第14話 リッツファミリー殲滅(後編)
「ひ、ひぃ!? な、なんなんだ、なんなんだテメエは!? なんなんだよ!!」
恐怖で尻もちをついたリーンが、その状態のまま、ジリジリと情けなくあとじさる。
ベルは茫然とした面持ちで、ただその光景を見つめるほかなかった。
その光景。
血まみれのダブルを右手に持ち、ゆっくりとした足取りでリーンに迫る謎の男。
リーンの表情を見れば、この男がジャスティンの首を無慈悲に斬り落とした張本人であることが容易に想像できる。
この、黒髪黒目の男が――。
「そ、それ以上、近づくんじゃねえ! 神の眷属気取ったイカレ野郎が! 俺はリッツファミリーの――」
「知ってるよ。だからおまえは死ぬんだ。リッツファミリーの
「ちょ、ま、待ってくれ!! 頼むから、ま――ひぎゃぁあああ!!」
一刀。
おそらく、男はダブルを振るったのだろう。あまりにも速すぎて、ベルにはその動きがまったく見えなかったが――わずかな時間差で、リーンの身体が真っ二つに割けたことから、それは確実であろうと彼は判断した。
「成敗完了。デカい声でリッツファミリーうんぬん叫ばなけりゃ、気づかれずにすんだのに。バカな奴らだな」
「…………」
ベルは阿呆のように口を半開きにしたまま、パチクリと二度まばたきをやった。
次、殺されるのは自分かもしれない。
彼が至極真っ当なその発想へと至る前に――だが、その『人物』はベルの視界を颯爽と横切った。
「あーーーっ、また殺しちゃってるー! なんでー!? 殺しちゃダメだってあんなに言ったのに―!!」
現れたのは、桃色の髪と瞳をした自分と同じ年くらいの少女。どう見ても、黒髪黒目のあの男とは不釣り合いの、普通極まる美少女だった。
「ああ、悪い。勢い余ってまたやっちゃった。手加減すんの、けっこう難しいんだよな。これでも、かなり力抑えたつもりなんだけど。さっきの戦いもだけど、弱すぎる相手には力加減がムズい。まあでも、悪党なんだから別にいいだろ?」
「良くないよー! なんだかんだで、結局、リッツファミリーも皆殺しにしちゃったじゃん! ブレナさんに怒られるーっ!」
(……え?)
今、なんて……?
目の前の、この可憐な少女は今、なんて言った……?
ベルは狐につままれたような気持ちで、視線を桃色の少女から黒髪黒目の男へと移した。
男は、左肩に担いでいた大きな布袋(恥ずかしながら、ベルはその布袋の存在にこの段になって初めて気づいた)をこれみよがしに担ぎ直すと、
「皆殺しにはしてない。ボスのリッツは、ダルマ状態にしてこの袋の中に詰め込んでる。三大組織のボスだけは、自分の手でトドメを刺したいって前にそんなふうなことブレナが言ってたからな。あいつへの土産だ」
「もうほとんど死んじゃってるじゃん! 虫の息じゃん!!」
「虫の息でも、息はある。そんなことより、アリス。そこに落ちてる人形、拾ってそいつに渡してやれよ。なんか大切にしてたモンみたいだぜ」
「えっ、ああ……うん。ちょっと待って……って、あーーーっ!!」
彼女は興奮した面持ちでそれを拾い上げると、
「これ、魔法少女プリティーキャットの十分の一スケールの人形だぁーっ! あたしも持ってるーっ!! ねえ、キミもプリティーキャット好きなのー!?」
「え……? あ……う、ん」
「わーっ、仲間だーっ! あたしも大好きなんだ! プリティーキャット、かっこいいよね!」
「う、うん……かっこいいし、優しいし、その…………可愛いし」
「うんうん、分かる! かっこいいし、優しいし、すっごく可愛いもんね!」
無邪気な笑み。
他意のない、純度百パーセントの笑みだった。ベルの心の壁は、いともたやすく崩壊した。
数十秒前まで最大レベルだった警戒心も今やゼロ付近。我ながら現金すぎるとは思ったが、でもそうなってしまう何かが彼女の笑みにはあった。たぶん、自分以外の人間でもそうなっただろう。おそらくは老若男女、誰であっても。
ベルは根拠ゼロにそう確信した。
「プリティーキャットが一番だけど、でもあたしプリティードッグも実はけっこう好きなんだー。男の娘だから、好き嫌い分かれるみたいだけど。キミは――あっ、名前訊いてもいい? あたしはアリス。アリス・ルージュ。十六歳。年、おんなじくらいだよね?」
「う、うん。僕も十六。あっ、名前はベル。ベルクラフト・ローウェル」
「ベルくんね。覚えたー。住んでるの、この辺? もしよかったら、今度――」
「おい、アリス。盛り上がってるとこ悪いが、急がないとそろそろリッツが死ぬ」
「……え?」
言われて。
桃色の少女――アリスの表情が、一瞬で慌てたようなそれへと切り替わる。
彼女は手に持っていたプリティーキャットの人形をこちらに手渡すと、すぐさま黒髪黒目の男に視線を投げ、
「冷静に言わないでよー! てゆーか、もっと早く言ってよーっ!」
「いや、なんかめっちゃ楽しそうに話してたから、言い出しづらくて……」
「言い出しづらくても、言ってよー!」
グーに握った両手をバッと頭の上に上げて――アリスはそう言うと、
「ごめんね、ベルくん! また今度、ゆっくり一緒に遊ぼうね!」
振り向きざまにそれだけ言って、黒髪黒目の男と共に、慌ただしく視界の外へと走り去っていった。
その間、わずか数秒。あっという間の出来事だった。
「……また今度、か……」
知らないうちに、なんか友達みたいな間柄になっていたらしい。でも、当たり前だが悪い気はまったくしなかった。
「……友達、初めて出来た……。一生できないかも、って思ってたのに、こんなにあっさり……。どこに住んでるか訊けなかったし、もう二度と会えないかもしれないけど……」
それでも、ベルは嬉しかった。
今まで、同年代のなじみはジャスティンとリーンしかいなかったから……。
(……ジャスティン、リーン……)
ベルは、思い出したように二人のほうへと視線を向けた。
二人との関係は、完全に持つ者と持たざる者。
いじめっ子と、いじめられっ子の間柄だった。
ベルは二人のことが好きではなかったし、二人がこうなって安心している自分がいるのも確かだった。
でも、同時に――。
ベルは痛む身体に鞭打ち立ち上がると、二人の亡骸の前へと移動した。
そうして、静かに両目を閉じる。
捧げた短い黙とうは、人が理屈のみで生きる存在ではないことを如実に示すものだった。
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