ある人の体験談

アンヴァ・サザーラナ

田中道夫

『猫の声』




 これは、俺が先週体験した出来事……の、1回目。

 その日はまるで嵐のような大雨だった。




 大雨の音が、アパートの窓ガラスを激しく叩いていた。

 俺は、ベッドに横たわりスマホをいじっていた。

 大学が臨時休校になったから、このまま一日中ゴロゴロしていようと思っていたのだ。


 その日の午後3時を過ぎた頃だった。


 ……ぁああァアアぁぁぁあ…………。

 に゛あぁああァアアぁぁぁあ……ん。


 雨音に紛れて、どこかか細く甲高く、そして懐かしい猫の鳴き声のようなものが聞こえてきた。


 俺は猫が好きだ。いつもは人見知りするが、猫にだけは心を開いていた。

 だから、その声に心を動かされた。


 猫? 珍しいな、こんな天気なのに外にいるなんて。

 なんで鳴いてるんだろうか。……もしかしたら、外で凍えているのか?


 そう思い、外へ出てみることにした。


 俺の部屋はアパートの二階。

 地味に長い階段を駆け下りる。


 傘もささずに外に出た俺は、すぐにずぶ濡れになった。

 しかし、猫の声は止まない。


 辺りを見回すと、猫の姿はどこにもない。

 その代わり、地面を這いまわるずぶ濡れの女がいた。

 彼女は変な声を出しながら、まるで何かに取り憑かれたかのように地面を這っていた。


 アぁああァアアぁぁぁあ……っ。

 ぁああァあ、アアぁぁぁあ……!


 か細く甲高く、掠れたような絞り出したような声。


 恐怖を感じた俺は、急いでアパートに戻ろうとした。


 その時、女が俺を見つけた。

 彼女はニタアッと気持ち悪い笑みを浮かべると、地面を這う体勢のまま俺を追いかけ始めた。

 俺の早歩きより全然速い速度で。


 おいおいおい、なんでそんな体勢でその速度出せるんだよ?!


 俺はパニックになりながらも全力で走り、階段を駆け上がる。

 後ろから女の手足の音がひたひた響く。

 日ごろの運動不足が祟り、すぐ息が上がる。


 それでも、俺は何とか部屋に戻ることができた。

 ドアの鍵をかけると、安堵の息をついた。


 しかし、その後5分ほど、女はドアをたたき、インターフォンを鳴らし続けた。

 その間、ずっとあの変な声が響いていた。


 ピンポン、ピンポンピンポンピンポン!!

 ダンダンッダンダンダンッ!

 アぁぁぁああァアアぁぁぁあっ!

 い゛い゛あぁああァ、ゔアアぁぁぁあ!


 俺は恐怖で震えながら警察に通報し、女の声が消えるのをただ待っていた。




 あれ以来、俺は猫の声が苦手になった。

 あの女の声と這いまわる姿が思い出されてしまうから。


 ちなみに……あの事件の3日後、もう1度女は俺の元に現れ、その後警察に連れて行かれた。

 今、その女は事情聴取などを受けているらしい。


 はぁ……あの女、なんなんだろうか。

 3度目がない事を祈るばかりだ。

 

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