家族法

水原 治

家族法


     1 

 

「おいみのり、ソース取って」

 多田が言うと、彼の向かいに座った娘のみのりは、軽く面倒そうな顔をした。

 と、すぐに、

「タルタルソースがついてるのに」

 と、隣にいる妻の理子が口を挟んだ。

「俺は、鮭のフライにはソースがいいの。ほらみのり」

 仕方なさそうにみのりは椅子を立つと、キッチンの引き出しの中からブルドッグソースを取りだしてきて、ドン、と音を立てて多田の前に置いた。

「……」

「ねえ、フライどう? 美味しい?」

 理子は少し気にするように多田の顔を見たあとで、椅子に座り直したみのりにそう聞いてみた。

「うーん……

 首を傾げ、仏頂面でそう答えたみのりは、もう一度箸を取ると、黙って茄子と玉ねぎの入った味噌汁を啜った。

 理子は軽く呆れた顔をすると、またチラリと多田の顔を見た。多田は、わかった、というように、小さく二度ほど頷く。

「……おいみのり。昨日算数のテストあったんだろう。どうだった」

 ブルドッグソースをフライにたっぷりと回しかけながら、多田がそう聞いてみた。みのりは今年、小学五年生に上がったばかりだ。

 聞かれた当のみのりは、ムスッとした顔で添えられたキャベツの千切りを大盛り箸でつまんで口に入れている。

「テストぉ?」

「うん」

「だから、

「……」

 多田は呆れて、じっとそんな娘の顔を見つめた。理子が俯いて、額の生え際を爪先でぽりぽりと掻いている。

 リビングのテレビに顔を向けたみのりは、口に入れたキャベツをシャクシャクと音を立てて噛んでいた。それからグラスの麦茶を半分ほど飲む。

「ねえ」

 ふいに二人を交互に見交わすと、みのりが言った。二人はギョッとする。

「何」

「思ったんだけどさ。キャベツの千切りって、なんかって感じしない?」

「……何よそれ」

 多田の顔が、にわかに険しくなる。

「私、ああいうのがいいな」

 言ってみのりは、テレビの画面に目を向けた。多田と理子の二人の視線は、そのテレビの画面に吸い寄せられる。そこでは旅行番組のようなものが流れていて、イタリアの南部地方だか、ギリシャかどこだかの、家庭料理のようなものがクローズアップで映し出されていた。

 さる田舎町のマンマらしき人物が、魚と野菜の煮込みのようなものを身ぶり手ぶりを交えて紹介している。その料理に、日本人の女性タレントが大げさに舌つづみを打っていた。

「ほら。ああいうのって、なんかって感じ、しないじゃん」

「あのねえ、みのり」

 たまりかねた様子で、そう口を開いた理子と同じタイミングで、多田は椅子から立ち上がるとリビングのソファの上にあったリモコンをつかみ取り、そのテレビを消した。

 途端にみのりが、ジロリと多田の背中を見る。

 気詰まりなほどの静寂が、部屋全体に広がっていった。


 ……まったく。さっきからばっかりじゃないか。


 多田は苦々しく思った。

 最近の、娘の口癖なのだ。なにを聞いても一言目、二言目には、と口にする。

 近くの踏切の警報の音が、テレビを消したそのにわかな静寂のせいで、かすかにここまで響いてきていた。京王線のT駅にほど近い、各駅停車の電車しか止まらない、小さな駅が最寄りの建売住宅である。

 清水の舞台から飛び降りるようなつもりで、三十年ローンを組んで購入してから、まだ一年足らずだ。新築の家特有の、あのどこかよそよそしい感じも、わずかに残っている。

 多田が自分の椅子に戻ると、みのりの表情がさっきより、いくぶんか硬いものに変わっているのに気がついた。黙ってテレビを消されたことに対して、何か得体の知れない反応をするのではないかと、内心気が気でない。

 しかし決してそんな心中の動揺は表に出すことなく、彼は椅子に座りなおすとそのままむっつりと、石のように黙り込んで食事を続けた。

 そんな多田と、あくまで澄ました顔でいるみのりを、理子が箸でおかずをつまみながら困ったように見交わしていた。

「ねえお母さん」

「何?」

「うちってさ、だよね」

 口にものを入れようとしていた多田の手が、そこでピタリと止まった。

「どういうことよ」

「だからぁ……は、

 甘ったるいような声でそう言うと、みのりは勝ち誇ったような顔でチラリと多田を見た。それから何事もなかったかのように食事を続けた。

 多田は苦しげに何度か咳払いを繰り返すと、食事の時は他ごとをせず、ただ食事だけしろと常日頃言っているのを忘れて、尻を椅子の上で軽くいざらせ足を組んで、手元の新聞を広げた。

「……お母さん、おかわり!」

 してやったり、といった顔のみのりは、ご飯のお碗を理子に向かって元気よく突き出した。理子が新聞に隠れた多田の横顔を見ると、その表情はいやに深刻なものに変わっていた。

                    

     2           


 K市役所前の広場の噴水が青空に向かって高く高く上がり、キラキラと光を跳ね返している。

 そのさまを、同僚の廣松と並んでベンチに座り、膝の上に弁当を広げた多田はぼんやりと眺めていた。

「……ふうん。ねえ。それはでも、なかなか傑作じゃないか」

「傑作なもんか」

 ふてくされた顔で、多田が即座に答えた。

「で、それで? 結局どうなったんだ」

 廣松が、多田の話の続きを促した。そんな廣松を、彼は恨めしそうな顔で眺めている。

 彼が食事しながらした、その昨晩のみのりに関する一連の話を、廣松は時折苦笑いを浮かべながらも、終始楽しげに聞いていた。

 でもべつに、相手を楽しませるため、こんな話をしているわけじゃない。

「……だから、それで困ってるんだって」

 あたかもなにかの言い訳のようにそう言いながら、多田は自分の弁当の中身を意味もなく、箸で繰り返しつついていた。途端に廣松が変な顔をして見せる。

「困るって、いったい何を困るっていうんだ。そんなのただの子供のたわごとじゃないか」

「いや。俺は、そうじゃないと思うんだ」

 多田はひどく深刻な顔になると、そのまままた考えこみ始めた。廣松の顔が、少し困惑したものに変わる。

 昼休みの時間、二人の頭上には、梅雨の晴れ間の真っ青な空が広がっていた。ぬるくはあるが強い風が、敷地内のケヤキを揺さぶり大きな葉ずれの音をさせている。

 彼らのすぐそばには、二台の乳母車を止めた保育園の園児たちと若い保母二人が休憩していて、光できらめく噴水を歓声とともに見上げていた。

「要はその娘に、我が家はなんだ、って喝破されたとき……自分はちょっとしたを感じた、ってことなんだよ」

「……?」

 廣松は目を丸くさせて驚いた。

というのは、ちょっと穏やかじゃないな」

 穏やかじゃない、などと言いながら、彼はいまにも吹き出してしまいそうだ。多田は小さく肩を落とすと、幾度か咳払いしてから話を続けた。

「つまり俺はその一人娘から、父親としてのある種の価値評価を下された、ってことに、ならないだろうか」

「価値評価ぁ?」

 廣松は眉をひそめた。それから遠慮なく、顔を歪めて苦笑いする。

「だって、そうじゃないか」

「いや、しかしなんだかその小学生の娘さんが、多田家の環境アセスメント役のようだな?」

 廣松が言えた、とばかりに楽しげにそう呟いた。そう、それだよ、と多田も、繰り返し箸で廣松を指して同意してみせる。それからソースでひたひたになった弁当のおかずの鮭のフライを、箸でつまんで口に入れた。

「でももし俺が、そのときのお前の立場だったなら、その時点でピシャリと叱りつけてるとこだけどな」

 多田は急に黙り込んだ。ただ口の中のものを黙って咀嚼そしゃくする。

「どうも昔から、そういうことが出来ないたちでね」

「だったらなんだよ。その娘さんは、逆にどんな生活だったらじゃない、って言うんだ」

「さあ。でもそれこそ、ディズニーランドのシンデレラ城みたいな家に住めりゃ、それで満足なんじゃないのか」

 話にならん、といった様子で、廣松は手にした菓子パンを鼻息荒く齧った。

だろうが何だろうが、奥さんがそうやって毎日お弁当渡してくれるだけでも上等なもんじゃないか。え? 羨ましいよ。うちなんてーー」

「いやこれ、昨日の夕メシの残りだぞ」

「そんなことは、どうだっていいんだよ」

 廣松は、近くにいたあどけない保育園児たちに向かって目を細めた。そして「あれくらいの子は、そんなこまっしゃくれたことは微塵も考えないのになあ」などと思い深げに呟いた。そろそろ休憩を終えた園児たちは、次々と二人の保母に抱え上げられると乳母車に乗せられ、近くの保育園へと帰り支度を始めている。 

