第61話 乙女達の入浴会SIDEマーシャ
「はぁ……いつ入っても良い湯よね」
私、マーシャ・ハンバルクは硫黄の露天風呂で身体を癒していた。
空を見上げると満天の星が空を覆っている。心身共に趣味の錬金術で溜まった疲労も洗い流される気がする。
ここはサルファの街で弟のアイクが運営する旅館内の露天風呂。
なんでもブラックドラゴンを倒した報酬でわざわざカルディ地方にある
そのアイクも今では魔王崇拝者の幹部を二人倒しただけでなく、隣国のエルフ王国まで救ってしまった。
我が弟ながら、とんでもことをする。あ、もちろん良い意味で。
そういえば、ここに旅館を建てる前にアイク本人曰く『ここには上質な温泉がある』なんて言っていた。
最初、何を言っているのか理解できなかったが、実際に体感するとこれまたすごい。
身体の隅々まであったかくなって、全身の筋肉がほぐれいていく感覚がする。
正直、毎日でも入っていたい。
しかしながら硫黄は本来錬金術に必要な素材。限られた場所でしか取れないことに加えて、運搬するのにも大変なためそれなりに値が張る。
その硫黄を贅沢にも垂れ流しの温泉に使ってしまうのだ。王都にいる私と同じように錬金術を嗜む魔法使いが聞いたら、きっと泡を吹いて倒れてしまうだろう。
「それにしても、できた弟だわ。私のために錬金術用の部屋まで用意してくれたなんて……前までは自分勝手に迷惑かけてばかりだったのに」
おかげで趣味の錬金術が捗って仕方がない。いっそこのまま、ここに永住してしまおうかと思えるくらいに。
ひょっとして、私の錬金術の趣味のために、わざわざこの土地を報酬に貰ったのかしら? まったく……お姉ちゃん想いなんだから。
前まではそんな素振りすら見せなかったのに。
「ほらほら、ルナ様。早く行きましょう」
「そんな急かしても温泉は逃げませんよ。アリサ様」
私がそんなことを思っていると脱衣所の方から聞きなれた声がする。
「あ、マーシャお姉様」
「あら、ごきげんよう。マーシャ様。私達もご一緒してもよろしいでしょうか?」
声の主は弟のアイクと婚約を結んだルナちゃんと、聖女のアリサ様。
まさか、あのアイクがこんな美人さんを二人も捕まえるなんて……姉としては少々誇らしい。
それに、あの丸々と太っていたアイクが改めてルナちゃんと婚姻関係を結んでから、痩せようと頑張り始めた。
気が付いたら見違えるほど痩せていたし、魔法の特訓を始めては目を見張る成長を見せている。
いや、実際は普通に私よりもすごい実力になってしまったのだけれど。適正もあるけど、何よりアイク本人が努力してしたことも大きい。
これが愛の力……アイクの頑張りを見ると、私も少しだけ羨ましいと感じる。いつか私にもアイクとルナちゃんの関係のような王子様を捕まえることができるのだろうか?
と思いつつも、今は魔法と錬金術の研究に勝る男の子がいないのが現状だ。
「えぇ、もちろん大丈夫ですよ。ほら、ルナちゃんも遠慮しないでこっちに来て!」
ルナちゃんとアリサ様が一緒にお風呂に入る。
「それにしてもマーシャお姉様は大きいですね」
ルナちゃんは私の胸のあたりを見ながら言う。
「そういえばアイク様は私の胸に目線が行きがちなんですよね」
「あぁ、たしかに昔からアイクは胸好きだったわよね」
アイクのそれは下心だとすぐに分かる。
ルナちゃんの視線には下心も羨望もない。感覚的には嫉妬が近いのかもしれない。
ただちょっと気になるのは、ルナちゃんの瞳に光が見えないことなんだけど……。
「やっぱりアイク様は胸が好きなのでしょうか?」
「うーん。アイクはたしかに胸は好きかもしれないけれど、私が通うアカデミーでも男の子は私の胸ばかり見るし……そういうものなんじゃない?」
「しかし、姉弟でもいかがわしい関係になるという本を読んだことがあります。つまり……マーシャお姉様とアイク様がそういう関係になる可能性も否定できないのではないでしょうか……?」
「いやいや、何言ってんの。あるわけないでしょ」
たしかに可愛い弟ではあるけれど、それとこれとは別の話だ。
「別にルナちゃんだって小さくないじゃない。それに大きくたって良いことなんてないわよ? なにをするにも邪魔だし、ちょっと激しい運動をしようと思ったら痛いし……それに無駄に肩もこるし……ルナちゃんだって心あたりあるんじゃない?」
「まぁ、たしかに肩は凝りますが……」
「はい、じゃあこの話は終わり。そんなことより、私の話よりもルナちゃん達の話を聞かせてよ。アイクの姉として気になることも多いし」
「私の話ですか? どんな話が聞きたいのでしょうか……?」
「そうね……ルナちゃんはアイクのどこかが好きなのかしら?」
「え? 全部ですが」
即答かぁ~……本当にアイクは愛されてるなぁ……。
いや、そうじゃなくて。
「ルナちゃんはアイクのことを全部なのは分かるけれど、具体的にどこが好きなのか知りたいの」
「具体的ですか……そうですね」
ルナちゃんはニコッと笑った後、
「前にもアリサ様に言いましたが、アイク様は私の人生を救って下さった唯一のお方ですから。私が幼い頃、アイク様に大変失礼なことをしてしまいましたが、それすらも許してくださった懐の広いお方なのです。ですがアイク様は私の胸を食い入るように見ますから。いつもは凛々しいのに、急に視線がだらしなくなるのも愛らしいですし、何より二人きりでいる時に甘える姿も本当に可愛くて……もちろん不敬だと存じているのですが、そう思ってしまうのです」
