第2章  ガストの村編

第30話 神様一行、奇怪な村に立ち寄る


 神歴1012年3月6日――ギルティス大陸南東、滅びゆく村。


 ブレナは、渋い表情で一息吐いた。


 少し大きめの丸テーブルには、彼を含めて六人の人間が座っている。


 ルナと、アリスと、レプと、そうして『二人の敵』を加えた六人だ。


 その『敵』のうちの一人――ジャック・ヴェノンが苛ただしげに言う。


「ギルバード様は何を考えておられるのだ。こんなイカれた村、救う必要などなかろうに。なんの意図があって、我らにこのような任務を課したのだ。あの少年を保護し、村人に紛れた十二眷属を残りの村人ごと滅殺する。そうしていれば、とっくに事は片づいていた。わがままな女に、チャラチャラした下劣な男――まともなヤツなど一人もいない。それで何も問題なかったはずだ」


「問題ないわけないだろ。確かにムカつく連中だが、だからといって殺していいにはならない。……ったく、おまえらは人間なのに完全にだな。すっかりギルバードの奴に洗脳されやがって」


「黙れ、ブレナ。私は私の意思でギルバード様に忠誠を誓っているのだ。洗脳などされてはいない。第一、ギルバード様はすでに十二眷属とはたもとを――」


「ジャック、冷静になりなよ。今はギルの話とかしてる場合じゃない。こいつらとも今は休戦状態なんだから、無駄にからんで貴重な時間使うな」


 もう一人の敵――ゼフィーリア・ハーヴェイが、ため息まじりに口を挟む。


 ジャックは吐き捨てるように「分かっている」と放つと、こちら側からぷいっと顔を背けた。それを見たルナが、隣でぼそりとつぶやく。


「……子供ですね。反応がまんま子供のそれです。とても年上とは思えません」


「ジャックはあれでも十八歳。リアより年上。世界七不思議のひとつ」


 ルナの膝の上から、追い打ちをかけるようにレプもぼそりと追随する。


 が、幸いにもジャックの耳には届いてないらしかった。届いていたら面倒極まりない事態に発展することほぼ確だったので、ブレナは密かに安堵した。


 安堵したのだが――。


「えーっ、ジャックってリアさんより年上なのー!? あたしとおない年くらいかと思ってた!」


「なんだと!? 貴様、今なんて言った!?」


 アリスの余計な一言(他意はないのだろうが)で、あっさりとそれが振り出しへと戻ってしまう。ブレナは海よりも深く嘆息した。


 ああ、なんでこんなことになったのだろう……。


 ブレナは遠い目をしながら、窓の外へと視線を馳せた。


 この村に立ち寄ったことが、全ての発端だ。


 この村に立ち寄らなければ、彼ら二人とはちあうことはなかった。


 この村に立ち寄らなければ、こんな異常とも呼べる事態に巻き込まれることはなかった。


 こんな村に立ち寄らなければ……。


 否、そうではない。


 この村に立ち寄ったからこそ、チャンスを得たのだ。


 この村に立ち寄ったからこそ、機会を得たのだ。


 無論、が十二眷属だと確定しているわけではないが――だが、直近の感情に流されて、村に立ち寄ったことをマイナスだったと評価するのは時期尚早である。


 ブレナは思い直して、再び視線を部屋の中へと戻した。


 のは、折りしもそのときだった。



  これで、残る候補は二人となる――。



      ◇ ◆ ◇



 三日前――。


 神歴1012年、3月3日――ギルティス大陸南東、ウェルナンド湿原。


 ブレナ・ブレイクは、歩いていた。


 三人の仲間たちと共に、ジメジメとした湿気の多い草原を――。


「……なんでおまえたちついてきたの?」


 と、そんなつぶやきが自身の口から知らぬ間に落ちる。


 言ってしまってから、だが彼はげんなりと後悔した。


「なんだその言い草ーっ! せっかくついてきてあげたのにーっ! ブレナさんはひどいーっ! ひどきこと、マウンテンの如しだあーっ!」


「いえ、アリスさん。その喩え、意味不明です」


「……ハァ」


 ブレナは、ため息をつくほかなかった。


 アリス・ルージュと、ルーナリア・ゼイン。


 ブレナ自警団のメンバーとして、半年間、行動を共にしたかつての仲間。


 そのかつての仲間が、今もこうして『仲間のまま』でいる光景など、ブレナは一ミリたりとも想像していなかった。