「で……それで? お前はいったい、どうしたいって言うんだよ」

「そこなんだ」

 多田がにわかに、軽く身を乗り出した。廣松がまた眉間に皺を寄せる。

「このままあの一人娘に偉そうに、そんな風に言われっぱなしじゃあ、父親として立つ背がないだろうじゃないか」

「そりゃまあな」

 廣松は、ようやく得心のいった様子で、

「その気持ちは、よくわかるよ。しかしお前の奥さんも、その娘さんのことを心配してるんだろうな」

 正直多田は、これまでにこのことを、面と向かってこのように、自分の妻に相談したことはない。

 ただなんとなく、この問題に関しては互いに認識しあっている、といった程度だ。

 それに、もしも妻に対してそうしたなら、その時点でなにか敗北感のようなものを感じてしまうのではないかと、くだらない自尊心ながら、彼はつい、気が引けてしまうのである。

 これはあくまで、一家のあるじとしての自分と娘との問題なのだ。そんな気が、強くしている。

 別に自分は、K市の公務員たるおのれや、その生活に対して引け目や負い目を感じているわけではない。

 妻たる理子は理子で、彼女なりにいろいろ気を回している様子だ。食事の内容なども、いろいろ豪華に見えるよう工夫したりして。

 多田は昔から、考えないでもいいようなことをつい、考えないでもいいときに、どこまでも深く考えてしまう。そんな癖があることを、彼女はよく知っているのだった。

「……で、この俺に相談っていうのは?」

 廣松にそう促され、多田はまた真剣な顔で彼を見た。

「奴の鼻をあかしてやるために、何か具体的ないい方法はないものか、と思ってね。考えてるんだ。もしうまい方法があれば、アドバイスをくれないかな」

 多田のその本気そのものな顔に、廣松はついまた笑い出したくもなった。が、なんとか自重する。手についた菓子パンの粉を払って落とすと、腕組みをしてしばし考え込んだ。

「そうだなあ」

 さっきまで近くにいた保育園児たちが去って行った後、彼らの周りには人気はなくなっていた。頭上のケヤキの葉が相変わらず風に揺れている。

 多田は鼻をすすって、廣松が何を言いだすかをじっと待っていた。

「まあ要するに、その娘さんの目先を、ちょいと変えてやればいいわけなんだろう」

 と、廣松はパン、と音を立てて膝を叩いた。

「そうだ」

「なんだ、なにか閃いたか」

「そういやお前んとこって、犬飼ってたか」 

「……犬?」

 唐突なその物言いに、多田は目を一瞬丸くさせた。 

「いや」

「だったら、そいつでも飼ってみたらどうだい」

「……」

 期待はずれ、とまではいかない。

 が、あまり説得されない様子で、多田は首をかしげていた。

「犬ねえ」

「ちょっと、子供騙しかな。でもさっきからお前の話を聞いてると、確かに言う通り、我々のようなしがない公僕に、ある日突然でなくなれ、ったって、それは難しいよ。悪いけど、俺には犬ぐらいしか思いつかんなあ」

 多田にはだんだんと、その廣松のアイデアが、なかなか悪くないようなものに思えてきた。何よりそれなら自分でも、なんとか初期投資もまかなえそうだ。それに元々娘のみのりは、無類の動物好きなのである。

 むしろ、今までに向こうから、そのようなことを言い出してこなかったのが、逆に不思議にも思われてくる。

 もっとも、それもな一家の極まりないあるじに対して、ただただ敬して深く遠慮をしていただけだった、そんなことなのかもしれない。

「おい多田」

 そんなふうに、さまざまに思いを凝らしていた多田に、廣松が言った。

「一つ、お前にいいことを教えてやろう」

「いいこと?」

 多田は眉をひそめた。

「ああ。お前、ゲーム理論って知ってるか」

「……ゲーム理論?」

 この同僚であり友人の廣松には、常日頃から軽い衒学げんがく趣味のようなものがあった。そういう小難しいことを言って、人を煙に巻くのを無上の喜びだと思っている、そんなフシがある。

 またいつものように厄介なことを言いだすんじゃないかと思って、多田は軽く身構えていた。

「知らないな」

「つまりね。いいか簡単に言うとだな、今お前と娘さんが家の中でやってることを、一種のゲームだと捉えてみようよ」

「ゲーム?」

「そう。となるとだな、お前たち二人が、それぞれそのゲームのプレイヤー、ってことになるよな。わかるか」

「……」

 ちょっと理解しかねる。そんな顔を多田はしていた。

「まあ……なんとなくは」

「であるなら、そのゲームをする以上、プレイヤーはそれぞれ独自のを持つはずだよな? 自分の頭を使ってさ。当然だろう」

「うん」

「そこでだ。その、それぞれの手のうちのカードを互いに自由に切ってゲームを進め、納得いく利益を上げられるような状態を、ナッシュ均衡というんだ」

 奇妙な横文字が出てきた途端、多田は渋い顔をした。俺はこれでも一応経済学部出身だからな、と廣松は、即座に胸を張る。

「これはミクロ経済学の、基本のキなんだぞ」

「まあわかったから。それで?」

「で、ここがポイントなんだ。いいかい、そのゲームが、たった一回こっきりの刹那的なものだと、そのナッシュ均衡というものが、互いに自分のことだけ考えて保身に走ることで、果たされる場合がある」

「ちょっ。ちょっと待ってくれ」

 多田は、必死にその理屈を理解しようと努めた。普段からあまり本を読むことのない彼にとっては、突然味わったことのない奇妙な香辛料でも頭から振りかけられたような、そんな思いがする。

「でもね、反対にそのゲームが無限回繰り返されるようなものだと、むしろ相手と協力しあった方が、互いに得する状態になれるんだな。それをフォーク定理、という」

「つまり、何が言いたいんだ」

 多田の声が、ついうわずっていた。廣松は、一度咳払いをしてから続けた。

「要するにさ。家族っていうのは、基本的には死ぬまでずっと続くものだろう? だったら、お互いに歩み寄りをした方が、最終的には結果は良い、ということだよ。何も、お前のとこだけじゃないぞ、家の中に問題があるのは。うちだって、いやどこだって、似たようなものさ。俺だって、自分の子供をただ叱りつけてるばかりじゃない。もしそうしたいとこっちが一方的に思った時は、俺はいつも、このフォーク定理のことを思い出すようにしてる」

 廣松は、鼻の穴を広げて得意げな顔をしていた。だが多田は何となく、煙に巻かれたような気分でしかなかった。

 さっきから箸を進めるものの、もうすっかり食欲がなくなってしまっていた。弁当の中身は、まだ半分以上残っている。

 それまで何も考えずに、その弁当を口にしていた彼だったが、そのときふと、いつもと何かが違うことに気がついた。

 普段は味気ないただの白飯が、その日は何故かおかかのりと昆布で二重になっている。

 彼は、昨晩の理子の心配そうな顔を思い出した。

「どうだ。ちょっとは参考になったか」

 廣松が菓子パンのゴミをまとめながら言った。まあとにかく、難しい屁理屈は自分にはよくわからないが、やってみるだけの価値は、あるかもしれない。

「ありがとう。ちょっと考えてみるよ」

「健闘を祈る」

 そう答えながらも、廣松は軽く心配げな顔で多田を見つめていた。

 とりあえず今日帰ったら、これから我が家で犬を飼う話を二人にしてみよう。そう多田は思い決めると、もう一口弁当のご飯を口に入れた。


     3


 いろいろ悩んだあげく、結局いつものユニクロの紺色のポロシャツに袖を通し、適当な短パンを履いた多田は、手にした腕時計をぶら下げながら寝室からリビングへと出ていった。

