東の業魔③ (オヅマ)


「なっ、貴様! 急に何を言いだすんだ!?」

「外野はちょっと黙っててくれないか。これはヴェリタ王子と俺の話だ。そうだろ? 王子様」


 慌ててキオードの背から飛び降りてきたディニーに、オヅマは手で追い払う仕草を見せる。邪魔をされては困るのだ。相手は王族、これはお金を稼ぐチャンスだとオヅマは内心ほくそ笑んでいた。


「なんだと!? 私は殿下の――」

「ディニー、控えろ!」


 なおも食い下がろうとするディニーを、ヴェリタ王子が強い口調で制した。

 当たり前だ。村人を助けるのに反対しているディニーよりも、助けてくれる可能性があるオヅマと話をしたいに決まっている。


「詳しく話を聞かせてほしい。『俺に依頼してみる』とはどういう意味だ?」

「そのまんまの意味さ。アンタが俺に『あの村にいる盗賊を排除してほしい』って依頼をする。俺はアンタに条件と対価を要求する。双方が合意すれば商談成立だ」


 ごくごく当たり前の、取引の話だ。


 オヅマが村を助けに行かないのは、護衛の依頼の範疇を超えるから。

 つまり、新しい依頼を貰えれば助けに行く理由が生まれる。

 

 護衛の依頼は引き続き遂行しつつ、同時に新しい依頼も受けてすぐに終わらせる。

 なんてコストパフォーマンスが高い依頼だろう。


「そんな簡単なことでいいのか?」

「簡単だけど、安くはないよ」

「……いくらだ?」

「百億リブラ」

「ひゃくおっ……くっ!?」


 さすがの王子様も顔が引きつっていた。

 百億リブラもあれば、王都の中心部に豪邸を建てられる。

 村を一つを盗賊から助けるために支払うような金額ではない。


「貴様! 殿下のお優しさにつけこんで……。足元を見るのもいい加減にしろ!」


 ここまで黙って聞いていたディニーもさすがに口を挟んできた。

 だが、オヅマも譲るつもりはさらさらない。


「だったらアンタが行けばいいじゃない」

「話にならん。相手の規模もわからないのに、そんなリスクをおかせるものか。もし負傷でもしたら、いざという時に殿下をお守りできないではないか」

「じゃあ、俺が行くから、百億リブラちょーだい」

「百億は高すぎると言っているのだ!」

「じゃあ、俺も行かない。よって村は救えない。こうしてる間にも男は殺され、女は犯され、子供と食料は奪われて売られちゃうんだろうなぁ。かわいそうに」

「貴様っ!!」


 激高して掴みかかってきたディニーをひょいと避けて、オヅマはヴェリタ王子に近づいた。


「状況は切羽詰まってる。ゆっくり考えてる時間はないよ。依頼主はアンタだけど、俺の方が圧倒的に優位な状況ってわけだ。つまり、金額を譲るつもりは全くないってことなんだけど――さて、どうする?」


 下から覗き込むように、ヴェリタ王子の表情を伺う。

 思案しているような顔つきだが、その目は既に覚悟を決めているように見えた。


「一つ。条件がある」

「どうぞ、どうぞ」

「百億リブラは大金だ。当然だが今は手持ちがないし、無事に安全な場所に着いたとしてもすぐに支払えるような金額ではない」

「そりゃそうだ。とても百憶リブラを持っているようには見えない」

「だが、百億リブラはいずれ必ず払う。だから、あの村を……、村の人たちを盗賊から救ってくれ!」

「いいよ。無利子無担保で百億リブラの。それで手を打とう。王子様だけの特別プランだから、よろしくね」


 オヅマが右手を出すと、それをヴェリタ王子がしっかりと握り返す。

 小さな手が、精いっぱいの力でオヅマの手を掴んだ。

 剣ダコの一つもない、白く透き通ったきれいな手だった。


「はい! それじゃあ、まずはこれにサインして」


 握手を終えたオヅマは、懐から一枚の紙を取り出した。

 紙面の最初に、大きな文字で『借用書』と書かれている。


「なにボーっとしてるのさ。ほら、ここに名前を書いて、こうして、こう」


 みるみるうちに借用書が完成した。

 ヴェリタ王子の直筆署名に加えて、拇印も取らせて貰った。


「よし。これでOK」


 一方、されるがままに署名を終わらせたヴェリタ王子は呆然としていた。


「なんというか……思ったよりしっかりしているのだな」

「あー、よく言われる。あはははは。……おっと、笑ってる場合じゃなかった。急がないと村が全滅しちまう」


 村から煙が立ち上っているのが見えた。火がつけられたということは、盗賊たちにこれ以上長居するつもりがないということだ。時間はほとんど残されていない。オヅマは村に駆けつけるべく、馬にまたがった。


「オヅマ殿! どうか、この国の民を助けてください!!」

「おっけー、おっけー。俺に任せてちょ」


 オヅマは悲痛な顔をしているヴェリタ王子に笑いかけ、馬の腹を蹴った。

 ヒヒンといななき、馬は斜面を駆け降りていく。


 村へと向かう道中で、太ましい盗賊とガリガリの盗賊が、村人らしい男女を襲っていたのを見つけた。


 ダヴァンティの戦斧せんぷ疾走はしる。

 ガリガリの盗賊がさらに細くなって二つに割れた。


 ダヴァンティの戦斧がぶ。

 円を描きながら空中を進み、ドスドスと地を踏み鳴らしていた盗賊を上下に別けた。


 オヅマとダヴァンティは、残された村人たちを振り返ることなく村へと急ぐ。




§  §  §  §  §  §  §


 通貨単位『リブラ』の元ネタは『イタリア・リラ』です。

 2002年まで使用されていましたが、ユーロ貨幣導入に伴い流通が終了してます。


 それでは、また明日。

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