第24話 クライマックスの鐘


 神歴1012年2月18日――レベランシア帝国、中央メインストリート。


「リッツファミリーの残党ですね。最近、けっこう見かけます。組織を解体させても、なかなかすぐにはいなくなりませんね」


 周囲を見まわしながら、ルナは鋭い語調で言った。


 ガラの悪い若者たちが、そこかしこにたむろしている。目につくだけでも、二十人近くはいるだろう。元を叩いたというのに、どこから湧いてくるのか不思議でならなかった。


「どうする? 片づけとくか?」


 隣を歩くトレドが、腰もとのダブルに右手をかけつつ訊く。


 ルナは短く息を吐き出すと、首を左右に振って、


「いえ、今日はやめておきましょう。時間がもったいないです」


「目についたときに処理しといたほうがよくないか? てゆーか、俺のお別れ会とか正直どうでもいいし」


「どうでもいいんですか!?」


「……ごめん、やっぱどうでも良くない。めっちゃ嬉しい。いやマジで」

 

 左のこめかみから冷や汗を一滴たらして、トレド。


 ルナは満足げに頷いた。


「わたしたちの好意、ちゃんと受け取ってくださいね。感謝の気持ちと親愛の情がたっぷり入った会なんですから」


「ルナが手作りの料理でも作ってくれんの?」


「作りますよ。ご馳走作ります。腕によりをかけて、食べきれないくらい」


 ルナは、にっこり笑って言った。


 受けたトレドは、まんざらでもなさそうな顔で、


「そいつは楽しみだね。半分冗談のつもりだったんだけど。それ聞いて、気持ちがちょっと上がってきたよ。やっぱり、さっきの奴ら――」


「ダメです。そんな時間はありません。今日はいろんなお店に行かなくちゃいけないんですよ。のんびりしてると夜になっちゃいます」


「……了解。んじゃ、今日はこいつも一日休養日とするか」


 そう言って、トレドが腰もとのダブルの柄頭をポンと叩く。


 ルナは、気になっていたことを訊いた。


「そう言えば、トレドさんのダブルって見たことないヤツですね。タイプはオーソドックスなソードタイプですけど、見たことないです。ブレナさんみたいに、ダブルに詳しいわけじゃないですけど……」


「……ああ、まあ見たことなくて当然だと思うよ。このダブル、特別だから。店じゃ絶対買えないし、どんな高難度のダンジョンでも百パー手に入らない。唯一無二。俺専用のダブル」


「……馬鹿にしないでください。Aランクは半分以上知らないですし――Sランクなんて一本も見たことないですけど、その嘘はさすがに分かります。からかわれるのはあんまり好きじゃないです」


 両頬をほんの少しだけ膨らませて、ルナは不機嫌に言った。


 個人専用ダブルなど聞いたことがないし、そんなものがあるはずないというのは理屈で分かる。全てのダブルは、千年以上前の『神文明しんぶんめい』時に作られたものだ。こんなことは五歳児でも知っている。トレドが誕生するよりはるか昔に作られたそれらが、つまりはトレド専用にはなりえないことくらい子供にだって分かるかんたんなロジックだった。


 ルナは、意地悪く言った。


「それとも、トレドさんはやっぱり十二眷属だったんですか?」


「いやそれまだ言う? そうじゃないけど……まあ、いいか。そんなことより――」


 そんなことより――。


 その先に続く言葉は、けれどもいつまで待ってもトレドの口から放たれることはなかった。


 不審に思い、ルナはそらしていた視線をトレドのほうへと再度向けた。


 彼の顔は、とある方向を向いていた。若干と驚きに目を見開いたような様子で。


 ルナは、訊いた。


「どうしたんですか?」


 トレドは、答えた。


「相棒、見つけた」



      ◇ ◆ ◇



「ったく、あいつ……こんなトコをウロウロしてたのか……?」


 隣を走るトレドが、苛立ったような、あきれたような、どちらとも取れるような語調で一人ごちる。


 ルナは冷静に、周囲の様子を確認した。


 中央メインストリートから、少し外れた細い路地。


 迷路のように、とまではいかないが、それなりに入り組んだ道である。


 この先を抜けると何があるかは、ルナにはよく分かっていた。


 大聖堂。


 否、旧大聖堂である。


 百年前に起きた大きな地震によってナギの像が崩れ、そのことが理由で切り捨てられた前時代の遺物。


 数十年前までは観光目的などで、それなりに訪れる者も多かったと聞くが、今となってはすっかり廃墟のテイである。


 そればかりか――。


「トレドさん!」


 ルナはトレドの注意を惹くように、少しだけ声を大にして呼びかけた。


 言わなければならない。


 おそらく、トレドは知らないだろう。


 今から向かおうとしているその場所が、ならず者たちのたまり場になっているということを。


 そして、そのならず者たちが『帝都の巨悪』に隠れた『第四の勢力』であるという事実を。


 つまりは、無法の凶悪集団『』の存在を――。


「聞いてください! この先の旧大聖堂には――」


 と、だがそれを伝えようとしたルナの言葉は、中途でトレドのそれによって完全無欠に遮られた。


「……ああ、一応先に言っとくわ。たぶん相棒の姿見たら、ちょっとどころではないくらい驚くと思うけど――まあでも、あんま派手には驚かないでやってよ。本人傷つくから。ああ見えて、案外繊細だからね」


「?? よくわかりませんが、了解しました。そんなことより――」


 そんなことより――。


 が、先刻のトレド同様、まったく同じその個所で今度はルナの口が止まる。


 到着、してしまったのだ。


 旧大聖堂に。


 だが、彼女の口が止まったのは、それそのことが原因ではなかった。


 たどり着くと同時、トレドがその流れのまま、入り口の扉を躊躇ちゅうちょなくひらく。


 その瞬間、ルナの口は驚きと共にその動きを完全に止めたのである。


 驚愕。


 それは文字どおり、天地がひっくり返るほどの衝撃だった。


 クライマックスの鐘の音が、寂れた聖堂内に鳴り響く――。

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