「みのりは?」

 エプロンをつけた理子から渡された財布を、クラッチバッグの中に入れながら多田が聞く。

 理子はさっきから、一人苦笑いをしていた。

「見てよ、ほら」

 言って、玄関に向かって顎をやった。とスニーカーを履き終えたみのりが、リビングにいる多田に向かって何度も手招きしているのが見える。

「ねえ、お父さん早く!」

 みのりはもう、いてもたってもいられないような、そんな様子で叫んでいた。

「まったく現金なものよねえ、子供って」

 理子はそう囁くように言った。

「ああ、ちょっと待てよ」

 そう声をあげ、手もあげると彼は、テーブルの上にあった鏡でこの頃めっきり白髪の増えてきた頭を整えた。四十台前半にも関わらず、生え際などはもう真っ白になっている。 

「あんなにはしゃいじゃって。よっぽどこれから、うちで犬が飼えるのが嬉しいのね」

 理子が多田と一緒に鏡を覗き込みながら、彼と目を合わせて言った。

「ねえ、ずいぶん髪が伸びたわね。ついでに散髪でもしてきたら?」

 鏡を見ながら彼は繰り返し、流した前髪を額に撫でつける。

「そうだなあ」

「ゆっくりしてきてくれていいからね。久しぶりの一人娘とのデートでしょ」

 多田は軽く言い返してやりたいのを押し殺して、ただ指先で口元を掻いた。

 みのりはとうの昔に、家から外に出てしまっていた。扉の脇の曇りガラスのその向こうに、傘立てと一緒にぼんやりとしたその姿がある。

「じゃあ、行ってくるわ」

「行ってらっしゃい。気をつけてね」

 理子に見送られながら、多田はローファーに足を通すと玄関を出た。

 扉を開けて外に出てみると、みのりはもう家の前から数メートル先の電柱のあたりにいて、彼の方を飛び跳ねながら振り返っていた。 

「遅いよお父さん」

「……ああ、すまんすまん」

 早足になって追いつくと、すぐにもみのりは機嫌を直して、後ろ手を組んで歩きながら鼻歌を歌いだした。

 ようやくになって、梅雨明けが宣言されたばかりの爽やかな初夏の陽気だ。強い日差しが額にはすに照りつけてき、ことさらに眩しい。

 えのころ草の生えた線路沿いの道を二人で歩きながら、みのりが多田の方に顔を向けた。

「ねえお父さん。どこにあるの、そのペットショップ」

 多田は行く先に目を細めながら、

「新宿だよ。西新宿。都庁の近くだ」

「オッケー」

 軽やかにそう答えると、みのりはさらに早足になって先を行こうとした。その娘の小さな背中を、多田はじっと目で追う。

「どうしたの」

 急にみのりが、立ち止まって言った。

「ん、ああいや。何でもない」

「変なの」

 すぐに前に向き直ると、みのりは正面からやって来る、杖をついた老婆にこんにちわ、と挨拶をした。

「ほらみのり。そこの角、右だぞ右」

「わかってるよそんなこと」

 京王のS駅は、多田の自宅から歩いて五分くらいの距離にある。みのりはもう一度後ろ手を組むと、周囲に目をやりながらさっきと同じ鼻歌を陽気に口ずさんだ。

 どこかで聞き覚えのある、甘ったるいJーPOPのメロディ。その左右に揺れるおさげに結った髪の、後頭部の分け目にある一本の筋を眺めながら、多田は先日、初めて理子とみのりに犬を飼う話をしたときのことを思い返していた。

 まさか廣松に仕込まれたゲーム理論のことなどは、おくびにも出さないでおいたが、理子は彼のそのいささか唐突な提案を聞くと、

「まあ、いいんじゃないの」

 とだけ答えて、反対などはしなかった。とはいえ、特別賛成もしなかったのだが。

 でもそれ以上、理子は何も言わなかった。

 妻は、昔からそういう性格なのだ。

 一方娘のみのりの方はと言えば、まさに彼の予想した通りの、手放しの喜び方をしてみせた。確かにそのとき、若干の苛立ちを感じなかった、と言えば嘘になる。

 彼の思ったとおり、極めて一般水準の、の我が家でこれから犬を飼おうなどとはなかなか言い出せずにいた、とみのりはその後、何の遠慮もなく口にしたのだ。


 ……でもまあ、とにかくこれで、うちがだ、などとは言わなくなってくれるんだから。


 彼は、そう強いて納得することにした。

「あっ、ほらお父さん早く! 電車が来ちゃう」

 みのりが慌てたように、もう一度彼の方を振り返って言った。新宿方面へと向かう車両が、ゆっくりと正面の方から近づいてくるのが見える。

「大丈夫大丈夫。そのまま真っ直ぐな」

「だからわかってるって」

 それにしても、その話し合いのときのことで、多田には一つだけ引っかかったことがあった。

 これから我が家で初めて犬を飼ってみる。それはいい。ではいったいどんな種類の犬を飼うのか、という段になったときのことだ。

 おそらく、そのときは無意識に発したのだろう、みのりのその言葉が、今も多田の心の中にずっと、とげのように残り続けていた。

 当初から多田は、小型の室内犬ならなんでもいいからと、みのりに好きに選ばせるつもりでいた。みのりは多田のノートパソコンの画面の前で嬉々としながら、テリアやミニチュア・ダックスフンド、チワワなどとさんざん迷った挙句、最後に、

「私、パグがいい」

 と言った。

 パグか。

「うん、ダメ?」

 多田はみのりと目を合わせた。

 いや、別に、自分はパグという犬種に対して、特別どうこうということはなにもない。

 なにもないのだが、しかし何となく、

「どうして、パグなんだ」

 と彼は、その理由を聞いてみた。

 すると、みのりはそのときポツリと、こんな妙なことを言ったのだ。

「なんとなく、自分に似てるから」

 ね、いいでしょ、私これに決める。そう言いながらみのりは、多田と理子の顔を見交わした。

「お前は、どう思う」

 彼は理子に向かって、そう聞いてみた。

「まあ別に、いいと思うけど? パグ、可愛いじゃない。私も好きよ」

「ならまあ、そうするか」

「本当? やったあ!」

 結局、話はそのようにまとまったのだった。しかし彼は、嬉しそうな顔で喜ぶそのみのりの顔を、終始伺うように見つめていた。

 多田とみのりの二人はS駅に着くと、それから各駅停車と準特急を巧みに乗り継いで、目的地の新宿へと向かった。

 着いてみると休日でもあって、新宿の街は人でごった返していた。二人は西口を出ると、あらかじめ問い合わせをしておいた、西新宿にある大型ペットショップにまっすぐに足を運んだ。

 正直最初のうちは、いや今の今でも、あまり気が乗っているわけではない。しかしこれで、自分はいよいよな家のな父親、という烙印を抹消されるのだと思うと、気分もだんだん浮ついてくる。

 そもそも世のな父親たちは、休日に娘とともにペットショップなどには行かないはずだ。

 その事実だけでも、自分は少々先をいっている。

「ようしみのり、行くぞっ」

「……あっ。ちょっと待って」

 多田はみのりの手を取ると、ともに早足で西新宿の電気街を抜けていった。



 そのペットショップは、都庁を仰ぎ見る一角にあった。

 自動ドアを開け、人でごった返す店内に入っていくと、近くにいた店員に声をかけた。 

「いらっしゃいませ」

「ええと先日……電話で問いあわせた者なんですが」

「ああ、多田さまですね、お待ちしておりました。犬種はパグということで」

「はい」

 とさっそく、そばにいたみのりの鼻息が荒くなり始めた。

「ねえ、お父さん」

「なんだ」

「どの子にするかは、。お父さんは、いっさい口出ししないで」

 みのりはそう、じっと正面を見据えたままの真剣な顔で言った。

「……」

「ええっと小型犬のコーナーは、こちらでございまして。確か電話では、現在パグは二匹だと申し上げましたが」

「ああ、そうでしたね」

「それが新たに、また一匹増えまして。三匹の子の中からお選び頂けます」

「はあ」

「え、ねえ、それって、ちょっとラッキーってことじゃん?」

 多田の顔を見上げ、みのりがそう声を張り上げた。周囲の客が、一斉にこちらを見る。

 確かに言われたとおり、パグのケージの向こうには、全部で三匹の子犬がいた。二匹はメス、もう一匹はオスであるらしい。

「ではごゆっくり、お選びください」

 言われたが早いか、みのりがさっそく目を輝かせながら、熱心にその品定めに入っていた。  

 正直なことを言うと、多田にとってはどの犬がどうなどというのは、これまでの人生で一度も犬を飼った経験のない以上、よくわからない。彼はかがみ込んでいるみのりの背後で腕を組むと、ただなんとなく、言われたその三匹を右から順に観察していった。

 オスの個体はさっきから、毛布の上を元気よく動き回っては、しきりに他の犬にちょっかいを出したりしていた。他方、二匹のメスのうち、一匹はどこかのんびりと眠たげな様子で体を大きく伸ばし、へその見える腹をこちらに向けて愛らしい姿で寝転がっている。

 そして残りの一匹は、その場にだらしなく、あたかも相撲取りかなにかのように座ったまま、いやにツンとすましたような、そんな表情で二人の方をじっと、逆に値踏みするような、そんな視線で眺めていた。

「……」

 多田は、何か嫌な気持ちがした。

「ああ、ちなみにそこにお座りしている子が、新しく来た子ですね」

 すぐに隣の店員が、そう付け加えた。

 その子犬は、シュッ、と鼻水と共に鼻から息を出すと、舌でそれを舐めながら、二人になんの興味も無さそうに、今度はあからさまにそっぽを向いた。

 見るとみのりの目が、なにか異様な輝きを放ちながら、その子犬を捕らえ続けていた。

「……おい、みのり。なんかこいつ、嫌な感じだぞ。こいつだけはやめておこうか」

 慌てて言った多田の隣で、店員が苦笑いしている。みのりは聞いているのかいないのか、さっきからピタリと石のように固まったまま、微動だにしない。

 まったく、これくらいの集中力で学校の勉強もしてくれればいいのにな、などと多田は思った。

「でしたらそろそろ、一匹ずつ抱かれてみてはいかがでしょうか?」

「ああ、そうですね、じゃあ」

 そう言って歩み出た多田の前に、問答無用、といった感じでみのりが立ち塞がった。

「待って。私が抱くから」

 店員から説明をうけながら、みのりはその三匹を一匹ずつ、念入りに抱かせてもらっていた。何かぶつぶつと、こちらに聞き取れないことをしきりに話しかけたりもしている。

 その尋常でなく熱の入っているみのりを、多田は半ば呆れて眺めていた。

「ねえ、お父さん」

 最後の一匹をケージに戻したみのりが、振り返って言った。

「何だ」

「……私、この子にするね」

 みのりに指差されているその子犬は、例の一番すました顔の、しごく生意気そうなメス犬だった。

「え、なに? そいつにするのか?」

「うん。私、もう決めたの」

 彼はなぜか急に、両方の掌にじっとりと汗をかいてきたのがわかった。

「いや、だからそんなこまっしゃくれたようなのより、例えば元気のいい、こっちのオスとかの方がいいんじゃないか?」

 みのりはこれ以上は梃子てこでも動かない、そんな顔をしている。

「ううん。違う。私、この子がいい」

 犬を飼う場合、女性の飼い主にはオス、男性の飼い主にはメスがいい、などというのを、多田はテレビかなにかで聞いたことがある。もしそうなら果たしてどうなのだろうと、彼はそばにいた店員に、自分の考えを補強してもらうつもりで意見を求めてみた。

