第19話 ゲヘナ盗賊団殲滅(後編)
「
放たれた言霊は――。
ザックの姑息な目論見と、彼の強靭な右腕を根こそぎ豪快に切り飛ばした。
想定外の一撃。
ブレナ・ブレイクの姿を確認した直後、彼は本能で『人質』に手を伸ばした。
最善は女のほうを引き寄せることだったが、どちらかを選んでいる余裕はとてもない。近くにいたほう――つまりは『男の腕』を、彼は遮二無二につかみにいったのだ。
だが。
(……な、なんだ……今の……魔法、は……? どこ……から……)
ブレナが放ったそれではない。
別の方向から、その魔法は放たれた。
その、
(……オレは職業柄、ダブルやマジックボールには詳しい。そのオレが知りもしない魔法なんざ……ちっ、今はそれどころじゃねえか)
それどころではない。
ザックは激烈な痛みと共にそのことを自覚した。自覚したところで、失った右腕は戻ってこないが。
ブレナにばかり注意を向けていた自分の失態だが、その代償はあまりに大きかった。
怒りの言葉を吐き散らしたい衝動をなんとか抑え――ザックはデレクのほうへと視線を投げた。そのまま、叫ぶように発する。
「デレク、無事か!? 無事だったら、急いでほかの連中を――」
「無事じゃねぇよ。それに『ほかの連中』なんてもういねえ。残ってんのは、おまえだけだ」
「なっ――!?」
ザックの顔から、血の気が失せる。
視線の先、数メートル。
デレクの生首を持ったブレナが、その距離まで近づいていた。
「悪く思うなよ。今回ばかりは、生かして捕らえる余裕がなかった。時間との勝負だったからな。トレド式でやらせてもらった。
「みな……」
皆殺し?
まさか、百人以上いた手下が皆殺しにされたというのか?
ありえない。
そんな馬鹿なことが……。
ザックは、絶望の息を吐いた。全身の力が抜け落ち、膝から地面にくずおれる。抗う意思も、それと同時に粉みじんに崩れ去った。
「ブレナ、さん……」
「すみません、ルージュさん。俺がいながら、こんなことになってしまって。どんな非難でも受けます。でも、少しだけ待ってもらえますか? カタを、つけなきゃならない」
そう言って、ブレナ・ブレイクが『刀身モード』のダブルを振り上げる。
彼は、無慈悲に言った。
「何か言い残すことはあるか?」
ザックは、せせら笑って答えた。
「ねぇな。が、後悔はしてる。こんなことになるなら、旦那の前で嫁を犯してそのあと旦那を――」
ピュッ!
ザックの意識は、そこで途絶えた。
悪逆非道を背中に背負って歩いてきた――男の首から上が宙を舞い、最後の巨悪が地に落ちる。
帝都の闇が、百年ぶりに消え去り晴れる。
◇ ◆ ◇
「すみません、ブレナさん。なんとお礼を言ったらいいか……」
拘束を解かれたアリスの母親が、心底申し訳なさそうな顔で頭を下げる。
ブレナは、両手をブンブンと左右に振って、
「お礼なんてとんでもない。むしろ非難の言葉をください。あなたがたにはその権利があるし、俺にはそれを受ける義務がある」
「非難なんて、そんな……。悪いのはむしろ、警戒を怠った僕たちのほうで――」
「いや、それやめない? そのやり取りは、始まっちゃうとキリないぞ。無事に助けられた。良かった。ありがとう。それで終わりでいいと思うけど……」
隣に立つトレドが、あきれたような口調で言う。
ブレナはキッと両目を細めて彼のほうを向いたが――アリスの両親の反応は、ブレナのそれとは真逆だった。
二人とも、プッと吹き出すように笑い、
「そうですね。その方のおっしゃるとおりです。このやり取りは始まってしまうとキリがない」
「ハハ、僕もメアリィと同感です。ですが、あなたにもお礼の言葉を一度だけ言わせてください。助けていただいて、本当にありがとうございました」
「どういたしまして。これで終わりでいいんだよ。なあ、ブレナ?」
ニッコリ笑って、トレドが言う。ブレナはチッと小さく舌打ちした。
「んなことより、ブレナ。一個訊いていいか?」
「……なんだよ?」
「なんで、そんなショボいダブル使ってんの?」
「……あ?」
「そのダブル、Cランクじゃん。こんな活動してるなら、ダブルには金かけたほうが良いと思うけど? アリスはその辺分かってる。それとも、それメインじゃないとか?」
「……ほっとけ。おまえには関係ない。んなことより――おまえこそ、
「知りたい?」
「いや別に」
本当は知りたかったが、訊いてきたときのトレドの表情がなんとなくムカついたのでブレナはそっけなく流した。
どのみち、関係ない。
帝都の巨悪は、これで大方払いきった。この男とも、そう遠くない未来に別れることとなるだろう。そうして、二度と再び会うことはない。
トレド・ピアスとブレナ自警団の物語は、今日を持って終わりを迎えたのだ。
崩れた壁の隙間から、別れの風が音を鳴らして吹きすさぶ。
◇ ◆ ◇
「うわーん!! パパぁー、ママぁ―、心配したよー!! 良かったぁー、良かったよぉーーー!!」
救出された両親に飛びつくように抱きつき――アリスが、人目をはばからずに号泣する。
「……もうっ、この子ったら……ブレナさんやルナちゃんが見ていますよ?」
「だって、だってぇーーーっ!!」
「……ハハ、まったくアリスは本当に泣き虫だなぁ。そういうところは、いつまで経っても成長しないな……」
「……ホント。でも、また会えてうれしい。うれしいわ、アリス……」
アリスの涙に誘われたのか――アリスの両親の瞳からも、彼女と同じそれが流れて落ちる。その様子を見て、ルナはようやくと安堵の息を吐いた。
良かった。
本当に良かった。
最悪の結果にならなくて、本当に。
ルナは、胸の前でギュッと拳を握って空を仰いだ。
在りし日の、父と母の姿がまぶたの奥に蘇る。
ルナは少しだけ、感傷的な気分になった。
鮮血にまみれた思い出は、どれだけ月日が流れてもセピア色には変わらない。
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