リーシャ(1)
窓の外から小鳥の鳴き声が聞こえる。
宿のふかふかなベッドの上、ゆっくりと目を覚ました俺は、柑橘系を思わせるほのかな匂いと圧倒的な柔らかさ、それから若干の息苦しさを覚えた。
はて、いったいなにがどうなっているのか。
寝ぼけた頭で思考を巡らせながら瞼を開き、
「ん……っ」
リーシャに抱きしめられ、身動きが取れなくなっているのに気づいた。
「!?」
なんで一緒のベッドで寝ているんだ!?
ついでに言うとなぜか裸だ。着ていた服は床に落ちている。
幸い女神官のほうは下着をつけている。……うん、下着だけ。
年齢的には一番上、体型的にも大人っぽい彼女だが、柔和で親しみやすい性格のせいかエマよりは若く見られがち。
そのリーシャも下着は案外大人っぽいのを──。
当然ながら、こんなこと以前は経験したことがない。
目を覚まされたら殺されるんじゃないのか。
恐怖からじたばたともがくと、脱出に失敗した代わりにまつ毛の長い瞼が開いて。
「うあ」
「…………」
目が合った。
理性と優しさを備えた青い瞳が、寝起き特有のぼんやりとした子供っぽさを備えて俺を見つめ、
「おはようございます、ステラさん」
突き飛ばされるどころか、さらにぎゅっと抱きしめられた。
もちろん、絞め殺す目的ではなく。
◇ ◇ ◇
「ごめんなさい。つい、人肌が恋しくなりまして」
同衾の首謀者はリーシャだった。
昨夜、俺は『三乙女』との宴会を終えた後、リーシャと同室で休むことになった。
彼女らが二部屋取っていたので二人ずつに分かれたのだ。フレアはうるさいので論外、エマも気難しいところがあるのでパス、消去法である。
いろいろあって疲れたのもあり、俺はあっさり眠りについたのだが、その後、リーシャが俺のベッドに潜り込んで服を脱がせたらしい。
「ステラさん、服を着たまま寝てしまったでしょう? 皺になってはいけませんので」
と言いつつ服が床に放りっぱなしだったのは、彼女も地味に酔っていたのだろう。
「リーシャさんはもっと落ち着いた方かと思っていました」
抱きつくなら男の時にしてほしかったと思いつつぼやくと「ごめんなさい」の声と共に抱き寄せられて。
「ステラさんが可愛らしいので気が緩んでしまったんです。許してくれませんか?」
「……い、いえ、あの、怒っているわけではないので」
むしろ役得ではある。言わないが。
「でも、こういうこと気軽にするのは危ないですよ?」
美人ばかりのパーティなんて男に狙われるに決まっている。
俺がいた頃はその辺も睨みをきかせていたのだが……。
この半年、大丈夫だったのかと仲間風を吹かせて心配すると、リーシャはにっこりと笑って、
「大丈夫です。わたくしは聖職者ですので殿方とは距離を置いていますし、フレアとエマは──」
「フレアさんとエマさんは?」
「不埒な輩がいれば容赦なく焼きます」
女子化していて良かったと心から思った。
◇ ◇ ◇
話しているうちに目が覚めたので朝の身支度をする。
小さめの容器にリーシャが神の奇跡で聖水を満たし、それを洗顔や洗髪、身体を拭くのに利用する。
「フレアやエマなら湯を沸かせるのですが、このまま部屋の外に出るのははしたないですし」
「いえ、身が引き締まりますし、とても助かります」
「そう言っていただけてほっとしました」
微笑んだリーシャは無造作にブラへ手をかけて──。
「わ!」
「? どうしました?」
「いえ、あの、胸が」
白く滑らかな肌と型崩れしていない立派な膨らみが完全に露わになっている。
しかし「ああ」と軽く頷かれて、
「女同士なのですからお気になさらず」
言いながら下も脱ぐな!?
いやまあ、俺もこいつに脱がされているのでおあいこと言えばおあいこだが。
っていうか銀髪だと下の毛も銀色に、いやいや。
耐性のない俺。女子との色恋を夢想したことはあれど、紳士を気取って踏み込めなかった身には刺激が強い。
ちなみに俺自身の下半身はというと──慎ましい金色の毛が生えていた。
「さあ、身を清めましょう? 聖水はまだまだ出せますので気兼ねなく。……そうだ。ステラさんにも今度お教えいたしましょうか?」
「え、いいんですか?」
「もちろん。地母神さまは善良な者の祈りに寛容です。他の神々への信仰をご検討でしたら無理にとは言いませんが……」
俺は「是非お願いします」と答えながら思った。
女になったからって女の裸を見て喜んでいる俺は「善良な者」と言えるのだろうか、と。
◇ ◇ ◇
身を清めた後、リーシャは荷物から銀製の手鏡を取り出した。
俺が持っていたものとは像の美しさもモノ自体の高級感も違う。さすが女子。さすが売れっ子冒険者。
下着と聖衣を身に着け、俺の服に浄化の魔法をかけてくれたリーシャは「お手伝いしますね」と俺の髪を整えてくれる。
ついでに手鏡を覗き込ませてもらうと──。
「……これ、わたしですか?」
「そうですよ。ステラさんはとても素敵な女の子です」
記憶喪失に配慮してくれているのか、言い聞かせるような、安心させるような優しい口調。
鏡に映った俺は金髪に翠の瞳を持つ美少女だった。
歳は14、5。
人形のように整っているものの、血の通った温かみが生きた人間だと教えてくれる。前の俺がこんな子に見つめられたら思わず目を逸らすかどきっとして挙動不審になっただろう。
俺の理想に限りなく近い。
あのスキル、思ったよりも具体的に望みを反映してくれたようだ。
「ですから、服を整えるのもとても大事です」
確かに、貰い物の服はサイズもデザインも俺に合っていない。
どうせならもう少し違う服を着たほうが映えるだろう。
ついでに今は下着もつけていない。
俺自身の手持ちがないので「服を買ってくれる」という申し出に甘えるしかないのだが、
「あの、働きで必ずお返ししますので」
「はい。期待してお待ちしております」
なんだこの優しさは。
男だった頃から確かにリーシャは優しかった。しかし、聖職者であるせいか、それとも単に俺が苦手だったのか、一歩も二歩も引いた対応だったと思う。
どうしてこの優しさを昔の俺に向けてくれなかったのか。
そう思う一方で、彼女とこうやって親しくできるのが嬉しくて、なんだかよくわからなくなる。
その間に髪がてきぱきと整えられて、
「どんな服を買いましょうか。フレアの好みですと活動的に、エマはフリルの多い黒系のドレスを好むでしょう。わたくしが選ぶのであれば……」
「リーシャさんなら?」
「清楚な白のワンピースでしょうか」
どうだ、とばかりに顔を覗き込まれた。
「え、ええっと……」
まあ、比較的まともだとは思うのだが、そんな可愛い服を自分が着ると思うと「待った!」と言いたい。言いたいが、女の服の買い方なんて正直わからなかった。
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