「うーん、そうですねえ。ちなみに犬を飼われるのは、今回が初めてでしょうか?」

「ええ」

「でしたら、逆にあんまり元気な性格だと、扱いきれない場合があるかもしれないですねえ」

「……」

「ね? ほら、やっぱりこの子だよ。なんていうか、私この子と運命を感じるもん」

「……運命?」

 みのりはもはや、他の犬にはそれ以上目もくれないでいた。このペットショップ自体にも用はない、といった、そんな感じだ。

 覚えず多田は、これから理子にラインして相談してみようかと、スマホを取り出しかかっていた。しかしとはいえ、べつにどうしてもその子犬はやめろ、などという、そんな説得力のある根拠も理由もない。聞かれた理子も、きっと困るだろう。

 悩んだ多田はそのとき、ふと廣松のゲーム理論のことを思い出していた。


 ……お互いに歩み寄りをした方が、最終的には結果は良い、ということだよ。


「ね?」

 みのりが彼の顔を見上げ、あたかも最後通牒を叩きつけるようにそう聞いた。

「だったらまあ、そうしなさい」

「ほんとに? やったあ!!」

 他をはばからず、みのりはその場で飛び跳ねて喜んでみせた。にこやかに多田に向かって笑いかける店員に、彼は黙って苦笑いを返した。



 その日は支払いだけ済ませると、後日の引き取りの予約をして二人は店を出た。

 さっきまでのどこか緊張した様子とは打って変わって、みのりは何かを一つやり遂げたとでも言うような、そんな晴れ晴れとした顔をしていた。

 一方の多田は、どうにも複雑な気持ちでいた。

 ……しかしまあ、自分もこれでいよいよ、な父親の状態から脱することが出来るのだ。めでたいじゃないか。そう強いて思うことにするか。

 その最後の仕上げとばかりに、二人で手を繋いで新宿の街を歩きながら多田は、

「せっかくだし、帰る前にどこかで甘いものでも食べてくか?」

 と聞いてみた。

「いいよ別に」

 一瞬、否定の答えなのかそうでないのかわからずにいると、

「行ってもいいよ」

 とみのりが言い直した。

 デパートの地下みたいな綺麗な涼しいところで、メロンとかスイカとかを丸くくり抜いたものが乗ってるようなものが食べたい、などとみのりはひどく面倒なことを言った。その欲求を満たしてやるために、それから多田はルミネに行ったり京王に行ったり小田急に行ったりと、何度も地上と地下を上がったり降りたりする、そんな羽目になった。

「ねえ。楽しみだね」

 寒くなってくるほど空調の効いているその店内で、大仰なプリン・ア・ラ・モードにスプーンを突き刺しながら、みのりが言った。

「何が?」

「何がって、あの子のことに決まってるじゃん。私、もう名前も決めてるんだ」

 みのりは生クリームを口元につけたまま、添えられた真っ赤なチェリーを口に入れた。

「そうか」

 多田は自分のブラックコーヒーを飲んだ。いやに苦く感じる。

「私、ちゃんと世話して大切にするからね」

 彼の頭には、あの子犬の人を馬鹿にしたような顔が、いつまでも焼き付いて離れないでいた。

 彼は今でも、この時のことを苦々しく思い出しては後悔するのだ。


     4


 すっかり夏本番といった感のある、そんな陽気になっていた。

 週末の休日。多田は月に必ず二度は行う、愛車のブルーのプリウスの洗車を済ませてしまうと、すっかりやることがなくなってしまった。

 首を伸ばして、リビングにある時計を見る。まだ午前十時を少し回ったところだ。

 彼は額に流れてきた汗を、手のひらで拭った。これから夕飯の時間まで、まだ八時間近くある。 

 本当のことを言えば、これから家の中に引っ込んで、クーラーの効いた部屋でゆっくり新聞でも読み、そのあとはポテトチップスでも食べながら、ソファに寝転がってボケッとテレビで女子ゴルフ中継などでも見ていたかった。

 たまの休日なのだから。

「……」

 彼は洗車道具を持ったまま、しばらくその場で立ち尽くしていた。それから、やおら二階のみのりの部屋を見上げた。

 と一瞬、背筋に寒気が走った。

「ああいかん。いかんぞ」

 多田は頭を振ると、使い終えた洗車道具を持って庭の中に戻った。

 物置にバケツごと洗車道具をしまいこむと、庭のガラス戸を開け家の中に入った。すぐそばにある花の終わった紫陽花あじさいの葉の緑が、鮮やかに夏の強い光を跳ね返している。

 見ると理子が、ラジオでJーWAVEを聴きながら、キッチンで料理をしていた。

「洗車は? もう終わったの?」

 多田は理子のその問いには何も答えずに、そのまま急いで寝室に向かった。その彼の後ろ姿を、理子は軽くため息をつきながら、じっと目で追っていた。

 彼は寝室に入ると、そこでいそいそと、着ていたビートルズのロゴのTシャツを脱いで、着替えを始めた。クローゼットの中から、先日近所のホームセンターの特売セールで理子に買ってこさせた、真新しいランニングウェアを取り出して袖を通す。

 ピッタリとした、アンダーアーマーのそれに着替え終えると、彼はやおら横向きになって、クローゼットの鏡に自身の体を映し出してみた。

 そのでっぷりとしたビール腹が、これ見よがしに、その存在を主張していた。

「……」

 試しにその腹を、手のひらで叩いてみた。と、ポン、と間抜けな音を立てた。


 ……今度は、なのか。


 多田は寝室を出ると、タオルを首にかけてシャツの襟首にいれた。それからキッチンを覗き込んで、理子に声をかけた。

「おい」

 汗をかきながらパン生地のようなものを伸ばしている理子が振り向いた。

「……何?」

。な? これから。

 家中を見回すようにしながら、大声で彼はそう繰り返した。理子が口を開け、呆れた様子で眺めている。

「はいはい行ってらっしゃい。車に気をつけてね」

「……子供じゃないんだ」

 さっきから、家の中にみのりの姿が見えなかった。どうしたんだろう。トイレにでも入っているのだろうか。

 今の声かけが、みのりにちゃんと聞こえただろうかと、多田は少し不安になった。

 何かバツの悪い思いで、彼は玄関で真新しいアディダスのランニングシューズを履くと、もう一度真夏の日差しの差す自宅の外に出ていった。理子がエプロンで手を拭きながら顔を出すと、多田のそんな後ろ姿を、またため息をついて見つめていた。



 洗い終えてピカピカになったプリウスの前で、呻き声のようなものを上げながら多田がぎこちなくストレッチをしていると、その脇をパグの子犬を連れたみのりが、元気よく駆け出てきた。

 その途端、多田のストレッチは、ここぞとばかりに大げさで、真面目なものになった。

「なんだ、散歩か?」

 リズムよく屈伸をしながら、唸り声に近いような声で多田が聞いた。

「うん」

 父親のその姿を見た途端、みのりは目を輝かせた。

「お父さん、これからジョギングするの?」

 多田は立ち上がると、軽く二、三度肩を回した。

「そうだよ。見てわからないのか」

 みのりは感心するように何度か頷いた。

「ほんとよく、私の言うこと聞いてくれてるじゃん。偉いね」

 心から満足げな顔で、みのりは多田を眺めながらそう言った。 

 追随するかのように、みのりの足元で舌を出し、ハアハアと息をしていたパグのがワン! と吠え声を上げた。みのりが嬉しそうに、屈み込んでその頭を撫でる。

「よしよし」

 は白と水色のボーダー柄の、ピチピチとしたシャツを着せられていた。みのりが最近、自分の貯めた小遣いで買ったものだ。

「ねえ、お父さん」

 ふいを突かれた多田は、俄然緊張した。

「なんだ」

「三日坊主じゃ……なんの意味もないんだからね? 絶対続けなきゃダメだよ」

「……」

、頑張ればきっとカッコよくなれるんだからね。ね、そうだよね、?」

 がまた、ワン! と吠え声を上げる。 

「ほらお父さんも、返事は?」

「……はい」

「よし。じゃあ、行こっ!」

 言ってみのりは、に繋いだリードを引いて、多田に向かって軽く手を振ると元気よく散歩に出かけて行った。

 電柱のある角を曲がっていき、見えなくなるまで多田は、じっとその姿を見送っていた。その間が、何度も繰り返し、例のこまっしゃくれた顔で舌を出しながら、多田の方を振り返っている。

 多田は舌打ちした。


 ……自分のことを……逐一監視してやがる。


 やがてその姿が見えなくなると、彼は黙って肩を落とした。

 そして頭を振ると、ストレッチもそこで適当に切り上げてしまった。



 ストップウォッチのスイッチを入れると、彼は自宅の前からやる気なく、ゆるゆると走り出した。

 とても蒸し暑かったが、風がわりに強く吹いている。

 まずは家のすぐ近くを走る甲州街道に出、それから道沿いに調布方面へとゆっくり下っていくのが、今のところのなんとなくのジョギングルートだ。でもべつに、なにか理由があってそう決めたわけではない。ただなんとなくそうなった。

