第31話 もふもふ発見
神歴1012年3月3日――ギルティス大陸南東、滅びゆく村。
「ようこそ、旅のお方。ここはガストの村――別名、滅びゆく村です」
「……え?」
滅びゆく村?
言われて、ブレナは唖然と固まった。
すぐさま、隣のルナに右わき腹をツンツンとひじでつつかれる。
彼女は小声で、
「冗談を言ったんですよ。たぶん、ウェルカムジョークだと思います。笑ってください」
「……いやまずおまえが笑えよ。自分にできないことを俺にやらすな」
真顔のまま、クスリともしていない彼女にぼそりと返す。
ブレナは改めて、目の前の『男』の姿を子細に見た。
年の頃は
アリスとレプのあとを追って村に入ったブレナとルナは、村に入ってすぐの広場で『その青年』とはちあったのだが――。
「笑う必要はないですよ。冗談ではないので」
「……あ、聞こえてた」
ポツリと、ルナ。
ブレナは軽く握った右拳を、彼女の頭にコツンと落とすと、
「冗談じゃないなら、なんなんだ? よそ者をからかってるってふうでもなさそうだが」
「ああ、それはですね――」
「いや、その説明は私がしよう」
「――――っ!?」
突然と、割って入ったその声に。
ブレナは両目を見開き、弾かれたようにその方向を見やった。
青年の左斜め後方数メートル――宿屋と思しき木造二階建ての家屋から、見知った『男』が姿を現す。
刹那、ブレナは反射的に叫んだ。
「ジャック!?」
ジャック。
ジャック・ヴェノン。
思いがけない『再会』が、さらなる不穏を産み落とす。
◇ ◆ ◇
銀髪、銀眼。
細身で中性的な顔立ちから一見優男に見えるが、それは見た目だけの話である。
端正で涼し気なそのルックスからは想像もできないほど、短気で粗暴な青年。それがジャック・ヴェノンという男だった。
弱冠十八歳にして、十二眷属筆頭『ギルバード・アイリス』の片翼を務める融通のきかない堅物である。
その堅物が、いつものように、しかつめらしい表情を浮かべながらこちらに近づく。
と、彼は驚くブレナをしりめに、
「最初に言っておくぞ、ブレナ・ブレイク。今回は貴様とやり合うつもりはない」
「……そいつは助かるな。が、どういう風の吹き回しだ? この八か月間で、なんか心境の変化とか立場の変化とかあったりしたのか?」
「ないな。この村を出れば――この『案件』を片づければ、その瞬間に貴様は敵となる。もっとも、貴様のほうから仕掛けてくれば、今この瞬間からも敵となるが」
そう言って、ジャックがこれみよがしに腰もとのダブルを指でさする。
ゴドルフィン。
「……知り合いですか?」
警戒の眼差しで、ルナが訊く。
ブレナはたんたんと答えた。
「敵だ。十二眷属筆頭、ギルバード・アイリスの手下の一人だよ」
「――――っ!? じゃあ、このヒトも――」
「いや、こいつは十二眷属じゃない。人間だ。人間でありながら、十二眷属に従ってるワケ分かんねえ奴だよ」
「聞き捨てならないな。私は十二眷属に従っているのではない。ギルバード様に従っているのだ。ほかの十二眷属はみな、倒すべき敵だ。倒すべき、敵となった」
「……どういう意味ですか?」
視線はジャックに向けたまま、ルナが声だけをこちらに投げる。
ブレナは再度、たんたんとした口調で答えた。
「その話はあとでする。話すと長くなるからな。俺にも分からん部分はあるが。それよりも――」
「ああ、分かっている。説明するよ。場合によっては、貴様の力も借りざる得ない状況になるかもしれんからな」
ジャックのその言葉に、ブレナは怪訝に眉をひそめた。
この村で、いったい何が起こっているというのか――。
言いしれぬ不穏がカーテンのように周囲を包み込む中、そうしてジャックの口から事の一端が明かされる。
それはブレナが想像だにしていなかった、飛びきり大事な怪事件だった。
「この村は死にゆく村だ。文字通り、毎日一人ずつ村人が死んでいくんだ。いや、
奇奇怪怪の数日が、そうして摩訶不思議に幕を開ける。
◇ ◆ ◇
「えっ、それってどーゆうこと?」
アリスはキョトンと訊き返した。
場所は、村はずれの小さな花畑。
レプと一緒に村の中を探検していたところ、この場所に行き着いたのである。
心躍る発見。
帝都の一区画にすら満たないほどの小さな村に、まさかこんな綺麗な花畑があるなんて思いもしなかった。
でも、アリスの気持ちが高揚していた時間は短かった。
心躍る発見からわずか数秒後、
それは本当に、思いも寄らない突然の一報だった。
「どーゆうこと? あんた、見た目どおりに頭悪いみたいね。一度で理解できない? どこから来たのか知らないけど――この村には頭のイカれた殺人鬼がいるって言ってんの。そいつが毎日一人ずつ村人を殺してまわってる。あんたたちがそいつのターゲットになるかどうかは分からないけど、さっさと村を出て行ったほうが無難だって言うのは間違いないわ。あたしのようにね」
そう言って、女が重そうな手荷物を肩の高さにまで掲げてみせる。旅に出るためのそれだというのは、一見して分かった。
「あー、ホント、もっと早く決断してれば良かったわ。最初に村を出たケニーが別枠で殺されたから、村の外に逃げるのもNGなんだって思いこんじゃったけど――どう考えたって、こっちのほうが生き残れる確率は高い。この村にいたら、遅かれ早かれあと六日――ああ、犯人がいるから五日か、で百パーセント殺されちゃうんだから」
「…………」
アリスはポカンと口を開けたまま、時の止まった世界の住人になるほかなかった。
彼女が発した内容はあまりにも非現実的で、とてもすんなりとは受け入れられない。傷だらけの猫を見ただけでどうしていいか分からなくなってしまうアリスの極小のキャパシティーでは、到底受容できる案件ではなかった。
「あ、ちなみにこの村の連中、あたし以外はみんな超嫌な奴らだから、長居すればするほどムカつく気分になると思うわよ。ホント、殺されてスカッとする奴らばっかだから」
最後にそう付け加えて。
女が後ろ手に手を振り、去っていく。
残されたアリスは、さらに数秒間、停止した世界の住人であり続けた。
彼女がその世界から抜け出したのは、それから八秒が過ぎたあと。
彼女を現実世界に引き戻したのは、レプの一言だった。
「アリス、レプは子分を見つけた」
「……え?」
言葉と共に、右の袖をクイクイと引っ張られ、アリスはそこでようやくと我に返った。
慌てて、視線をレプへと移す。
彼女は得意げな表情を浮かべて、『謎の小動物』を頭の上に乗せていた。
「あーっ、なんか変な生き物いるー! もふもふしてるーっ! 可愛いーっ! レプ、そのコどうしたの?」
「そこにいた。レプはすぐさま捕獲した。小さいけど、レプは一目で気に入った。子分にする」
子分。
ペットではないらしい。
アリスは、もふもふした謎の小動物の頭をやさしくナデナデすると、
「でも、初めて見る動物だ。帝都にはいない種だよ。何科の、なんていう動物かな?」
「タルーシャの一種じゃない? 見た感じ、ちょっと似てる気がするし。知らないけど」
「――――っ!?」
アリスは反射の速度で、身体の向きを後方へと反転させた。
レプに対して発した言葉が、その方向にいる別の『誰か』に反応されたのだ。
わずか数メートル後方の、気配を殺した別の『誰か』に。
序章が終わり――物語の第二幕が、雷電の如く動き始める。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます