2と2と3の別れ道 誰が選んだからなのか

ハロイオ

第1話

1章



 20ZZ年、撃墜された隕石から現れた怪獣により、某国のコンピューターが影響を受けた。多種の強烈な電磁波や音波により、ハッキングを受け、電子機器が使用不能になった。

 その時代に、電子機器に依存する生活をする国民や、依存した警務活動をする防衛組織が被害を受け、管理する体制を根本的に改めざるを得なくなった。

 そこで民間人を含む一部の人間が結集し、ノン・コンピューター自警団、通常NC隊が各地で結成された。コンピューターでない信号により、怪獣対策の武装や救助を行うようになったのだ。

 その中で特に優秀だとされたのが、首都の東のB1地区のアベル隊だった。代表のアベルは機械や生物の知識を活かし、次々と高度な戦略で怪獣との戦いも生活の再建も進めて行った。「話が通じれば、誰でも分かり合える」とアベルは話していた。 

 しかしアベルの弱点が徐々に露呈した。彼は外国語が苦手で、数十年前からその国で増えていた移民や外国人労働者との会話が難しいのだ。そのため、アベルの率いるNC隊は母国語の通じる国民に偏った。

 怪獣出現までは、高度な翻訳機で外国人や移民との円滑な共同作業や生活を送れていたのだが、怪獣が翻訳機をハッキングして、でたらめな翻訳をして混乱をあおる時代となり、むしろ翻訳機そのものを避ける国民が増えた。

 アベル隊のある幹部は、わずかに母国語を話せる外国人労働者の入隊志願を断るときに話した。「何故このご時世にこの国の母語をもっと学ばなかった。入れないのは君の選択のせいだ」と。

 しかしその外国人労働者はこう言おうとした。「あなた方アベル隊が外国語を学ばない選択のせいではないのですか」と。それすら言葉の壁で通じなかった。

 バベルの塔のように、電子機器で言葉の壁を超えつつあったその国は、怪獣により再び分断されつつあった。

 このまま仮に怪獣に勝利しても、それまでの手柄が国民に偏ることや、助けてもらえなかった外国人の遺恨が、やがて悪影響をもたらすのを危惧する者もいた。


2章


 アベル隊は言葉の通じない外国人には不寛容だったが、多くの隊員は逃げ遅れた民間人を助けようと、危険を覚悟して救助に向かっていた。しかしその例外として、自ら現場に向かうメディア関係者を助ける優先順位が低かった。

 その目的が記事の売り上げや手柄などの利己的なものか、社会に怪獣の被害を知らしめる利他的なものかは、NC隊にはいつも断定出来なかった。

 あるとき、アベルNC隊の1人の幹部が、コンピューターに頼らない新聞社の人間が怪獣の現地取材に行ったのを知り、無数の任務の中で、助ける優先順位を下げた。「勝手に近付くあいつらの選択だ」と。

 しかしそれを後悔した。助けてもらえなかった新聞社は怪獣の被害を受けて死者が出る前に撤退したのだが、採取した怪獣の細胞の情報が、メディアで公開され、それがあとでNC隊のからだ。

 役に立ったのに何故後悔したか。それはNC隊が直接助けていれば直ぐに手に入ったはずの情報が、助けなかったことで1ヶ月も遅れて入手され、怪獣対策も遅れたことが1つ、さらに大量の細胞を採取していれば怪獣を根本的に止める新兵器も作れた可能性が分かったことが2つだ。

 新聞社を助けない選択をした幹部は、上司に言われた。「助けないことで作戦が遅れたのは君の選択だ」と。

 



3章




 さらに時間をかけて、ようやく怪獣を止める新兵器が完成した頃、その怪獣が宇宙人による生物兵器である可能性があると、最初に隕石を撃墜した部署の研究機関が発表した。

 撃墜された隕石を操る宇宙人には何らかの意図があるのではないか、それを理解すべきだという意見や、理解することで物理的にではなく社会的に宇宙人と対話して戦いを止められるのではないかという推測も生まれた。

 怪獣の細胞を採取して、その感情を声から分析する機械も作られたが、宇宙人との対話を出来るほど高性能ではなかった。

 一方、アベルNC隊のうち、新聞社を助けなかった幹部の後任の者は、もう民間人を見捨てたくないと、救助に力を入れていたが、宇宙人との対話には否定的だった。民間人の被害を多数その目で見たためだった。