 だいたいジョギングルートなんていうものをどう決めたらいいかなど、自分には見当もつかない。

 目の前の歩行者信号が赤になると、彼は助かったとばかりにすぐに立ち止まった。その場で足踏みをするでもなく、首のタオルで顔をしきりに拭う。

 道路の両側に並んだ、風にざわめくケヤキ並木の向こうに、真っ白い入道雲とともに、綺麗な夏の青空が広がっていた。多田はその景色を見上げながら、いまだまったく引っ込むことのない、自分のビール腹を繰り返し撫ぜた。

 そんなことは、しかし考えてみれば当然なのだ。まだジョギングをはじめて一週間くらいのものなのだから。

 そんなに早く、効果が現れるわけもない。

 先は長い。多田はその場で深いためいきをついた。

 パグのが、晴れて多田家の一員になってから、かれこれ一ヶ月ほどが過ぎようとしていた。

 その間の、多田と理子、夫婦二人が予想した通りに、みのりのそれを可愛がる様子は、まさに「溺愛」という言葉がふさわしいものだ。

 そのことは、子犬の名前を自分のそれをひっくり返したものにしたことにも、よく現れていた。

 もっとマシな名前をつけろよ、と多田は、つい口を挟みたくもなった。が、どうせいくらいったって無駄だろうことは、ほとんど確定された事実のように、彼には思えたのだ。

 それにせっかく今回のこの「ゲーム理論」作戦が上手くいきそうなところで、へたに水をさしたくもなかったのである。

 しかし、作戦が上手くいく、などということは、実はとんでもない誤解だったことに、彼はやがて気づかされることになった。

 パグが家に来てからしばらく経ったある日、多田のでっぷりとしたそのビール腹をみのりがズバリと指摘したのは、彼がリビングのソファにだらしなく寝転がって、煎餅を齧りながらネットフリックスでハマっている韓流ドラマを観ていた、そんなときだ。

 犬を買い与えたことで、自分はもう、みのりに対してやるべきことは果たしたのだ。そんな風に思い込んでいた彼にとっては、まさに青天の霹靂、といった感じに近かった。

 多田は途端に食べていた煎餅の味がわからなくなった。そしてまた、例の悪いが始まった。

 それをはたで見、聞いていた理子は、もういちいち娘の言うそんな指摘を相手にしてはいけない、と強く言った。理子の言い分は、それはそれでもっともなことだし、多田にしてみても、まさにその通りだとしか思えない。

 思えないのだが、しかしそれでも多田の内面なかには、もう一つのあの馴染みのある感情が湧いてくるのだった。

 信号が青に変わったことに、多田はしばらく気がつかないでいた。ぼんやりと突っ立って考えごとをしていた彼を、後ろから追い越していく歩行者に押されるようにして、またゆっくりと走り出す。

 対面から来る自転車を不器用に避けながら、狭い歩道をしばらく駆け抜けていった。

「ああ……辛い」

 こんな真夏の炎天下のもと、無理してジョギングに出てきたことを、彼は少なからず後悔していた。雲間から刺す強い日差しが、走っている間容赦なく、多田の頭上から照りつけてくる。

 夏場の熱中症には厳重注意しなければいけない昨今。こんなことは、ほとんど自殺行為に近いとさえ思われた。

 着ているランニングシャツが汗でじっとりと湿って、その不快な重みを次第に増していく。体全体に広がる倦怠感が、出来るものなら肉体ごと脱ぎ捨ててやりたくなるほどに耐え難い。

 確かに、理子の言うとおり、こんなことはバカげているのかもしれなかった。天井知らず、などとはよく言ったもので、自分たちが平均程度、あるいはそれ以下の生活をしていればこそ、その頭上には、まだまだ無限の空間が広がっている、というわけだ。

 最初から、平均以上の家庭であるならいざ知らず。

 でもまあ、なんとかする、とだけ、多田は理子に答えておいた。


 ……でも、なんとかするって、どうやって?


 ほとんど歩いているのか走っているのかわからないような、そんな速度で進んでゆくうち、やがて多田の視界に警察署が見えてきた。そこには南北にN川が流れていて、彼はいつもそこを左折して、川沿いの遊歩道を行く。

 この日も彼は、そのとおりの道をたどった。

 だんだんと正午に向かって近づいていく太陽の光はその執拗さを増して、これはひょっとして本式の熱中症の症状ではないのかというような、そんな気だるさが多田を襲い始めた。

「ああ……」

 彼はついにそこで根を上げると、走るのを放棄してしまった。息を切らせつつ、即座に歩を緩めると、そのまま立ち止まって両膝に手をおき、嘔吐するような姿勢をとる。

「いかん、もうダメだ」

 フラフラと近くの木陰に入って、しばらくうずくまり、じっとしていた。十分ほどそうやって回復するのを待つと、ようやく彼は唸り声を上げ、なんとか体を起こした。

 まだわずかに吐き気のようなものを覚えるが、彼は柵のある川沿いの遊歩道を、虚ろな目で汗をぬぐいながら、ゆっくりと流していった。

 そのうち、通常ならその場でUターンをして自宅へと戻る、そんなポイントにたどり着いていた。彼はそこで足を止めた。腕時計で時間を確かめる。

 知らぬ間に、ずいぶんと時間が経っていた。

 さっきまで吹いていた強い風は、いつのまにか止んでいた。大きなミンミン蝉の、終始そこここですだく声と、生ぬるい、何かねっとりとまつわりつくような、そんな不快な大気があたり一帯を覆っている。

 このまますぐにでも家に帰ろうかと、虚ろな視線を向けたその先に、一台の車が止まっていた。その車は、深緑色のローバーの、新型RVだった。川にかかる橋の前の交差点で、信号が変わるのを待っている。

 彼が何気なくその車を眺めていると、助手席の窓がひとりでに降りていった。とそこに一人の、ちょうどみのりくらいの色の白い、黒髪の少女が乗っているのに気がついた。

 ふと思って、多田はさらにじっと目を凝らした。とその膝上に、一匹のパグ犬がちょこんと座って、こちらを見つめ返していた。

「……」

 運転席には、大ぶりのサングラスをかけた、一人の若い女性が座ってハンドルを握っていた。襟を立てた純白のシャツを着、ウェーブのかかったロングヘアーを湛えたいかにもな雰囲気を発散しているのが、その姿から伝わってくる。

 多田はしばらくじっと、その光景を眺めていた。

 交差点の信号が、やがて青に変わった。そのパグ犬はこちらを振り向いたまま、舌を出してその大きな目で多田のことを見つめ返している。

 助手席の窓がふたたび閉まっていき、続いて静かに車が動くと、多田はゆっくりとそれに合わせて走りだした。



 すぐに多田は、さっきの車を見失ってしまった。

 例の折り返しポイントから、多田はさらにその先に進んでいた。坂の多いそのあたりを、帽子で顔を扇ぎながら歩いているうち、彼は周りの風景が、ちょっとずつ変化していることに気がついていた。

 多田はふと足を止めると、その場でポン、と両手を打った。

「……ああ、なるほど。そうか、そうだな」

 言って彼は、なんとなく東京都の俯瞰した地図を頭に思い浮かべてみた。どうやら自分は、自宅のあるT市から、いつしかその隣りのS田谷区に入っていたらしい。

 その区域といえば、芸能人などの高額所得者の邸宅も並ぶ、いわゆる高級住宅街、と呼ばれるあたりだ。

 多田はあらためて、あちこちに整然と建っている、それらの巨大な家々をひとつひとつ、丁寧にけみしていった。様々な意匠を凝らした、そんな大邸宅の数々を眺めているうち、自分が全身全霊を込め、乾坤一擲けんこんいってきの気合いで三十年ローンをかけて買った家のことが、まざまざと思い出されてくる。

「……これじゃ、まるでうちはハリボテのセットだな」

 だいたいうちの近所には、あんな立派なもみの木や椰子やしの木などは生えちゃいない。近くの畑にニンジンやトマトは植っているが。

 たびたびすれ違う、道を歩いている人々からも、そこはかとない人品の良さのようなものが偲ばれてくる。うちの近所みたく、正体不明の不気味な老婆がぼんやりと辻に立ち尽くしていることもない。

 そばを走りすぎる車も、当然のように高級車ばかりである。

 そうやって物珍しく、ウロウロと歩き回っているうちに多田は、自分の現在位置が把握出来なくなっていた。

 ジョギングをするときは、彼はいつもスマホを持参してこない。誰かに近くの駅まで至る道を聞いて、そこからバスで帰ろうか、などと思っていたとき、彼はふいにその足を止めた。

 電柱の向こう、ワンブロックほど先にいったあたりに、偶然さっきのローバーが停車していた。一件の巨大な要塞のようなコンクリート打ちっ放しの邸宅の、駐車スペースの木製のシャッターが開いていて、その前でアイドリングを続けている。

