品もあるため、本来なら学院の案内が行われるらしいが、エマが「私がやる」と言ったのでキャンセルに。
「エマさんって、確か学院で学んだわけではないんですよね?」
「うん。師匠に登録はしてもらったけど、修行は師匠につきっきり」
「その人は席、とかいうのを持ってるんですか?」
「持ってるけど、どうせ師匠のことだからどこかほっつき歩いてる」
似たもの師弟なのか?
「その人はエマさんの趣味を知ってるんですか?」
「むしろ師匠が元凶だから、あの人のほうが私より数段格上」
似たもの師弟だな。
「それより、その証をなくさないように」
「あ、はい」
登録料と引き換えに俺は学院所属の証をもらった。
三本の杖が交差するデザインの小さな首飾り。特殊な魔法がかかっていて、偽造品かどうか判別が可能らしい。
「それを持っていれば学院の書架を自由に利用できる。貴重な本は別途閲覧料を取られるけど」
「本って買うと高いですよね」
「だから私は買って読み終わったら基本すぐ売ってる」
本が高いのは紙とインク、そして人件費が高いからだ。
羊皮などの動物素材ではなく植物から紙を作る技術が広まり、これでも安くなったほう。需用比でのインクの生産量と、一冊一冊写本する手間が未だ重くのしかかっている。
「だから記憶力のいい魔術師は伸びる」
「あんまり自信はないですね……」
「暇な時は学院に来て本を読めばいい。写本の仕事を受ければ勉強しながらお金ももらえる」
「そんないい話が……!?」
「読み書きができて字が綺麗じゃないといけないけど」
ある程度学のある人間専用の副業というわけか。登録料を払わないとそもそも出入りできないし、誰でもできるわけじゃない。
「あと、学院内はある程度安全にしても街中は注意して。ステラは可愛いから人さらいに狙われるかも」
「この国での奴隷売買は違法ですよね?」
「違法でもやる人間はやる」
まあ、俺もあまり育ちがいいほうではないし、その手の人間がいるのは知っていたが。
俺なんかどうせ大した値がつかないだろうと思って二十年以上、こうして生き残ってきたせいで奴らの脅威がいまいちわかっていないかもしれない。
美人のエマと揃っているのもあって、廊下を歩いていてもちらちら見られながら、そのことを実感する。
「奴隷を買う人間なんてろくなものじゃない。悪趣味な金持ちに買われて、とても口では言えないような調教を受けるに決まってる」
「どんな道具を使われるか少し想像できた気がします」
「あんなものじゃ済まない。もっと太いものや、別の部位に用いるものも使われる。薬や鞭も定番だし、下手したら呪いの類で一生消えない烙印を」
「口では言えないって言いながら詳しく説明しないでください……!」
自分がされる側になると思うとめちゃくちゃ怖いな悪い金持ち。
そういう奴は英雄譚のやられ役が定番だが、現実には捕まらずのうのうと暮らしている輩もいるんだろう。
違法とわかっていてもやりたくなる気持ち──する側の気持ちも若干わからなくもないのがまた困りものだ。
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