今君に素晴らしい世界が見えますか?
今日最後の授業を終え、僕はキャンパスの中を歩いていた。明日の中間試験に備えて勉強しないといけないけれど、生ぬるい穏やかな天候が僕を散歩に駆り立てた。そもそも、僕の頭はその生ぬるい天候に侵されたようで、冴えず、やる気が起きないのだ。僕は、授業の最中、人の疎らなキャンパスを歩き、緑をただ眺めるのが好きだった。心地のいい風がほんのりと涼しくて、気持ちのいい散歩だった。風が大きな木々の梢を揺らし、若緑の葉がこすれ合い、さらさらと、樹海の波の音がやさしく響いていた。その波の音の間を縫うように、鳥のさえずりが聴こえた。僕は歩きながら今書いている小説のことを考えていた。七千字まで書いたその小説は、あと終盤を書くだけだった。あらすじは決まっているが、なんだか筆が進まない。終盤、ある登場人物が叫ぶのだが、その叫びは自分のものでもあって、その内容がなんだか固まらないのだ。僕は何を叫びたいのだろう? そう考えながら、僕は歩いていた。散歩は作品を書くうえで欠かせないものだと、僕は考えている。僕の作風のせいかもしれないが、散歩をすればそれが文学になるのだ。それは梶井基次郎の作品を読んでいても感じる。散歩をすれば、そこには文学の種がある。だから僕は、こうして歩いていた。
ぐるっと大きく回って、古い木造の建物の、その裏に、奇妙な光景があった。僕の背丈ぐらいの、深緑の大きな若々しい葉を茂らせ、黄緑のみずみずしい花を咲かせた木の、その隙間に、黒ずんだ茶色の、枯れた花が、下を向いて、ぶら下がっていた。いかにも生きている、みずみずしい深緑の葉や黄緑の花が茂っているその隙間に、完全に死んでいるその黒ずんだ茶色の花がぶら下がっているのは、なんとも奇妙な光景だった。気持ち悪ささえ感じた。僕は思わず立ち止まり、その奇妙な光景を眺めていた。しばらくして、僕は歩き出した。木々の下を歩くと、湿った木々の香りがした。
帰り道、日が暮れ始めていた。駅のプラットフォームの屋根、その奥に鉄塔がそびえ立つ。電線が交差し、大きな雲は薄だいだい色に染まっていた。隙間から青空が見えた。その空高く、三匹の黒い鳥が、ゆったりと旋回していた。そして、電車が轟音を響かせながら通り過ぎた。そのとき、僕のイヤホンから、GOING STEADYが、僕に聞いた。
「ハロー 今君に素晴らしい世界が見えますか?」
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