「……」

 多田は歩きながらストレッチしているフリをしつつ、その車にゆっくりと近づいていった。

 見ると、例のサングラスをかけた女性が、運転席に座って電話をしていた。助手席では、さっきの少女とパグ犬が、同じように座って何か会話のようなことをしている。

 多田は一歩二歩、その場から下がると、今度はその光景の全体を、少し引いた目線で眺めてみた。

「……ああ。これだ」

 彼は、今度はそれとなく、ちょうど車の背後に位置している、その家の玄関の方まで近づいていった。

 ほんのわずか、動悸が激しくなる。

「これはきっと……じゃないんだろう」

 表札がわりに、ローマ字でMIZUOCHI、と書かれた鉄細工が入り口の門のそばにあしらわれてあり、その下には同じように、番地記号だけの住所が記されてあった。多田はその住所を、頭の中に一瞬で焼き付けるようにした。

 そしてすぐにその場を離れると、脳裏で繰り返し反芻はんすうした。

 なんとか、記憶にとどめることができたように思った。

 彼が軽く振り返ってみると、車が切り返しをして車庫に入れている途中だった。そのとき運転席の女性と目があった気がしたが、そのまま知らぬふりをして、そそくさと歩き続けると、次第に行く手に見えてきた下り坂を下って行った。

 ここに来るまでにかいて、トレーニングウェアを濡らしていた汗は、その頃にはもうすっかり乾いていた。

 歩きながら彼は、今後毎回、ジョギングのコースの折り返し地点に、この水落家を組み込むことに決めた。

 そしてそれを、彼は二年間、着実に実行したのである。


     5


「……ええっ?」

 フローリングの床の上にべったりと腰を下ろした、セーラー服姿のみのりが、困った顔で食卓に座っている多田と理子を見上げると、大声で叫んだ。

「ねえ、なにそれ。ちょっと信じらんない」

「……」

 多田はさっきから、自分の顔を隠すようにして新聞を広げていた。その頭髪は、さらに白さを増している。

「だって……しょうがないでしょ」

 仕方なしに理子が、多田の代わりに小さな声で答えた。

「あのさあ。は病気になったんだよ? なのになんで、すぐに手術させてあげないの?」

 幼かったころとは全く違う、思春期特有の金属質な、不必要にキンキンとしたその声が、多田の耳に突き刺さってくるようだった。

 彼は軽く舌打ちをして、黙ったまま新聞のページを一枚めくった。と、にわかにまた、みのりの表情が鋭いものになる。

「だって見てよ。もう死にそうじゃん!」

 理子がすぐに、

「大げさねえ」

 と、たしなめるように言った。

「フィラリアっていうのは感染しても慢性的な病気で、今すぐどうこうってもんでもないんだって、獣医さんも言ってたでしょう」

 黙り込んでいる多田に代わり、少しずつお腹の大きくなり始めた理子がまた答えた。みのりはそんな二人を、さっきから信じ難いような顔で見つめている。

 床に敷いたタオルケットの上で、舌を出して寝ていたが、嫌な咳を何度か繰り返した。

 ガタガタと音を立て、コンロにかけていた鍋の蓋が飛沫しぶきをあげて動き出した。理子は大儀そうに椅子を立って中を覗き込むと、お玉で中身をかき回した。

「……ねえ、ちょっと何? 手術すればすぐ治るのに、それをせずに放っておく家ってさあ」

 多田の新聞をめくる手が、ピタリと止まった。

「あのね。今はいろいろと大変なの。あなたもよく、わかってるはずでしょう。お父さんも決して意地悪で言ってるんじゃないんだから」

 みのりはすぐにも、ブスッとむくれた顔をした。多田は読んでいた新聞をたたむと食卓の上に放り置いて、眉間のあたりを揉む。

「でも、早期発見出来ただけでも運が良かったじゃない」

「……そういう問題じゃない!」

 両手を強く握りしめて立ち上がり、そう叫んだみのりをが足元からうつろな顔で軽く見上げた。

 のその病気がわかったのは、ちょうど今から一週間ほど前、思い出したようにを理子とみのりが健康診断に連れていったときのことだ。

 飼い始めの頃のみのりの溺愛も、この頃はすっかり落ち着いて、ついフィラリア症の予防薬を投与し忘れたのは、当のみのり本人だったのだ。

 それだから、余計に悔しさがつのるらしい。

「おい理子、早くめし」

 多田はぽりぽりと、頭のつむじあたりを指先で掻きながら言った。

「はいはい。もうすぐです」

 理子が炊飯ジャーに手を伸ばして蓋を開けると、中ではふっくらとしたエビピラフが炊けていた。つわりの時期の理子は最近、酸いもののかわりになぜかエビやカニなどの甲殻類を、やたらに食べたがる。

 理子の妊娠がわかったのは、今年の春先の頃だった。みのりを産んでから、二人目がなかなか出来なかったが、ある日人づてに腕利きの産婦人科医の紹介をされ、一年ほど不妊治療を試みた、その結果が良かった。

 いざ出来てみれば、意外にも内心多田がひそかに待望していた男の子だったのだ。

「ねえ、ちょっとお父さん。私の話聞いてる?」

 拳を握りしめたままのみのりは、多田をまっすぐに見つめていた。その仕草と険しい表情は、少し面食らうほどだ。

「ああ。聞いてるよ」

 彼は自分も立ち上がると、両手を腰にやり、足下に寝ているを見下ろした。

 多田がの病気の治療を当分さきのばすことに決めた、その第一の理由としては、先日担当の銀行員にそそのかされ、住宅ローンの借り換えをしたばかりで、毎月の返済額が上がってしまっている、ということがまずあった。

 さらに理子は、それまで続けていた医療事務のパートの仕事を、休まざるを得なくなっていた。多田は最近、課長補佐という役職に昇進はしたものの、それら全てを補って余りあるほど、給与が上がったわけでもない。

 加えて迂闊うかつなことに、彼らはペット保険に入っていなかった。ざっくりと、その治療にかかる金額を問い合わせてみたところ、動物の治療費は高い、と噂には聞いていたものの、それはちょっと驚いてしまうほどの額だったのだ。

「だからお母さんの言う通り、もうしばらく我慢してくれよ」

 つい投げやりな調子で、みのりと向かい合うと多田は苦々しげに言った。

「もう! お父さんの馬鹿! もう知らない!」

 みのりはそう叫ぶと、そのまま部屋を走り出ていった。激しい音をたてて、階段を駆け上がって行く。

「あっ、ちょっとみのり、もうご飯ーー」

 やがて部屋のドアがバタン、と激しく閉まる音が聞こえてきた。

「もう放っとけよ」

 多田は大きく息を吐いて、足下を見た。そして靴下を履いた足先で、寝ているの額を幾度もこづいた。

 理子はそんな多田を見ると、二階のみのりの部屋のあるあたりの天井を見上げ、肩を落として鍋の乗っているコンロの火を消した。



 多田はすっかり着古したトレーニングウェアに着替えると、理子のいるキッチンを覗き込んだ。

「……おい、行ってくるぞ」

 そう声をかけると、料理のレシピ本を開いて見ていた理子が、軽く振り返った。

「ああ、行ってらっしゃい。気をつけてね」

 言ったあとで、理子がじっと多田の顔を見ていた。その場で彼は、家の中のどこかにいるはずの、みのりの気配を感じ取ろうとしばらく息を凝らしていた。

「何、どうしたの」

「……ん? ああいや何でもない」

 さっきは、クレートの中でこちらに背を向けてうずくまって寝ているのを確認している。

「ねえ」

 多田が玄関に向かおうとしたとき、理子が声をかけた。

「今日こんなに暑いのに、大丈夫?」

 冷房の効いた家の中からでも、蝉のせわしい鳴き声がしきりに聞こえている。リビングの向こうの、いっぱいに夏の光の溢れる窓の外に多田は目を細めると、

「まあ、大丈夫だろ」

「あのさ。もうそろそろそんなに、頑張らなくてもいいんじゃない」

 多田は黙って口元を掻きながら、理子からそっと目を逸らした。

「きっともう、わかってるはずだと思うけどな、みのりも」

 確かに当時、あれだけ出ていたビール腹も今ではかなり改善されてはいた。晩酌もほどほどにするようにしている。

 しかし、だからといって、別に褒められたようなことでもないのだとも、多田は率直に思った。

「じゃあ、行ってくるわ」

 彼は理子に向かって、軽く手を上げた。



 大丈夫だろうとは言い条、いざランニングシューズを履き、扉を開けて外に出てみると、そのうだるような暑さに多田は若干たじろいでしまった。

 炎天下と呼ぶにふさわしい、猛烈な天気だ。彼は強い日差しの下で念入りにストレッチをしながら、二階のみのりの部屋のあたりを見上げた。

 白地に赤のハートマークのあしらわれたカーテンが、ぴたりと隙間なく閉じられている。

 先日来、みのりは彼と全く口をきかなくなっていた。家の中ですれ違っても、視線すら合わせようとしない。

 すぐにそそくさと、自分の部屋に素早く引っ込んでゆくのみだ。

「まあ、仕方ない。そういう時期なんだ」

 彼はそう独り言を呟いた。

 ストレッチを終え、その場で二、三度ジャンプすると、彼は家の前からゆっくりと走り出した。その後ろ姿を、二階の部屋からカーテンをわずかに開け、みのりがじっと見つめていることに、彼はまったく気がついていなかった。

