第4話 母からの手紙

 私に離縁を突き付けたジョシュアは、義姉と馬車に乗って出かけた。

 きっと両家に行き、離縁と再婚の報告をしに行ったのだろう。


「ジョシュアと別れた後、私はどうすればいいの…」


 部屋で独りになった私は思いあぐねた。


 父と継母がいる家には帰れないし、そもそも父たちが私を迎え入れてくるとは到底思えなかった。


 ジョシュアに慰謝料を請求する事を考えたけれど、きっと父と継母に阻止されてしまう。両家にとっては妻を入れ替えれば済む話だもの。


 結婚してから購入したわずかばかりの宝石と洋服を売れば、しばらくしのげるかしら。

でもその先は…?


 どうすればいいのか分からず思いわずらっていた時に、ふと母の最期の言葉を思い出した。


『この小箱は大事にしてね……そして……あなたが18歳になった時、つらい日々を送っていたら開けてね』


 私は引き出しの奥にしまっていた手のひらサイズの小箱を取り出した。この箱は母が亡くなる前に手渡されたものだ。

 

 寄木細工で作られたからくり箱。

 母に何度も開け方を教えてもらった。


 カタン カタン カタン カタン…


 何度が板をスライドさせると蓋が外れた。

 入っていたのは折りたたまれた手紙。

 私は椅子に腰かけ、ゆっくり手紙を開いた。


 読み終えた私は深い…深い溜息をつき、そして涙が溢れた…


「…お母様は自分を裏切り続けた夫が許せなかったのですね。そして後に起こる問題を予想していた。…けど、ジョシュアが裏切るとは思いもしなかったでしょうね。もし、私が幸せに暮らしていたらこの箱を開ける事もなく、何も知らずに過ごしていたのかしら…」


 私は涙を拭き、小箱に入っていた手紙を持って出かけた。



◇◇◇◇



「アーマコットがいなくなった?」


「は、はい」


 場所はアーマコットの実家であるエルゴー伯爵邸。

 

 アーマコットは、僕に離縁を突き付けられた後、自分の名前を記入した離縁状を置いて、行方をくらましてしまった。

 

 それから一週間。

 さすがに心配になり、今僕はその事をエルゴ―伯爵義父に伝えていた。


「別に、自分から出て行ったのだから何の問題もないでしょ? 気にする事ないわ、ジョシュア」

 ロレーヌが興味なさそうに言った。


「ロレーヌ…」

 僕はロレーヌの言葉に耳を疑った。


 え? だって君はアーマコットと仲良くなりたいと言っていたじゃないか。

 けれどアーマコットが自分に冷たいと…泣きながら僕に言っていたじゃないか。

 

「ロレーヌの言う通りよ。自分から出て行ったのだから、ほおっておけばいいのよ」

 イザリア義母が賛同するように言った。


「そうだ、アーマコットの事は気にしなくていい。…逆にいない方が助かる」

 エルゴー伯爵は実の父親のはずなのに、アーマコットの事を気に掛ける様子もなかった。


 この家の人達は誰一人、アーマコットの事を心配していないのか…っ


 ロレーヌは言っていた。


『アーマコットが私に冷たく当たるの。やはり姉とは言え義理だし、後妻である母の連れ子だもの。父に可愛がられている事も気に入らないのだと思うわ。私はただ家族みんなで仲良くなりたいだけなのに…』


 泣きながら、そうロレーヌに相談されたのが始まりだ。


 最初はアーマコットがそのような態度を取っているとは信じられなかった。

 けれどロレーヌは相談と称して、頻繁に僕に会いに来るようになった。

 アーマコットがいない時を見計らって…


 そして会う度にアーマコットの事を涙ながらに話していた。

 潤んだライトグリーンの瞳に豊満な白い肌を押し付けられながら泣き伏す彼女に僕はだんだん気持ちが傾いていくのを感じていた。


 それから彼女の手管に堕ちるのに時間はかからなかった。


 アーマコットには申し訳ない事をしたと心から思っている。

 義父は義娘のロレーヌをとても可愛がっているから彼女と結婚すれば、将来僕は伯爵当主になれるだろう。


 だからこそ、離縁後は彼女の今後の生活に困らない援助をしようと思っていたのに、離縁状を残していなくなってしまった。


 僕は心配でエルゴー伯爵に相談した…なのに彼らのアーマコットに対する感情は【無関心】だった。


 ロレーヌの言葉は嘘だったのか。

 僕は取り返しのつかない事をしてしまったのではないだろうか?

 自分がしてしまった事に恐れおののき、どうしようもない自責の念にかられた。

 その時、扉がノックされた。


 コンコン


「失礼いたします、旦那様。アーマコット様がお目見えです」


「「「アーマコットが!?」」」


 その場にいた誰もが驚き、同じ名前を口にした。






 





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