第18話 ゲヘナ盗賊団殲滅(中編)


 神歴1012年2月12日――レベランシア帝国、ゲヘナ盗賊団の根城。


 ザック・ルイスは、ゲヘナ盗賊団の頭領である。


 今年で齢四十になるザックは、悪逆を喰らい、非道を抱いて生きてきた。


 先代のゲヘナは、資産家などにターゲットを絞って、リスクもリターンも大きい盗みを繰り返してきたが――ザックはその方向性を、彼の代で一気に真逆の向きへと切り替えた。


 ローリスク、ローリターン。


 ターゲットは、主に一般人。つまりは弱者から、ローリスクで奪い取る方式へと変えたのである。一度に奪い取れる量は格段に減ったが、その数を増やすことでマイナス面を少なくした。プラス面は、彼が想定していた以上に大きかった。『薄利多売』に切り替えたことで、失う部下の数が劇的に減ったのだ。


 ゆえに、ゲヘナ盗賊団はこの数年で大きく成長した。ガルバン商会やリッツファミリーと肩を並べるまでに、彼らの組織は巨大な悪へと急成長したのである。


 巨大な、悪へと――。


「よぅ、兄弟。調子はどうだい? オレが作った腐った握り飯は、口に合ったかよ?」


「…………」

 

 返事はない。


 正面に並べられた椅子に、四十がらみの男女が一人ずつ。二人とも、荒縄できつく縛りつけてはいるが、口もとは完全にオープン状態だ。喋れないということはない。喋りたくないだけだ。


 ザックはやれやれと頭の後ろをかくと、


「ご機嫌ななめだな。気に入らないことがあるなら聞くぜ? 話してみろよ」


「……こんなことをしても無駄です。娘は止められない。いずれあなたがたは、ブレナ自警団の手によって滅ぼされるでしょう。ガルバン商会やリッツファミリーのように……」


「いいね! ゴージャスだ! 気の強い女は嫌いじゃないぜ! それに比べて旦那のほうは情けねえなぁ。二、三発小突いたくれぇで、もうグッタリしてんのか?」


「……グッタリなんて……して、ないさ……。キミが持ってきた料理があまりにも美味だったんでね……。余韻に、浸って……たんだ……」


「……ほぅ、言うじゃねぇか。優男だと思ってたが、このオレを煽るとはなぁ。どれ、その勇敢が本物かどうか、ちょいと試してみようかねぇ」


 下卑た笑みを浮かべてそう言うと、ザックは男の腕をガッとつかんだ。


 と、すぐさま隣の女が過敏に反応する。


「何をするつもりです!?」


「何を? そいつはかんたんだ。俺はいつだってシンプルをやる。このマッチ棒みたいな腕をつかんじまったからには、折らないわけにはいくまいさ」


「――――っ!?」


 女の表情が、見る間に変わる。


 彼女は興奮気味に両目を見開くと、縄が食い込むほど強く身体を揺らしながら、


「やめてください! 傷つけるなら、次は私の番でしょう! 夫ばかり痛めつけるのはフェアじゃありません! 折るなら、代わりに私の腕を折ってください!」


「代わりに折ってください? 言うねえ! ワイルドだ! ポーズでも、なかなかそのセリフは出てこねえ!」


「ポーズなどではありません!」


「……よせ、メアリィ。この男は、だ。やると決めたら……やる。そういうをしているよ。僕には……分かる」


「いやいや兄弟、その煽りはいくらなんでもレベルが低い。そんな低レベルをかまされたら、オレの気持ちが悪いほうへと変わっちまうぜ? どちらか一人と思ってたのが、、って残酷がオレの頭に浮かんでは消える。なあ、デレク。どうするべきだと思う?」


 近くにいた、手下のデレクに問いかける。


 だが、彼からの答えを待つまでもなく、ザックの腹は決まっていた。


 そうして、腹に決めたそれと寸分違わぬ返答を、手下のデレクが放って寄越す。


「兄貴、両方やっちまいましょうよ。腕をへし折ったぐらいじゃ、人間死にはしやせんぜ。生きてさえいりゃ、人質の効果は色あせねえ」


「オーケー、デレク。そいつはつまり、カーニヴァルってわけだ。最初の夜にふさわしい催しだな。よし、ほかの奴らも呼んでこい。酒の肴に、野郎どもにショータイムをプレゼントだ」


 ザックは両腕を広げて、芝居がかった口調でそう宣言した。


 彼は続けて、


「入り口見張ってるターニャとセレナにも声かけてやれよ? 帰らずの森を抜けてくる人間なんざいやしねえからな。形だけの見張りを、こんなときにまで強いるのは愉快じゃねえ」


「了解しやした! それじゃあさっそく、祭りの報せを――」


 どごぉぉぉんっ!!


「――――っ!?」


「――――っ!?」


 それは、あまりに唐突だった。


 なんの前触れもなく、なんの脈絡もない。ただ、突然とそれは起こった。


 耳をつんざくような破壊音と共に舞い上がった粉塵が、わずか数瞬で彼らの視界をゼロに変える。


 ザックはすぐさまデレクに視線を投げたが、無論のこと「何が起こった!?」とは訊けない。そんなこと、デレクにだって分かるはずはないからだ。彼のほうに視線をやったのは、彼の無事を確認したかったからにほかならない。それをしたあとは、もうザックにできることは何もなかった。

 

 彼は茫然としたまま、塵のカーテンが解けるのを待った。


 そして――。


 やがてそれが解けると、ザックは両目をひんむいて叫んだ。


「ブレナ・ブレイク!?」


 現れたのは、金髪碧眼の青年。


 混乱が、ザックの頭を席巻する。


 


 この男が、この場所に現れることなど


 そんなことは、百パーセント不可能だ。


 百パーセント、不可能なはずだ……。


 不可能な……。


 だが、現れた。


 現れ、そうして彼は言った。


「よぅ、ザック・ルイス。サヨナラを言いに来たぜ。おまえはやってはならない最悪をやった。地獄の釜が、大口開けて待ってるよ」


 ザック・ルイスは、生まれて初めて恐怖した。

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