第10話 末っ子、泣き叫ぶ ※ベロ視点

 早くご主人様をママに合わせたいな。


 そんな気持ちで一生懸命走ると、散歩の足取りはいつもより軽く感じた。


 あの角を曲がったらあと少しだ。


 そう思っていると、突然大きな轟音が響き渡る。


 体が後ろに引かれるような感覚とガラスが割れるような音が聞こえてきた。


 それでも兄と姉はご主人様をママに合わせるために、必死に走っていく。


 僕は後ろが気になり咄嗟に振り返ると、そこにはご主人様の姿がなかった。


 あれ……?


 ご主人様はどこだ?


 そこにあるのは大きな黒い物体だった。


『ワン!』


 体が軽くなったことに気づかない兄と姉を吠えて止める。


 ご主人様はどこに行ったのだろうか。


「ああ……誰か……」


「誰か救急車を呼んでくれ! 子どもが車の下敷きになったぞ!」


 近くにいた大人達が車の近くに寄って来る。


 あれ、なんかご主人様の匂いが黒い物体からするよ。


「おい、危ないから近づくんじゃねー!」


 おじさんに止められるが僕は近づいていく。


 体を伏せると、黒い物体の下にご主人様が寝ていた。


『ワン! ワンワン!』


 急いでご主人様に吠えるが何も反応がない。


 よく見ると周りが赤く染まっていた。


 これは危ないやつだ!


『ワンワン!』


 僕はそう思って周囲に伝える。


 ご主人様の手を必死に舐めても、いつも優しく撫でてくれる手は動かない。


『ワン!』


 異変に気づいた兄と姉が戻ってきた。


 一緒になって引っ張り出そうとしても、黒い物体が重くてご主人様が動かない。


 早くしないとご主人様が真っ赤になっちゃうよ。


「おい、お前達の飼い主はあそこにいる子か?」


『ワン!』


 声をかけられた意味はわからないが、必死に吠える。


 誰かご主人様を助けてください。


『ワンワン!』


 声を出しても出しても、誰もご主人様を引っ張り出せない。


 姉が何かに気づいたのか急いでどこかに走っていく。


「もうすぐ救急車や緊急車両が来るからな!」


 優しくおじさんは僕を撫でているけど、その手も震えていた。


 早くご主人様を助けて……。


 そんなことを思っていると、遠くから女性の声が聞こえてきた。


 これは聞き慣れた声だ!


「ケル、ベロ! 心はどこ!」


 声はご主人様のママだった。


『ワンワン!』


 僕と兄は急いでママに吠える。


 ご主人様はここにいるよ!


 声が枯れるほどママに吠えるが、ママは真っ青な顔をして震えていた。


 それと同時に遠くから大きな音が響いて来る。


 目がチカチカする物体達が来ると、すぐに状態を確認する。


 大きな物体が次々来ると、ご主人様の上に乗っていた黒い物体は退かされた。


 やっとご主人様に会いにいけると思ったら、紐を引っ張られた。


「お前達は入ってはいけないぞ!」


『ワンワン!』


 必死に吠えるがおじさん達が強く紐を引っ張って来る。


 僕らも負けじと引っ張るが、すぐにご主人様は物体の中に入っていく。


 ご主人様を返して!


 お散歩に行くんだよね?


「すみません。この子達をすぐそこにある動物病院に連れて行ってもらっても良いですか。私は息子と一緒に救急車に乗って行きます」


 ママはおじさん達に何かを告げると、ご主人様と一緒にどこかへ行こうとしていた。


 どこか僕はこのときにもうご主人様に会えないと思った。


 ご主人様を返して!


 どこにも連れていかないで!


 吠えても吠えても変わらない。


 物体が動き出すと僕らも必死に追いかけていこうとするが、みんなに引っ張られて動けない。


 ご主人様を連れていかないで……。


 もっと撫でてよ……。


 もっともっと遊ぼうよ……。


 たくさん吠えても僕達の声はご主人様に届くことはなかった。

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