 さすがにこれまでジョギングを続けてきただけに、足の運びもスムーズに、彼は例によって甲州街道に出ると、そのまま道沿いに下っていった。

 その後警察署のある場所を左折しN川沿いへ、というジョギングコースは、走り始めの当初からまったく変わっていない。

 ケヤキ並木の向こうの空を見上げると、もくもくとした入道雲の向こうに顔を出す陽の光は強烈だった。蒸し暑いどころの騒ぎではない。すぐにも汗が、全身から噴き出てくる。

 しかしこんなにも暑いのだから、彼は自分が、何かこれからをしでかしても全然不思議じゃないな、などと、硬いアスファルトを踏み締めながら思った。

 普段通り、自宅のあるT市から、S田谷区の地域に入る。いくら走りなれたとはいえ、急に坂道が増え出すと、途端に息も上がってくる。

 このあたりまで来ると、何らかその町の雰囲気が、自分の住む町から如実に変化するのだった。そんな印象を、毎回必ず覚えるのが不思議だ。

 この感覚を、彼は最近、このようにひとまず言語化し終えていた。

 つまりーー自分はこうして、である領域から、でない領域へと、空間を移行していっているのだな、と。

 目印の教会を右折してしばらく行くと、やがて例の要塞のような、コンクリート打ちっぱなしの水落氏の邸宅が見えてきた。

 あの日運転席でローバーを運転していた女性は、当然のごとく、水落というこの家の当主の妻だった。その若干年配らしい夫の方も、多田はこれまで何度も目にしたことがある。

 彼がいったいどんな職業についているのかは、まだわかっていない。そのかわりというか、乗っている車はコロコロ変わっていて、その遍歴は多田の頭にしっかりと焼きついている。以前のローバーからたいして日を置かずにまずはベンツのSUVになり、さらに先日、白のポルシェのカイエンになったばかりだ。

 どう考えても、自分のような下級公僕でないことは、火を見るより明らかだ。

 少し小太りな体型である水落氏は、体を動かす習慣などは、どうやらないらしい。もしかしたら、ゴルフぐらいはしているかもしれないが。

 その点は、少し勝っているかな、と思う。

 子供は三人いた。その長男は、今年高校に入学したばかり。

 その下に、あの黒髪の少女の妹と、さらに小学生の男の子がいる。

 ジョギングのたび、そんな水落家を多田は念入りに観察し、自らの家と細かく比較検討してきた。

 そのごく初期のころ、彼には一つ気がついたことがあった。

 水落氏がそうなのか、はたまた妻がそうなのか。それとも互いにそう言う嗜好なのかはわからないが、彼らは一年の行事に、ひどく敏感なようなのだ。

 例えば、二月の豆まき。そして三月には、おそらくひな祭り。そして五月になれば鯉のぼり。

 ハロウィンを経由し、さらにクリスマスになれば鮮やかなイルミネーションが家の周りに点灯された。

 庭先からバーベキューを行なっているような、賑やかな雰囲気と香りが漂ってくることもたびたびだ。

 多田は本来、その手の年中行事には全く熱心な方ではなかった。生まれ育った実家がそういう家だった、というのも、その理由としてあるかもしれない。

 理子がクリスマスにケーキを作る、彼が、そっとプレゼントをみのりの枕元に置く。そのくらいのことしかしてこなかったのだ。

 だから、唐突に彼が、その逐一を自分の家でとき、理子は驚いたものだった。

 一方みのりは、彼のその変化を大いに歓迎した。そして自分からも率先して飾り付けなどを手伝ったりするようにもなったのである。

 しかし、そのころからだ。理子があからさまに、多田に向かってあれこれ心配を始めたのは。

 ようやく水落家の付近までやってくると、多田はいつもするように、その場で足踏みをしながらぼんやりその周辺を眺めた。

 いつもと変わりない、水落宅だった。当たり前だ。あんなにも頑丈そうな家が、始終変化していたらたまらない。

 もし仮に東京を、壊滅的な規模の巨大地震が襲っても、おそらくこの家ならビクともしないだろう。

 自分たちだけ助かれば、それでいいのかもしれない。

 炎天下のもとステップを続けていると、玄関の木製の扉が静かに開き始めた。見ると例のパグ犬が、家の中から一匹でひょこひょこと歩き出してくるのが目に入った。

 犬には首輪だけついていて、リードはついていなかった。半開きになっている門を体で押すようにして、今にも外に出ようとしている。

「……」

 多田は足を止めた。汗の滲む目を手で拭いて見ると、家の中にわずかに人の気配があるのが伝わってきた。

 それにしても以前から、その気があるようには思っていたが、この飼われているパグ犬は、これまでの年月で、すっかり目も当てられないほどに、ぶくぶくに太っていた。

 歩いている姿もなんと言うか、何かの白い塊が、右、左、とテンポよく傾いているようにしか見えない。パグ犬特有の、顔のシワというシワが深く内部に向かって刻み込まれ、表情自体が陥没してしまっている。

 普段から犬用の服を着せられているが、この日は黄色のピチピチとしたシャツを身にまとっていた。よく見ると、そのシャツには大きなキスマークの絵柄がプリントされてあり、そこには赤字でSummer! と書かれてある。

 そのパグ犬はさっきから、家の前を不用意にうろうろと歩き回っていた。その中では、まだ例の気配が続いている。

 犬の名前は、ペッシュと言った。ペッシュ、ペッシュ、と妻や家族が犬に向かって言っているのを、多田は以前偶然に端から聞いたことがあったのだ。

 気取った名前だな、などと鼻につきながらも、彼にはその意味がよくわからないでいた。

 あるとき職場で、廣松にそのことを尋ねてみた。と、多分フランス語じゃないかな、と言うことだった。

 俺は第二外国語、フランス語だったからな。

 調べてみるとドンピシャで、フランス語で「桃」と言う意味らしかった。確かにそのまん丸のボールのような体躯は、一個の桃のように見えなくもない。

 多田がそのうちステップするのをやめ、その場に仁王立ちになったままでいると、ふとそのペッシュと目があった。と、何か不穏なものを感じたのか、すぐにペッシュの方から目をそらした。

「……」

 多田はゆっくりと、その場でボクサーのようにまた軽快な足踏みを開始した。ペッシュは舌で鼻先を舐めながら、彼から目をそらしたままでいる。

 と、ペッシュはひょこひょこと左右に体を動かしながら、さらに家の外に出ようとした。

「……ペッシュ!」

 そのとき、家の中から声が聞こえた。多田は心臓が止まるような思いがした。やがて扉の向こうから、水落氏の妻が姿を見せた。

 妻と目があった。多田に気が付く。

「あ、どうもすみませんーー」

 妻はすぐにもペッシュを抱き上げると、多田に頭を下げた。

「こうら。ダメでしょペッシュ。勝手におうちを出たら……」

 妻は苦笑いした後で多田を見た。彼もつられて笑い顔を返す。

 しばらく、二人は無言で見つめ合った。

「……今日も、ジョギングですか?」

 妻が笑顔で、愛想よくそう話しかけた。

「ええ」

「こんなに暑いのに、いつも精が出ますね」

 これまでに多田は、うっすらとだがこの妻と面識を得ていた。しかし面と向かって言葉を交わしたのは、これが初めてだ。

「ああ、いえ」

 多田が恐縮してみせると、妻はもう一度軽く会釈を返した。そして、じゃ、と一声かけると、ペッシュを小脇に抱きかかえたまま、家の中に入っていった。

 その間、妻の腕の中のペッシュが、舌を出して鼻を舐めながら、多田の方を不安げに振り返っていた。

「……」

 家の扉が閉まるまで、多田はその場で彼らを見送った。

 

     6


 夕食を終え、多田が湯呑みでお茶を飲みながら新聞を広げていると、理子が、

「ねえ少し、話があるんだけど」

 と言った。

 多田は軽くぎょっとした。

 今の季節、特に年中行事は予定はしていなかった。来たるお盆に、家族で川崎の実家のお墓参りに行くくらいのものだ。

 みのりはさっさと食事を済ませると、とうの昔に自分の部屋に引き取っていた。耳をすますと、かすかに天井の向こうのみのりの部屋のあたりから、何か音楽のようなものが聞こえてくる。

 よく聞くと、それはどうやらビートルズの「ペニーレイン」のようだった。その曲が終わり、すぐ次に「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」が始まった。

