23・井原の道トンネル
大学生とすれ違うような形で病院内から抜け出した九条が、横断歩道を渡ると直ぐに高校を囲むようにして佇む塀が見えてくる。
「九条」
門を越えて、学校正面玄関に向けて足を進めた所で背後から声をかけられた。
最近聞いたことのある声ではあるものの、誰の声だったのか声の持ち主が頭に浮かぶ前に、ゆったりとした足取りで歩く理人が視界に入り込む。
「授業中のはずだけど?」
理人は授業中である時間に何故学校の正面玄関にいるのか、問いかけたかったのだろう。
首をかしげて問いかける理人に俺も全く同じ質問を投げ掛けたい。
しかし、理人の質問に答えるのが礼儀と言うものかと考えて
「隣のクラスの男子生徒だったかな……確か。そいつの親父さんが事故に遭ったって連絡を受けて男子生徒がパニックを起こして学校を飛び出したんだ。赤信号なのに横断歩道を渡ろうとしていたから咄嗟に声をかけたら、病院までついてきてほしいと言われてな。ついて行った。今帰ってきた訳だけど」
ざっくりと自分がこの場所にいる理由を問いかけると、理人が首をかしげて問いかける。
「そう。彼のお父さんの容態は? 大丈夫だったの?」
理人なりに父親が事故に遭った知らせを受けた男子生徒の事が気になっているのだろう。
問いかけに対して
「彼の背後に見えていた親父さんの顔はぐしゃりと潰れていたし、首の皮一枚で繋がっていたから亡くなっていると思う」
理人には俺が霊を見ることの出来る事実を知られてしまっているから、嘘をつく必要はない。
問いかけに対して素直に見た事実を伝えると
「え? 事故で見るからに亡くなっているって分かる状況だったって事だよね?」
急に理人が早い口調で問いかけてきた。
「そう言う事になるけど」
理人の問いかけに対して、なぜ分かりきったことを聞くのか。
疑問を抱いていると、理人はそっと口を開く。
「交通事故でその場で死亡が確認された場合。例えば頭が潰れて脳が出てしまっていたり、首が切断されてしまって見るからに死亡していることが分かる場合は遺体は病院に運び込まれることはないよ。警察の安置室に運ばれているはずなんだけど」
理人が九条に問いかけている頃。
病院の待合室で腰かけて座っていた男性教師の元へ一本の電話が入る。
「ん? 校長からか」
まさか、男子高校生の父親が亡くなっているとは微塵も思っていない教師は通話ボタンを押して、携帯電話を耳に押し当てる。
男子生徒の父親が既に死亡してしまっていることや、男子生徒に遺体が警察の安置室に運ばれたことを伝える前に、学校を飛び出してしまったことが男性教師に伝わった。
九条と共に総合病院に駆け込んだ男子高校生は病院の総合受付で父親の名前を言って問いかけてはみたものの、病院に運ばれていないとの返事を受けて激しく戸惑った。
井原の道トンネル内で事故が起こった事を耳にした。
井原の道トンネルから一番近い病院が高校前の総合病院だったため、親父が運ばれているとしたらこの場所のはず。
親父が運ばれていない?
そんなはずはないだろうと思いこみ、病院内を歩き回っていた男子生徒は父親の姿を確認することが出来ないまま、顔を鼻水と涙でぐしゃぐしゃにしたまま病院待合室に戻ってきた。
病院待合室には付き添って病院まで来てくれた九条がいるはずで、待合室をキョロキョロと見渡してみるけど、九条の姿は見当たらない。
代わりに病院出入り口から院内に足を踏み入れた兄を見つけるとすかさず歩み寄る。
兄貴に声をかけようとした所で
「え、その場で死亡が確認されたから警察の安置室に運ばれたって?」
病院待合室の椅子に深く腰かけていた教師が驚いたように声を上げたため、男子生徒と大学生の視線が教師を捉える。
「え?」
ポツリと漏れ出た声は弱々しく
「あ……」
ここにきて、背後に男子生徒がいることに気づいた教師が、ポツリと間の抜けた声を出して身動きをとめてしまう。
「もしかして、親父の事? そんなわけないよな。違うよな?」
男子生徒の口許は三日月型にうっすら笑みを浮かべているように思えるけれど、目が全く笑っていない。
大きく目を見開いて違うよな?と希望を口にした男子生徒に男性教師は答えることが出来なかった。
気まずそうにする男性教師が、数十秒間の沈黙の後に口を開きかけたところで
「親父の事なのか?」
顔面蒼白のまま、か細い声で大学生が問いかける。
男性教師は眉尻を下げると、小さく頷いた。
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