第10話 推しと推しと、三角関係!?

「誠」

「ねぇ、誠」

「うんうん、そうだよね誠」

「一緒に行こう、誠」


 ――耳が、破裂しそうだ。

 そもそも俺、いつ霞に俺の名前を教えたっけ? 契約書でも勝手に見たのか? と目を白黒させながら、俺は真っ赤に染まる耳を隠すように肩を縮こまらせる。俺と付き合うことになってからというものの、この結城霞という男は愛情の注ぎ方があまりにも重くて深く、言葉の節々から伝わってくる熱量で気絶するのも時間の問題に思えた。


「――ねぇ、聞いてる? 誠」

「ひゃい! な、なんですか?」


「だから、今夜……いいかい?」


 運転席と後部座席、絶妙な距離感を繋ぐ彼のその言葉は、いわゆる〝夜のお誘い〟だろう。明日は確かに霞のオフだから誘われるのも時間の問題だとは思っていた。

 いやではない。むしろ、したくて堪らない。熱に浮かされていた彼と致したときに叩きつけられた想像を絶する悦楽を、何よりも最推しと共に体験できるのならばいくらでも繰り返したい。ただ、俺の中の男のプライドというものが抱かれるのではなく抱きたいのだと訴えなくはないが、推しに強く求められているこの状況も悪くはないわけで。

 しかし――


「いい、け、ど……先に解決しなきゃいけない問題があるだろ」

「問題?」


「遥のことだよ」


 うっ……と霞が唸り声を上げて天井を見上げる。俺はその光景にほとほと呆れながらも、赤信号に視線を送った。


「このまま隠れて関係を続けるわけにはいかない。今後の円満なアイドル生活のためにも、話さなきゃいけないだろ?」

「そう……だけど、例えば遥と別れることになったら、遥は今後性欲処理に困っちゃうことになるし」

「……お前自身は、好きなのか? 遥のこと」


 ちらりと、バックミラー越しの霞を見つめる。俺のその問いに、霞は悩むように俯いた。


「……好き、だと思う。でも成り行きが成り行きだったっていうのと、君への気持ちみたいに熱狂的ではないかな……っていうのはあるかな」

「うーん……どちらにせよ、これ以上は三人で話さなきゃいけない問題だと俺は思うぜ」

「そっか……」


 俺は脳内スケジュール帳を捲り、二人の今後の予定を思い出す。確かこの後スタジオに着いたら、後に遥も到着して合同のダンスレッスンが始まる筈だ。


「スタジオで遥と合流したら、まず最初に時間を作ろう。今後のことを話し合うんだ」

「うぅ……分かったよ」


 霞はあまり乗り気でないようだが、仕方ない。とはいえなんとか説得に成功した俺は、ずいぶんと慣れてきた仕草でスタジオの駐車場に車を停める。実からの連絡を見る限り、遥もそう遠くないうちにここへ来るはずだ。


「さ、行こうぜ。ストレッチでもしながら待っていよう」

「はーい……ね、誠も一緒にやる?」

「いいけど……マネージャーがやっても意味ないだろ?」

「その方が楽しいじゃないか」


 これから重たい話をしようとしているのに、本人は呑気にそんなことを言う。切り替えの早さが良いのか悪いのか分からぬまま、俺は呆れまじりに頷いた。




「で? 話ってのは?」

「大事なお話と聞きました! 私も同席させていただきます!」

「えっと……」


 そうして待つこと五分。事前にメッセージで伝えていたこともあり、早速切り出してくれた遥はいつも通りの態度で俺と霞を交互に見た。


「……あのね。何から話したらいいのかな」


 いつもであればなかなか言葉が出てこないのは俺で、霞はそれを宥める方だ。だというのに今は、霞自身が言葉を失い視線を彷徨わせている。

 どうにか助け舟を出さなければと俺が口を開きかけたそのとき、動いたのは遥だった。




「……ストレスの件だろ」




「あ……」

「俺と二人でいる時、最近霞が何かに悩んでるのは分かってた。そのこと、ようやく話す気になったってことでいいか」

「……えっとね」


「うん。そうだ」


 代わりに頷いたのは俺だった。珍しい、という顔をして実たちが俺を見る。戸惑う霞と視線を重ね、俺はこくりと頷いた。いいんだ。全部話せばいい……そう訴えかけるように。

 そうして、霞はようやく――ゆっくりとではあるが、全てを語り始めた。

 遥との関係について、以前から悩んでいたこと。俺と出会って本当の愛情を受け、気持ちに変化が起こり始めたこと。

 遥という存在が居るにもかかわらず、俺のことを二度抱いて――二度も抱かれた記憶は無かった俺は、そこで首を傾げたが――ますます好きになっていったこと。

 そして先日、耐えきれずに告白してしまったこと。


 遥は全てを黙って聞いていた。実は実で口をはくはくとさせていたが、言葉を割り込ませることはなかった。

 そして静かに見守っていたのは、俺も同じだった。


「……誠実じゃない行いをしてしまったことを、謝らせてほしい。でもね……僕は本当に、誠のことが好きなんだ」

「井上はいったい、ベッドの上で何をしたんだか」

「へ」

「ばか、そういうんじゃないよ。彼は本当に誠実で、優しくて……僕なんかとは大違いだ」


 遥は近くの椅子に腰掛け、脚を組んだ。俺たちはそれを目で追いかける。


「一つ言わせてもらうなら……確かに俺たちの関係はセフレから始まった。だが、俺は本心からお前を愛しているつもりだったぜ」

「それは、僕だって同じだよ。でも」

「井上のことも好きになっちまったって?」

「……うん」


 深々としたため息が落とされる。俺は遥が何を言うのか、緊張しながら見つめていた。それは――霞も同じようだった。その緊張を感じ取ったのか、遥はガリガリと頭を掻いて二人を交互に見る。


「俺は別にさ、お前らに別れろとか、今更言うつもりはない」

「だったら……!」

「でも」


 遥の視線が俺に向けて固定された。びく、と肩を強張らせた俺の方へと、ゆっくりと近づいてくる長い脚。


「俺は前々から思ってたんだ……この新しいマネージャー、いつも霞にばかり着いてて狡いってなぁ」

「え……え?」


 な、なに? 何が起きている? 予想外すぎる遥の言葉に、俺の頭の中はぐるぐると回りだす。




「お前と霞が付き合うなら……俺とも付き合う権利、あるよな?」




「……はぁ!?」


 ――勇気を振り絞って行われた暴露大会は、波乱万丈となりつつあった。

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