38話・学園祭

「君は何が食べたい?」

 穏やかな口調で言葉を続ける理人の足取りは、やけに足早である。

 問いかけに対して、俺と妙子のどっちに声をかけているのだろうかと疑問を抱いていれば

「君は唐揚げにかぶりついていそうだよね」

 鋭い視線が向けられる。

 理人の中の俺のイメージを耳にして、真っ先に反応を示したのは妙子だった。


「レインボーの綿菓子を片手に高速で回している姿が想像できるんだけど」


「どんなイメージだよ」

 妙子の中のイメージを耳にして、思わず突っ込みを入れる。

 レインボーの綿菓子と具体的な例を上げたため、カラフルな色をした綿菓子を高速回転させる自分の姿を思い浮かべてしまった。

 

「まぁ、両方食うけどさ」

 唐揚げも綿菓子も好物ではあるため、理人や妙子の想像を否定しない。

 

「へぇ。レインボーの綿菓子も食べるんだ。全く想像することが出来ない」

 素直な感想を口にしてから、時刻表に視線を移した理人の表情が凍りつく。


「え、1時8分発?」

 唖然とする理人が漏らした言葉を耳にして

「今は1時5分……あ、6分になったな」

 一条が現在の時刻を口にする。


「間に合うかな……急ごう」

 瞬く間に歩くスピードを上げた理人が、急に駅構内を全速力で走り出したから驚いた。

 

「後2分で電車が出発するよ」

 時刻表を視界に入れて焦ったのだろう。

 全速力で走る理人は妙子に対しても容赦ない。


 置いてかれてしまったら、理人や一条と共に行動することが出来なくなる。それだけは嫌だと考える妙子の考えが手に取るように分かる。見事な男走りを披露する妙子に、一条と理人は気づかない。

 階段を一気にかけおりて、理人や一条に続いて13時8分発の電車に乗り込んだ。


「何とか間に合った……けど、混んでるね」


 電車内は多くの生徒達で混雑をしていて、座る場所はない。つり革につかまって佇んでいる生徒が大勢いるため、車内は騒がしい。

 人の多い車両は避けて、比較的人の少ない車両に移動する。

 電車の出入口付近に移動をすれば、扉を隔てた向こう側に佇む顔色の悪い女子生徒と見事に視線が合った。

 

 やけに、女子生徒と電車の距離が近い気がする。

 

 電車の出入口の扉は閉まり、今にも電車は発車しそうな状況である。

 電車に鼻先が触れてしまいそうな位置に佇む女子生徒の顔は青白い。


「理人。扉の外に佇む女性は見えているか?」

 極力小声になるように心掛けて、理人の耳元に顔を寄せる。

 両手で口元を覆い隠して、問いかけてみれば

「え……見えないけど、女性が佇んでいるの?」

 予想通りの返事があり、自然と背筋が伸びる。

 普段、霊と目が合うことが度々ある。しかし、目が合ったからといって恐怖心を抱くことはなかった。

 


「あぁ……どうしよう。少し怖いかも」

 この場にいたくはなくて、理人や九条に車両を変えないかと声をかける。

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