 あの日、帝都を離れると決めたあの日、二人とも別れるはずだったのだ。


 なのに――。


「そうですか。分かりました。では、準備したいので、出立は明日にしてもらえませんか?」


「あたしもーっ! 準備したいーっ! パパとママにも言わないといけないし、できればベルくんにも伝えたいーっ!」


 その旨を伝えたあと、数秒と経たずに二人の口から放たれたそれらの言葉はブレナの度肝を激烈豪快にぶち抜いた。


 青天の霹靂。


 ルナはまだしも、アリスまでそんなことを言い出すとは露ほども思っていなかったのである。


 当然、ブレナは止めた。


 おそらく数年単位の長旅になるだろうし――無論のこと、危険とは常に背中合わせのそれとなる。そんな旅に二人を連れていくわけにはいかない。家族がいるアリスは特にだ。ブレナは強い口調で、彼女たちに「ダメだ」と返した。


 で、今に至る。


(……ダメだって、二十回くらい言ったんだけどなぁ。なんでこうなった?)


 分からない。


 思い出そうとして、でもそもそも思い出すほどの紆余曲折があったわけではないことにすぐに気づく。


 たんに、押し切られただけである。


 あげく、アリスの両親からは「アリスを頼みます。この旅を通じて、あの子の甘えた性格を叩き直して頂けると嬉しいです」という無茶なタスクまで要望される始末。信用されているのか、あるいは見た目に寄らずスパルタな両親なのか――どちらかは分からないが、いずれそう言われてしまってはむげには突き返せない(一応、それでも三回くらいはやんわりと断ったのだが)。気づけば、ブレナは三人の少女たちと共に帝都の門を外へと抜けていた。これが、現況に至ったいきさつの全てである。


(……まあ、ルナとアリスがいてくれれば戦力的にも助かるし、旅の仲間が増えてレプも嬉しそうにしてるから悪いことばかりじゃないが……)


 でも、十二眷属とはちあったときに二人を危険にさらすかもしれないという危惧は無論のこと拭いされない(特にアリスは借り物だ。旅が終わったあと、無事両親のもとに送り届けなければならない)。


 ブレナはやおら、二人のほうを振り向くと、


「俺たちの旅の目的はこの前話したが――それがどれだけ危険なものかはちゃんと理解してるよな?」


「しています。。それがめちゃ危険だっていうのはアリスさんでも分かります」


「馬鹿でも分かるみたいに言うなーっ!」


 バッと両手を上げて、アリス。


 ルナは委細構わずに、


「なので、すれ違う人間は『全員十二眷属』くらいの気持ちで警戒しています」


「良い答えだ。すれ違う、の個所が『視界に入る』だったら満点だったけどな」


 まあでも上出来だろう。問題はアリスのほうだ。


 ブレナは返す刀で、今度はアリスに向かって、


「アリス、おまえも――」


「あーっ、村だぁーっ! 村発見っ! レプ、ほら見て! あそこに小さな村みたいなのがあるよ!」


「合点承知。レプの両目はホークアイ。今すぐゴー」


 みなまで言えずに。


 はしゃぐアリスがレプをともない、ブレナの視界の外まで走って消える。


 彼は何度目かのため息を落とすと、ルナと共に『その方向』を見やった。


 視線の先、数百メートル。


 アリスの言うように、確かにそこには小さな村らしきものが存在していた。


「なんか活気がなさそうな村だな……」


「そうですか? 遠目に見ただけじゃ分からないと思いますけど。偏見は良くないですよ」


 良くない。


 それは分かっているが、でもどうしてもその村からはマイナスの印象を感じてしまう。活気がなさそう、というのはむしろかなりオブラートに包んだ表現だった。


 実際にブレナがその村から感じ取ったのは、そんな取るに足りないレベルの小さなマイナスではない。


 不穏。


 ねっとりとした、ヘドロのような深い闇。言葉では言い表せない、なんとも言えない強烈な負のオーラが村全体を覆っていた。


(面倒なことになんなきゃいいけど……)


 胸中で懸念をつぶやき、視線を今一度その『張本人』へと差し向ける。


 生気を失くし、朽ちかけた小村。


 物語の第二幕が、そうして不穏のままに切って落とされる。

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