青春、人生、恋愛などの短編集

夜桜

今宵、あなたの心に溺れる1

私は中学受験をした。ただ姉が行った学校に行きたくなかった。

目標もなく、だらだら勉強をして私は第2志望の学校へ行くことになった。最寄り駅から乗り継いで50分ほどで着く学校だった。小学生からの知り合いは、いないだろうし気が楽だなと思っていた。でもそれは違った。勉強は、そこそこ出来るけれどヤンチャな男がいた。その男の母親が、うちの子は方向音痴で電車も乗れないから一緒に行ってくれと頼まれた。頼み事を断れないタイプだった私は、静かに頷いてしまった。私は彼のことが好きではなかったけれど、話す内に彼は思っているほど悪い人ではないと思った。自分のことも楽しそうに教えてくれるし、相談も乗ってくれる。優しい言葉をかけて、泣いてる私を慰めてくれる。そんな彼をたちまち好きになってしまったのかもしれない。


中学生が、男女で学校に行ってるだけで付き合ってると言われるのは謎だ。小学生と1年しか変わらないのに。私達は、色んな人に言われた。私は「全然違うよ〜」と流しながら満更でもなかった。彼は何とも思っていないように、交わしていた。そんなもんかと嘆いた。彼と私は、性格が真反対だった。彼は奔放でうるさくてよく先生に叱られていた。私は、静かに悪目だちをしないように過ごしていた。そんな私達は、次第に学校では話さなくなり、話すときは最寄り駅まで行く方の電車で会ったときだけだった。


ある時、電車であった彼は言った。「彼女つくりたいな〜」私はドキっとした。

平然を装い「なんで?」と踏み込んだ。「ええ、なんでとかないけど、普通に楽しそうだし。」「ふーん」「まあ、ほんと誰でもいいんだけどね。」…私達に空白の時間が過ぎた。「誰でもいいなら私でいいじゃん」私は静かに言った。彼からの返事は返って来ない。そろそろ彼が降りる駅。私は言った。「なーんて冗談。じゃーね。また」私は微笑んで手を降る。彼も小さく呟いた。またね。


私は最寄り駅から、家までゆっくり歩いた。目に涙をこらえていると、彼の顔を思い出した。思わず溢れ出た涙は、雨上がりの水たまりに静かに落ちた。彼から返事が来なかったのは、彼の優しさだと思った。


好きになってよかった   そう思いたかった。






私は結局、もともとあった事情で転校した。タイミングが悪かっただけで、彼から逃げた訳ではない。彼が少しでも、私のことを気にしていてくれたら嬉しいと思う。








いつまでも彼の心に溺れていたくない………最後の微かな願いだった。






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