第9話 魔法の特訓、もといダイエットをはじめる

「痩せねば」


 ライザとの戦闘が終わって思ったことがある。


 このぽっちゃりとした身体がだらしないと。


 いや、嘘を吐いた。正直、ずっと思っていた。


 ルナが甘えさせてくれるから、自分自身を客観視することがなかったけれど……いや、言わないだけで思っていてもおかしくはない。


 自分だったらどうだ? こんな醜い身体をしている俺と、太っていないどころか日々鍛えているマッチョな兵士達。二人に迫られたら、どちらを取るだろう? 俺が女の立場なら秒で太っていない兵士を取る。


と言う訳で、少しでもルナに嫌われる要因は排除しなければならない。


「それに万が一に備えてアーティファクトが使えなくても戦えることに越したことがないからな」


 実際、『龍星の杖』が使えない状況に陥ったら、俺はただの無力のモブキャラクターなのを忘れてはいけない。


 今を楽する方法を選ぶこともできるだろうが、推しと幸せな未来を掴むならば今を惜しんではいけない。


 それに強くなりつつ、痩せることができたら一石二鳥だよなぁ?


 そうして俺は訓練場に向かうことにした。


 この世界では不思議な事がある。


 魔法使いは例外なく太っていない。


 太っていないことには理由があって、どうやら魔力を使う時にカロリーも使うらしい。カロリーを使えば痩せる。つまり魔法を極めれば極めるほど痩せるということらしい。


思っていたよりも魔法って肉体労働なんだな……。


 最終的にはルナも見惚れるナイスボディを手に入れるつもりだから、最終的には近接格闘術も身に着けていくつもりだ。だがダイエットは痩せ始めが一番大変なのだ。


 特にアイクみたいなワガママボディみたいなやつは尚更だ。


 という訳で、俺は訓練所に来ていた。


「あら、アイクじゃない」


 俺に声をかけたのは、茶色の三つ編みの女性。彼女は紫のローブを身に纏って、どこからどう見ても魔法使いという姿をしている。


 俺にとっては初対面だが、アイクにとっては身近な存在。


「マーシャ……お姉様」


「こーら。お姉様って堅苦しい言い方じゃなくて、マーシャねぇでしょ?」


「うぐっ……! ごめん、マーシャ姉」


「よろしい。そういえば、婚約者のために頑張ったんだって? 偉いじゃない」


 マーシャ姉は俺の頭を引き寄せて、頭を撫でてくる。


 わしゃわしゃと撫でる


 ローブに隠れていた豊満なおっぱいが接触する。ムニュと押しつぶされる圧倒的な物量に、俺は触れるまで感知できなかった。


 まさか、その紫色のローブのせいで着やせしていたのか!? 

 

 初めてのエンカウントにして、姉のことを恐ろしいと思ってしまった。


「それで? どうして訓練所に? もしかして……お嫁さんのために強くなろうって感じ?」


「ま、まぁ……その通りだけど……」


「キャー!!! 良いわね!! すごく健全なお付き合いじゃない!! 正直、お姉ちゃん、アイクがまたまた悪い遊びをしているのか心配だったのよ……! いいわ! その特訓、私が見てあげるわよ!!」


 ぐっ! と親指を立てる。なんかめちゃくちゃ乗り気だ。

 というか、俺の評価ってそんな感じだったんだ……直接聞かされると悲しいものがあるな。


「うふふ……まるで恋愛小説のような展開を弟で見れるなんて……堪らないわね」


 マーシャ姉はニヤニヤしている。この姉、大丈夫だろうか?


