第33話 飼い主、美味しいジュースが飲みたい

『ココロ嬉しそうだな!』


「ジュースがのめるんだって!」


 ジュースがもらえると聞いて、僕はウキウキしながらお姉さんの元へ向かった。


 ジュースって高価な飲み物だって聞いているからね。


『ジュースなら私が作ってあげるわよ?』

『果実も採れない僕達ができると思ってるの?』

『うっ……うるさいわね!』


 珍しくベロとスゥが喧嘩している。


「けんかはだめだよー?」


『大丈夫だよ! 姉さんの頭が少し弱いだけだからね』

『ケルじゃないからそれはないわよ!』

『なんで俺が出てくるんだ! 俺の頭は良いぞ!』

『何言ってるのよ!』


 これって喧嘩じゃなくて戯れあっているってやつね。


 でも、真ん中にいるベロはうんざりした顔をしていた。


 僕はすぐに受付にいるお姉さんに声をかけた。


「きれいなおねえさん!」


 声をかけるとお姉さんは優しそうな笑みを向けてくれた。


 声のかけ方をベロに聞いておいてよかった。


 ケルとスゥが言い合いをしていて、聞き取りにくかったけど間違えじゃなかったね。


「どうしたの?」


「おじさんがここにきたらジュースがもらえるって!」


「チッ、あの親父覚えておけよ!」


 ジュースの話をしたらさっきまで優しかった女性はどこか怖くなっていた。


 ケルとスゥもさっきまで喧嘩していたのに、驚いて目が点になっている。


「だめだった?」


「君は気にしなくて良いのよ。お金はあのクソ親父からぼったくるから気にしないでね」


 やっぱりジュースは高価だからお姉さんも分けたくなかったのかな?


「少し待っててね」


 お姉さんはカウンターの後ろで何か準備を始めた。


――グチャグチャ


 どこかおててさんにお願いごとを聞いてもらってる時と同じ音がするけど大丈夫かな?


――グチョグチョ


 んー、チラッと見たらお姉さんの手が真っ赤になっていたよ?


 血だらけになっているように見える。


 あとでおててさんにグチャグチャペッタンできるか聞いてみよう。


「おい、入り口にいた馬って昨日のやつじゃないか?」


「生きてるはずないだろう。あれは別の馬だろ!」


「さすがにそうか」


 後ろからどこか嫌な声が聞こえてきた。


 聞こえていたのは僕だけではなかった。


 ケルベロスゥもすぐに警戒して僕を隠すように体で押してきた。


『ココロは静かにしていてね』


 カウンターの下にひっそりと隠れる僕達。


『俺達でココロを守れば良いじゃないか?』

『私がタマを食いちぎるわよ!』


 ベロはケルとスゥにコソコソと文句を言われていた。


『やっぱり二人とも頭が足りないね』

『はぁん!?』

『なっ!?』

『ここは冒険者ギルドだよ? わざわざココロを危ない目に遭わせなくても、他の人達がいるからね。それに僕達が暴れたら、後々大変なのはココロだよ?』


 ベロに色々言われてケルとスゥは静かになった。


 こうやってみると、ベロが一番のお兄ちゃんに見えるね。


「おい、俺らにちょうど良い依頼はないか?」


 男達はカウンターまで来て、お姉さんに話しかけていた。


 僕は真っ黒な体のケルベロスゥに隠されているから、影で見えにくいのだろう。


 足元まで来ても気づかれないとは思わなかった。


「ジュースができた……よ?」


 お姉さんは話しかけられたことに気づいていないのか、ジュースをカウンターの上に置いた。


「はぁん? 俺がそんな子どものようなジュース飲むわけないだろ?」


「依頼がないなら俺と楽しい遊びでもしないか?」


「ははは、どんな誘い方をしているんだよ。もっとスマートにいけよ」


「俺がそんなことできるはずないだろ」


「がははは!」


 男達の大きな声が冒険者ギルドの中に響く。


「のどがかわいたな」


 僕の小さな声におててさんが、にょきっと地面から出てきた。


 ゆっくりと手を伸ばしジュースを取ろうとする。


「紅蓮の冒険団の方々、私と遊ぶ前に警備隊の人達と遊んだらどうかしら?」


 さっきまでの優しい声のお姉さんはいなかった。


 ひんやりした声におててさんもビクッとしている。


「どういうことだ?」


「あなた達がしたことはもうバレているわよ? それにここに来る資格はもうないですよ?」


「はぁん!?」


 男達が大きくカウンターを叩くと、何かが倒れる音が聞こえてきた。


 カウンターからポタポタと真っ赤な液体が流れてくる。


 あれは果実のジュースだ!


 高価なジュースをあんなことしたら、悪魔にいたずらされちゃうよ!


 僕はゆっくり手を伸ばすと間違えて、男のズボンを掴んでしまった。


「うぉ、なんだ!?」


 男達に気づかれたのかそのまま手を引っ張られる。


「おい、それはどういう意味だ!」


「こんな時にお前も遊んで……って昨日の子どもがなぜここにいる!?」


 隠れていた僕はカウンターの下から飛び出てしまった。


 それにおててさんが倒れないように、ジュースが入ったコップを持っていたのに驚いて僕にかけちゃった。


 僕はジュースで真っ赤に染まっていく。


 ああ、ジュースがもったいないな……。

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