自由を求めて④ (リベルタ)


 パン、パン、パン、パン、パン、パン、パン。

 一定のリズムで鳴らされる拍手。


 リベルタが後ろを振り向くと、顔を真っ赤にしたビャノス辺境伯と、鷹揚に手を叩いているクランツ皇子がいた。


「まったく。なんて有様だ。おい、ディニー! これは一体どういうことだ!? なぜ、私の屋敷の壁に穴が空いている!!」

「まあまあ、ビャノス辺境伯。おかげで面白いものが見られた」


 打ち鳴らしていた手を止めたクランツ皇子が、じっとリベルタを見つめる。

 そのディープロイヤルパープルの瞳が、心の奥へとじわじわ入り込んでくる感覚。


「リベルタ。……君はいつ召魔士になったんだ? 確か、オルゴー王国では女を召魔士にする慣習など無いハズだ」

「…………」


 リベルタは答えない。

 しかし、そんなことはお構いなしにクランツ皇子は質問を重ねていく。


「この屋敷に来てから? ふぅん、そうか。…………ビャノス辺境伯、これが貴殿のやり口ということかな?」

「ち、違う! 私ではありません!! リベルタが召魔と契約しているなんて、私だって今の今まで知らなかったんですから」


 クランツ皇子から疑念の矛先を向けられ、ビャノス辺境伯が大慌てで否定する。

 その様子を見て、クランツ皇子は小さく息を吐いた。


「冗談。冗談だよ、辺境伯。貴殿がそんな浅はかな真似をするハズがない。そう。たとえ、相手が自分の孫娘だったとしても」

「もちろんですとも!! 私はそんなに愚かな男ではありません」

「ここまでやってきたことが、ぜーんぶ無駄になっちゃうもんねぇ」

「……何を仰っているのか、わかりかねますな」

「そうかい?」


 意味ありげに言うクランツ皇子に、ビャノス辺境伯は憮然とした表情になる。

 そのとき、リベルタの中にあった疑惑が確信へと変わった。


 王城から逃げ出したあの夜から、ずっと、ずっと気になっていたことだ。


「クランツ皇子。ひとつ、伺っても良いでしょうか?」

「ああ、リベルタ! まさか、君の方から話しかけてくれるなんて! もちろんさ、 僕は君の願いなら何でも叶える。ひとつと言わず、三つでも、四つでも、どんどん聞いてくれたまえ。僕はどんな質問にでも正直に答える、神に誓うよ」


 異常なほど上機嫌なクランツ皇子が、諸手を上げてリベルタを歓迎する。

 殺したいほど憎い相手から向けられる好意など、嫌悪感以外の感情を何ひとつ感じない。しかし、ずっと抱えてきた謎の答えを持っているというのなら、


「あの日。皇子が王都オルゴニアを襲撃したとき、貴方たちはどこから入ってきたのですか?」


 思えば、どう考えても異常な襲撃だった。

 あの日の夜、リベルタはテラスから王都の夜景を眺めていた。

 いつも通りの静かな夜を、「敵襲!」と叫ぶ誰かの悲鳴が打ち破ったのだ。


 だが普通に考えれば、王城に敵が侵入してきた段階で、王都には敵軍が雪崩れ込んでいるものではないだろうか。異常だったのは順番だ。


「くっくっく。あっははははははは!! そうだよなぁ。不思議だよなぁ。でもリベルタ、君はもう気づいてるんじゃないか? あの日、僕がどこから君たちのお城に入ったのか。その答えにさあ!!」


 右手で顔を覆い、高らかに笑ったクランツ皇子は、リベルタの目を見てそう言った。彼の言うとおり、リベルタには心当たりがあった。


「……王家の脱出路」


 小さな声で、つぶやくように答える。

 願わくば外れていて欲しいと願いながら。

 だが、クランツ皇子は愉快そうに笑みを浮かべ、


「ピンポーン。大正解」


 両手で大きな丸を作ってみせた。


 リベルタは大きく、長く息を吐く。

 当たっていた。いや、当たってしまった。当たらないで欲しかった。


 王家の脱出路とは、その名の通り王家に連なる人間にしか明かされていない秘密の脱出路だ。

 もしこの情報が洩れたら、今回のように敵に利用されてしまう。だから情報の取り扱いは厳重になされていた。王が代替わりする度、新たに脱出路を作り直すくらいには慎重だった。


 では、どうしてクランツ皇子が王家の脱出路を知っていたのか。

 すなわち、誰からこの情報を聞いたのか。


 リベルタは犯人であろう人物の顔をにらみつける。


「おじい様。どうしてですか?」

「………………」


 ビャノス辺境伯は苦虫を嚙み潰したような表情のまま、無言でリベルタから目線を外した。それは自分が犯人であることを認めているも同然だった。


 脱出路を知っている王家の人間は、父王ふおう、王妃、リベルタ王女、ヴェリタ王子の四人。

 そのうち、父王、王妃、ヴェリタ王子の三人はすでに処刑されている。


 では、その近親者はどうか。

 父王の両親は、父王が即位する前にどちらも亡くなっている。

 ヴェリタ王子の母である王妃の実家、公爵家は娘の仇を取ろうと最後まで戦って敗れた。


 もう生き残っているのはリベルタと――亡き母の父親であるビャノス辺境伯しかいない。情報を漏らしたのがリベルタでない以上、考えられるのは目の前にいる祖父しかいないのだ。


 ビャノス辺境伯が王家の脱出路をクランツ皇子に教え、どちらかの手の者が城側の内鍵を開けて招き入れたに違いない。堅牢を誇る王城といえども、身内に裏切られれば簡単に落城する。


「なぜ、王国を裏切ったのですか? おじい様、答えてください!!」

「…………お前の父が、愚王だったからだっ」


 ビャノス辺境伯は吐き捨てるように言った。




§  §  §  §  §  §  §


 裏切り者がビャノス辺境伯、というのはプロット通りなのですが、どうやってその事実を開示するか悩みました。リベルタがただのお人形にならない流れにできてホッとしてます。


 それでは、また明日。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る