おぅ……分かってはいたけど、相当な惚気っぷり。
やっぱりアイクは愛されているのね。良かったわ。
「なんて色々な事を言いましたけれど、私、アイク様には本当に感謝しているんです」
「感謝?」
私がそう聞き返すとルナちゃんは嬉しそうに微笑んで続ける。
「はい。かつて私が呪わていると色々なところから迫害を受けたのに、唯一受け入れてくれたのがアイク様でしたから。もしもアイク様が受け入れて下さらなかったら今の私はないですし、きっとどこかで惨たらしく死んでいたかもしれません」
「それは本当に申し訳なく思ってます」
アリサは心から謝罪をする。
「あ、アリサ様を責めている訳ではないですよ。なんだかんだ言って、色々な形で誤解を解いてくださったことも知っていますし。今となってはアイク様と結ばれることもできましたから。今が本当に幸せなので」
「まったく、アイクはルナちゃんみたいなお嫁さん貰って幸せなんだから」
私は改めてそう思った。
一方的に好意を示すことは簡単ではないかもしれないけれど、難しくはない。
だけど、感謝をできる人間は多くない。
きっと私がルナちゃんの立場なら全部恨んで不貞腐れていただろうし、心だって絶対に折れているだろう。
「もちろん。私を受け入れて下さったマーシャお姉様にも感謝しているんですよ?」
「まったく!! ルナちゃんは可愛いなぁ!! もうお姉さんと結婚する?」
「きゃっ!! マーシャお姉様!?」
私はルナちゃんを抱きしめる。
まったく、本当に可愛い子なんだから。アイクにはもったいないくらいだわ!
それに肌もスベスベだし。抱き心地も十分。
アイクったら、こんな良い子を不幸にさせたら絶対に許さないわよ。
「あ、そうです。私、マーシャさんにお願いがあったんです」
アリサ様は突然手を叩いて、私を見つめる。
「お願いですか……? お伺いしますが」
聖女様直々のお願いだ。
お風呂場ではあるが、どんな依頼か少し緊張する。
アイクほど目立っている訳ではないが、これでも私はハンバルク公爵家の令嬢なのだ。
ハンバルク公爵家として失敗は許されない。それにしてもアイクではなく私にお願いとはなんだろう。
しかし、私の内心とは裏腹に内容は拍子抜けものだった。
「これから私もマーシャお姉様と呼んでもいいですか?」
「いや、さすがに聖女様にお姉様と呼ばれる訳には……」
「ひどいです……ルナ様はいいのに、私だけ除け者なんて……」
よよよ……と聖女様は泣いたフリをする。
「か、考えておきます」
「本当ですか? 良い色のお返事を期待してますね」
アリサ様は笑顔で言う。
なんか逆に逃げ道を失った気がする。
「それに私もアイク様には感謝しているんですよ? おかげで色々なことが片付きましたし……正直、私はルナ様が羨ましいです」
「……絶対に渡しませんよ?」
ルナちゃんは圧をかける。
「いえ、そういうつもりはないですよ? 私には神様に仕える身でありますから……愛を誓った相手を奪うなんて行為はシスターとして許されないですから。ただ……アイク様ったらあれだけの実力がありながら、ルナ様のためにしか行動されませんもの。全てルナ様を中心に行動されてますから」
「まぁ、たしかに。アイクはか~なりルナにご執心よね」
アリサ様の言う通り、アイクの行動は執着に近いものを感じる。
とはいえ、この手の話はなんだかんだルナちゃんも敏感に反応するけれど。
そういうところは本当に似た者同士だと思う。
「でも私は世界が平和になれば、それでいいのです。アイク様とルナ様がなんの憂いもなく幸せな生活を送ることができた時がきっと、この王国に過ごす民たちが幸せに暮らせる時だと思うのです。そういう意味ではアイク様とルナ様は私にとって平和の象徴なのです」
「平和の象徴……ですか?」
「はい。平和の象徴です。私は真の意味でアイク様とルナ様の二人が民たちの平和に象徴になれるように力を使っていくつもりですから」
アリサ様はまっすぐに言う。
対してルナちゃんはアリサ様の言葉に少し困った表情を浮かべていた。
「そっか……私も頑張らないと」
二人の話を聞いてそう思った。
ルナちゃんとアリサ様は二人とも将来に対しての目的がある。
それに対して、今の私は将来なりたいものとか、理想の未来を掲げたりするものなんて現状ない。
だから素直に二人のことがすごいと思った。
「なんか積もる話もできて楽しかったわ。そろそろ出ようかしら」
「あ、私も出ます」
「ふふふ……そうでしたら、折角だしこの後も話の続きをしませんか? こんな機会もなかなかないですし」
アリサ様がそう提案する。
「そうね。折角だししちゃおっか。ルナちゃんもどう?」
「そうですね……アイク様に聞いてきます」
「そう? それなら私も一緒に行ってあげるわ。私が言ったら、きっと断らないから」
私はニヤリと笑う。
きっとこの表情はアイクのような笑みだったと思う。
そうして私達3人は長い夜を楽しんだのであった。
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