「それじゃあアイク……水晶玉に手をかざしてみて頂戴」


「わかった」


 俺が水晶に手をかざすと、水晶玉が大きく赤色の光を発する。


「これは……噂のアーティファクトの力かしら?」


「いや、アーティファクトは関係ないけど……だってアーティファクトを使ったら訓練の意味ないだろ?」


「そう……それなら、恐ろしいわね」


「え? なにが?」


「アイクは腐ってもハンバルク公爵家の血筋だったってことよ? この水晶玉は色ごとによって魔力の大きさが分かるの。赤い色はA級クラス。魔力で言ったら私とあんまり変わらないわよ?」


「そうなのか……」


 フォーチュンラバーのゲーム画面だったらステータスで一目瞭然だったが、アイクに転生してからだと、今の自分の強さが分からなかったからめちゃくちゃ重宝するな。後でこっそり買いに行こう。


「半年前に測った時は大したことなかったのに、急にA級クラスの魔力になっているなんて……」


「なぁ、マーシャ姉。A級ってすごいのか?」


 フォーチュンラバーでは全てステータスとシナリオ進行だけだったから、A級と言われてもあまりピンとこない。


「何をとぼけてるのかしら? A級魔法使いというのは、王国内でも50人しかいないクラスよ。あ、一応S級は王国内でも2人しかいないから……まぁ、その2人は化け物だけど」


「そうか。じゃあ俺もS級を目指してみるかな」


 現時点で魔力が強い存在と言ったら、攻略ヒロインのあいつの可能性があるな。いずれ俺達と戦う相手になるかもしれない訳だから、なおさら鍛えないといけないな。


「本当に! いやー、アイクの成長が楽しみだわ! あ、ちなみに魔力を上げるために何かしていたの?」


「実は密かに特訓してたんだ。一応、俺もハンバルク家の人間だからな。魔法使いとして強くなかったら示しがつかないだろ?」


「なるほどね。能ある鷹は爪を隠すと……つまり、もう隠す気はないってことね!?」


 マーシャ姉は勝手に納得して、うんうんと頷く。


 きっとエンシェントゴーレムやらモンスターを倒してきた影響で強くなったのだろう。


 敵を倒す度にキャラクターが無限に成長していくってのも、ゲームの売りだったしな……最終的に『龍星の杖』を手に入れたらクリアできるから、そんなことをする意味もなかったけれど。


「そう……と、言いたいところだけど、まだまだ実力不足だから。魔法なんて初級魔法しか覚えてないし」


 ほら、魔力を強くしても、出力するものがなければ意味がないし。


「そうなのね!! だとしたらお姉ちゃんの出番ね! どんな魔法習得を覚えたい?」


「そうだな……できれば、肉体強化みたいな魔法だったら嬉しいな」


「肉体強化……? 魔法使いにとっては初歩の初歩の魔法だけど……そんなのでいいの? 分かっていると思うけど、魔法で戦う魔法使いにとって覚えることはあんまり意味がないわよ?」


 マーシャ姉が肉体強化系の魔法は純粋に魔力が高い人間が取得してもあまり意味もない魔法だ。事実、フォーチュンラバーの世界において魔法使いが使うことは余り少ない。


 だが、それはロールプレイングという状況だから使えないのであって、この魔法はあらゆる面で応用が利くはずだ。


 だから俺は肉体強化の魔法を覚えたいと思った……と説明しても信じてくれないだろうから、


「あぁ、基礎から学び直すことも大事だと思うんだ。今まで適当に受けすぎていたから……俺は反省したんだ」


 俺はそう取り繕うことにした。するとマーシャ姉はワナワナと震えだす。え? ひょっとして俺、何か間違えた?


「な、なんて素晴らしいの!!」


 マーシャ姉は何故か感動していた。


「え?」


 マーシャ姉は俺の両手を握る。俺は突然のことに心臓がびっくりしてしまった。


「いいわ! 基礎だからって侮っちゃダメよね! 分かったわ! お姉ちゃんがしっかりと基礎を教えてあげるわ!!」


 とりあえず、教えてもらえるということでいいのだろう。アイクの姉ということもあって正直警戒していたけれど、思ったよりも良い人で良かった。


「お話のところ申し訳ありません」


 聞き慣れた声に振り向くと、そこにはルナがいた。


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