 その新幹部は、あるとき、怪獣に接近した男が、操られない特殊な通信機器で通報して、怪獣の触手のようなものに襲われるらしい音を聴いて激しく憤り、近くにいたため、危険を承知で救助に自ら向かった。通報者が自ら接近したとしてもだ。

 到着し、通報者を絡め取る触手から助け出そうとしたとき、「対話」のつもりもなく、うなり声をあげる怪獣に叫んだ。「何のつもりだ、この野郎!ガアガア言ってないで何か言ってみろ!」と。

 すると、怪獣の触手から、何かの物質が通報者に流れ込むのを見た。通報者は一瞬痛そうにしたが、直ぐに眠ったようになった。

「君が会話しろと言ったから、この人間を利用させてもらった。君達人間を理解したいからだ。ああ、触手を離せば直ぐに回復して後遺症もないから安心してほしい」という声が聞こえた。

 また、怪獣のうなり声を分析したところ、「苛立ち」という感情を表す結果が出力された。

 


 以下、その新幹部とその声の主との会話である。


「お前は、怪獣なのか?」

「それを操る宇宙人、というのが正確な答えだ」

「何でこの星に来た?何で攻撃する?」

「来たのは宇宙船の事故だ。攻撃というのは君達に撃墜されたから、我々の種族の大半が反撃を支持しているのだ。むしろ私個人がその争いを止めたいので、今ようやく怪獣を通じて会話している」

「国中をハッキングまでして、そんな言い分が通ると思うのか?」

「我々はコンピューターに近い金属を主体に構成された生命で、君達炭素生命のことをよく知らなかったのだ。ここ数日でようやく、君達が重んじる命がその有機体の体だと分かった。コンピューターの方が住民だと思い込んでいた」

「そこまで違う体なのか?」

「君達の表現で言えば、液体金属が自己組織化したような存在だ。しかし、それが我々にとって当たり前なのだ」

「それで、会話も今までほとんど出来なかったって言うのか?」

「そういうことだ。今まで話せなくて苛立っていたが、今やっと安心出来た」



 確かに怪獣からも「苛立ち」の反応は消えていた。


 隕石を撃墜したときに、生命と思わず破壊した金属部分が、この宇宙人の乗組員だったらしい。


「...お前達は、人間達に怒っているのか?」

「それほどでもない。君達の反撃もおおよそ合理的だ。今まで苛立っていたのも会話出来ないことについてだけだ」

「なら、この戦いは終わるのか?」

「君達の生化学的な性質を我々はまだよく知らないので、持ち込んだ隕石による生物が悪意なくとも感染症などの被害を出す可能性はある。それへの対処には我々も協力しよう。これからは一緒に、敵のいない戦いでも戦おう」

「本当か?」

「ああ。だが尋ねたい。しばしばこの国で聞かれる言葉として、自己責任、君の選択だ、というのがあるね」

「それがどうした」

「まず1つ目として、この国の聴覚と視覚の言語は、周りの国と異なるようだ。我々と戦っていたアベルNC隊という組織に、外国人がほとんど入れないのは、母国語を学ばない外国人の自己責任か、外国語を学ばない隊幹部の自己責任か、どちらなのだろう?」

「それが気になるのか?」

「また、2つ目として、シンブンシャという組織の人間が我々の怪獣を調べに来たとき、あいつらの選択として、助けなかった幹部がいたそうだね。しかしその幹部は、シンブンシャから充分な情報を得られずに作戦が遅れた。勝手に調べに行ったシンブンシャの自己責任なのか、助けなかった幹部の自己責任なのだろうか?」

「...お前は、自己責任という言葉を気にしているのか?」

「ああ。最後に私と君と彼だ。通報している彼が自らこの危険な怪獣に接近しても、君は彼を自己責任だと切り捨てることはしなかった。しかし、君が私に会話しろと言ったことで私が彼を操ったことは、私と君と彼の選択の重なり合いが原因だ。そもそもこの惑星に来た私の自己責任なのか、私に話せと言った君の自己責任なのか、私に接近した彼の自己責任なのか?」


「...確かに考えてみれば、君の選択、自己責任という言葉はいい加減だな。複数の人間の選択の組み合わせで不幸が起きたとき、誰のせいにするかが曖昧だ」

「自己責任、君の選択という言葉が翻訳しにくい。その煩わしさに、君達人間を我々が理解する鍵があるかもしれない。それで君達を助けられれば、なお嬉しい」




 

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