東の業魔④ (ラド)


「お頭! 大変です、お頭!! 敵! 敵襲です!!」

「なんだあ? 騒々しい。敵なんか来るわけねえだろ!」


 部下が必死の形相で駆け込んでくるのを見て、ラドは眉根を寄せた。


 ラドは慎重な男だ。

 村を襲撃するときには、下調べを入念に行う。

 そのおかげでラドの盗賊団は、ほかと比べて圧倒的に被害が少ない。


 腕っぷしだけに頼らない、ラドの情報収集能力こそが、彼を盗賊団の頭へと押し上げた一番の長所である。


 この小さな村は、王都オルゴニアの直轄領だが、一番近くにある街でも四十キロメートル以上離れている。

 一番の懸念は王都にいる騎士団だが、その王都がクイスタ皇国の襲撃で機能不全に陥っているという情報を得た。


 どこからも救援など来るはずがない。

 襲撃に絶好の機会が訪れた、そう確信したからこそラドはこの村を襲った。

 何かと見間違えたのか。そうでなければ、他の盗賊団とバッティングしたか。


「お、お、おかしらぁ」


 よろよろと歩いてきた部下の胴が、ずるりの横にスライドして地面に落ちた。

 続いて下半身も前のめりに倒れていく。


 鋭利な刃物で、かつ凄まじい技量によって斬られたことが一目でわかる。


「敵は何人だ?」


 逃げてきた部下の一人に声を掛ける。


「ひっ、ひっ、ひいぃぃぃっ!」


 引きつった悲鳴を上げることしかできない部下の髪を掴んだラドは、もう一度大きな声で訊いた。


「敵は何人だっつってんだ! 答えろゴラァ!!!」

「ひっ、ひとりでしゅ! ひとり!!」


 敵に与えられた恐怖を新たな恐怖で上塗りされた部下は、そのまま腰を抜かして崩れ落ちた。


「ひとり、だとぉ?」


 盗賊は有象無象の集まり。とはいえ、百人近い数が集まった武装集団だ。

 それを一人で蹴散らすことができる者など、思い当たるのは召魔士だけだ。


「ガルディアは何をしている? さっさと呼んで来い!」


 ラドは盗賊団唯一の召魔士であるガルディアを呼びつけた。


 ガルディアは、ならず者専門の用心棒だ。

 こういうときのために、高い対価を支払って雇っているのだ。


 ガルディアはすねきずを持ち、まともな仕事にありつけない召魔士だが、実力は折り紙付きだ。


 奴の従えている召魔はアークデーモン。

 右手から地獄の炎を生み、左手から黒い稲妻を放つ、悪魔種のモンスターの中でも上位種と呼ばれる強力なモンスターだ。


 だが、ガルディアが出てくる様子はない。

 まさか逃げ出したのだろうか、といぶかしんでいると、

 

「ガルディアさんなら……、そこに」


 横で震えている部下が地面を指差した。

 そこには、肩から袈裟斬りにされた男の死体が転がっていた。


「まさか、アレがガルディアか?」


 無言で頷く部下を見て、ラドは言葉を失った。


 地獄の炎はどうした。黒い稲妻はどこに落ちた。

 酒を飲む度にいつも自慢していたアークデーモンはどうしたのだ。


 混乱する頭に警鐘を鳴り響く。

 目の前に死体がある。ならば、ガルディアを殺したヤツはどこにいる?


 背筋に悪寒を感じ、ラドが後方へと飛びすさる。

 黒い影が見えたかと思うと、さっきまで横に立っていた部下の身体が横一文字に斬られていた。


「はへ?」


 間抜けな声を出し、部下の身体が地面に崩れ落ちる。

 動くのがあと一秒遅かったら、ラドの身体も同じようになっていたに違いない。

 これがガルディアを斬った者の正体か。

 不意を突かれたのなら、影から召魔を出すヒマもなかったのかもしれない。


 黒い影に見えたのは、薄汚れた外套に身を包んだゴブリンだった。

 そいつは身の丈に合わない巨大な戦斧せんぷを振って、刃先に残った血を飛ばした。


 いや、よく見るとゴブリンとは見た目が異なる。

 何よりただのゴブリンにあの巨大な戦斧は使いこなせない。

 上位種……いや、変異種だろうか。


 後ろにもう一人。

 馬のタテガミのように生やした黒い髪。深淵を留めたような黒い瞳。

 地獄の悪魔もかくや、という笑みを浮かべた男が立っていた。


 そしてラドは、この男の噂を知っていた。

 二つ隣の国で聞いた悪鬼の如き召魔士の噂だ。

 あくまで噂。だが、噂にたがわぬ強さと、噂どおりの外見が揃えば、それはもう本人だろう。


「貴様、まさか『東の業魔』か?」

「またそれか。そんな物騒な名前、一度も名乗ったことないんだけど。言い出したヤツ見つけたら、絶対コロす」


 通り名を気に入っていないらしく、男が不服そうに口を尖らせる。


 だが、男が『東の業魔』であることは否定しない。

 まさかこんなところで。

 東の業魔に遭遇してしまった不運に、ラドは天を仰いだ。


 東の業魔。

 黒い髪と黒い瞳、悪魔のような笑顔。

 東の果てにあるという魔大陸から来た死神。

 小さき魔人を駆り、カネのために命を狩る。


 ラドは東の悪魔の噂を思い出し、ふと気づいた。

 この男は報酬のために自分たちを襲っているのだということに。


「待て、待ってくれ。金は払う! だからっ!!」


 東の業魔の眉がピクリと動いた。

 いけるかもしれない。ラドは藁をも掴む思いですがりつく。


「いくらだ!? いくらでこの仕事を請け負った? 一億か? 二億か? 払う! そいつの倍払う!! な? だから俺の命だげばはっ」


 何が起こったのか、ラドには理解できなかった。

 声が出ない。光が消えていく。


「心外だなあ。俺って、金で裏切るヤツだと思われてんだ。かーなしぃ」


 薄れゆく意識の端っこで、東の業魔がそんなことを言っていた。


 盗賊たちの断末魔が響き渡る。

 だがもはや、彼らの最期の声がラドの耳に届くことはない。




§  §  §  §  §  §  §


 また死に際を書いてしまいました。

 これからもたくさん書いていく予定です。

 残酷描写有り・暴力描写有りにチェックを入れたので思う存分やります。


 それでは、また明日。

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