 ということは、どうやら聴いているのは「マジカルミステリーツアー」ではなく「青盤」の方らしい。

 自分は自他共に認める、ちょっと気狂いじみたようなビートルズファンだが、別にこちらかから聴くように勧めたわけでもないのに、不思議なものだな、と多田は思った。

 読んでいた新聞を畳んで置くと、多田の前の椅子に理子は自分の湯飲みを持って来、腰を下ろした。

 大きくなってきたお腹を大義そうに、彼に向ける。

「何だよ、話って」

 自分のお茶を啜りながら、多田が聞いた。理子は何も答えずに、まずは自分も一口、お茶に口をつける。

 それから、しばらくの間、目を伏せて黙っていた。

 みのりの部屋からは、ビートルズの曲が流れ続けている。

 理子がこのように、彼に向かって妙に改まった態度を取る時は、たいていその後悪いニュースか良いニュースか、そのどちらかが告げられるのが常のことだった。

 多田は、ちょっといぶかしく思った。

「なんだよ。またあいつの、が始まったか」

 この会話は、多田家におけるだけの符牒のようなものだな、と多田は思った。理子は顔を上げると、しばらくじっと多田の顔を見つめてから口を開いた。

「あのね。やっぱりの手術、してあげない?」

「えっ」

 途端に多田は拍子抜けした。指先で頭のつむじのあたりをポリポリと掻く。

 と、すぐにも別の頭が回り出した。彼はじっと、目の前の理子を見つめ返した。

 以前に二人でそのことについて相談をした時は、それでよし、と結論を下したはずなのだ。

 理子は性格的にも、そう簡単に意見を覆したりはしないはずだ。

 多田は妙に思った。

「でも、どうしたんだよ急に」

 そのとき、みのりの部屋の音楽のボリュームが少し上がった気がした。多田は一瞬天井に向かって目を向けた。

「だいたい、いったいどこにあるんだよ、そんな金」

 いきおいそう正すと、理子は両手で湯飲みを包み込んだまま言った。

「私のへそくりで、なんとかするつもり」

「へそくり?」

 そんなものの存在を、彼はつゆとも知らなかった。口を開けて呆れ、椅子の背もたれにもたれると、顔を両手でゴシゴシとこする。

「でも、そのことは黙っておくからさ。お父さんが、って、言っておくから」

 ……そういうことかと、多田は思った。

 彼は座ったまま体を伸ばし、もう一度天井の上のみのりの部屋のあたりを見上げた。まさか娘に、この会話が聞こえているわけがない。しかし、まるで何か巨大な腫れ物がこの家の中にドクドクと脈を打ちながら存在しているような、そんな気がしてならなかった。

 そんな多田の前で、理子がいやに真剣な顔で、うつむいたままでいた。

「なんだよ、どうした。まだ何かあるのか?」

 理子は軽く鼻をすすってから言った。

「実は少し前からね……ちょっと気になることがあるのよ」

「気になること?」

 理子は少し言いよどんでから、決心したように口を開いた。

「みのりが最近、首筋のあたりがしきりに痛いって言うの」

「首筋?」

「そう。首から……背骨のあたりにかけて? で、もしかしたら白血病の兆候じゃないかと思って」

「……はっ? はっ」

 彼は絶句したまま、理子を見つめていた。理子は慌てて、両手を彼に向かって振る。

「もちろん、まだわからないわよ。でも怖いから、今度病院に連れて行こうかと思って」

「……」

 それから理子は、の手術のことに関しても、半分はそのげん担ぎでもあるのだ、とあらためて説明した。

 みのりの部屋から聞こえてくるビートルズの曲は、いつしか「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」に変わっていた。

 多田はそれ以上、何も答えることが出来なかった。



 翌朝多田は、みのりが洗面所に入ったのを見計らうと、自分も中に入った。セーラー服姿のみのりは、すでにそこで歯を磨いていた。

 多田も自分の歯ブラシを手に取る。

 歯磨き粉が見当たらずに探していると、不機嫌そうな顔をしたみのりが正面を見ながら、黙って後ろ手で彼に手渡した。

「……ああ。サンキュ」

 毛の広がってしまった歯ブラシの上に、不必要なほどたっぷり歯磨き粉を練ると、多田はみのりの背後で歯を磨きながらその首筋のあたりをじっと眺めた。

 着ているセーラー服の襟から、うっすらと産毛の生えた白い肌がのぞいていて、そこに背骨が浮き出ている。

 多田は、一瞬息を飲んだ。

「……今日も走るの?」

 歯磨き粉の泡と、半開きの口のあいだから突然聞こえたみのりのその言葉に、多田は一瞬反応できなかった。

「えっ? 何?」

「だから、今日も走るのか、って聞いてるの」

 この日、多田は有休消化で仕事は休みだった。

「ああ、今日か。さあ、どうしようかな」

 ペッ、とみのりは口の中のものを吐き出すと、水の入ったコップを取ってガラガラと口をゆすいだ。そのせいで、みのりの頭のつむじが多田の口もとのあたりにくる。

「あのさ。別に、もういいよ。いろいろ無理しないでも」

 多田の歯ブラシを動かす手が止まった。

「全部わかってるんだから」

 みのりは多田と目を合わせずそう言うと、首にかけていたタオルでゆすいだ口を拭った。

 多田が再び歯ブラシを動かし始めると、その場から逃げるようにみのりはキッチンに向かった。朝食の準備をしている理子に何か話かけていくと、その姿はすぐに見えなくなった。

 彼は、いつしか口元から流れ出ていた唾液と混ざった歯磨き粉の汁をシンクに吐き出すと、その口元を手で拭った。



「……ああ、畜生」

 N川沿いを、いつもよりも数倍早いペースで駆け抜けながら多田は呟いた。

 曇り空の、ひどく蒸し暑い天気だった。頭のてっぺんからランニングシューズのつま先まで、すぐに汗まみれになる。

「畜生、畜生、畜生、畜生、畜生ーー」

 リズムに合わせて、まるで親の仇でも取るように、彼はアスファルトを踏みつけながらそう口に出した。

「畜生ーー」

 やがていつも通り、彼はT市からS田谷区に移る道に入った。S字状になった急な上り坂を上がって、まっすぐに水落宅に向かう。

 やがて家の手前あたりまで来ると、彼はその場で足を動かしながら、あらためて水落家全体を眺めた。

 それから彼は、家の周囲をあっちに行き、こっちへ行きした。自分でも、何をやっているのかよくわからない。

 そのとき家の駐車スペースの、茶色い木製の自動シャッターがゆっくりと上がり始めた。多田が動きを止めて注目していると、開ききらないそばからその下をくぐるようにして、何か光り輝くようなものが出てきた。

 目を細めて見ると、それは白いワンピースを着た、水落家の長女だった。

 他の兄弟の姿は見えなかった。と言うより、もしも彼女がみのりと同じ年頃ならば、今頃は学校に行っていなければならない時間ではないのか。

 多田が不審に思っていると、そこへノースリーブの花柄のワンピースを着た妻が日傘を差して、いつものように大きなサングラスをかけて出てきた。

 そのとき、電柱の脇から唐突に姿を現した多田と目が合った。一瞬彼女はぎょっとして、それから不審げに顔をしかめた。

 続けて、その娘も多田を見た。

 向こうから、二人で軽く会釈をしてきた。多田も返す。

「……お出かけですか?」

 多田が唐突にそう聞いた。

 娘が不安そうな顔で、母親を見上げていた。

「えっ? ええ」

「どちらに?」

 不躾なその質問に、妻はサングラスの向こうで眉根を寄せた。

「ええっと、これから少し病院に」

「……病院?」

 彼は意外に思った。娘が後ろ手を組んだまま、依然不安げに、上目遣いでじっと多田の方を見つめている。

 その抜けるように白い肌に、見ていて残酷なほどに強い夏の日差しが照りつけていた。艶やかな長い黒髪に、綺麗な天使の輪が出来てまぶしく光り輝いている。

 多田は、今にも自身の娘のことを、口走ってしまいそうだった。

「あっ、あの」

 さすがに何の診察に行くのかまでは聞けないでいると、妻の足元に、いつしかペッシュが姿を現していた。そして彼に向かって繰り返し吠え始めた。

「……気をつけて、行ってらしてください」

 多田は、彼らとじっと目を合わせたまま、笑顔を作って言った。

 二人がそそくさと多田の前から去っていくまで、彼はずっとその姿を目で追っていた。顔からの汗が、ポタリポタリとアスファルトの上に落ちては小さなシミを作った。


     7


 家の前に出したプリウスを洗い終えると、多田は今度はワックスがけに取り掛かった。

 念入りに円を描いて、ワックスを塗りつける。この要領の良さと美しさには、我ながら自信がある。

 庭の向こうのリビングのラジオから、JーWAVEのDJの軽快なおしゃべりが聞こえていた。

 と玄関から出てきた、を連れたみのりが通りすぎていった。多田はワックスがけの手を止めた。

「散歩か」

 聞くとみのりは振り返った。

「うん」

 先日受けた、のフィラリアの手術は無事にいった。すっかり元気になったが舌を出して、ハアハアと息をしながら多田を見上げている。

 みのりの行ってきます、と言う声が、黙ってワックスがけに戻った多田の背後から聞こえてきた。

 しばらくして、多田はもう一度顔を上げると、後ろを振り返ったと目が合った。そのうち角を曲がって行くと、その姿は見えなくなった。

 ワックスがけも終え、鮮やかに日の光に照り映えるブルーのプリウスを駐車スペースに入れると、多田は洗車道具を持ったまま家の中を覗いた。

「あれ」

 何か、嗅ぎ慣れないような匂いが、キッチンの方から終始漂ってきている。多田は鼻をクンクンと効かせた。

「おい」

 多田が言うと、キッチンに向かっていた腹の大きな理子が振り向いた。

「何?」

「なんだよこの匂い」

 見るとコンロの上で、蒸し器がうっすらとした蒸気を上げている。

「ああ、今お赤飯炊いてるのよ」

「赤飯?」

「みのり、初潮がきたみたいなの」

「……」

 多田は黙って口を開けたまま、足元の芝生の上に洗車道具を置いた。



 リビングにあるガラス製の時計の針が、三時を指して鳴った。

 多田はリビングのソファに座って新聞を読んでいる。

 理子とみのりは、食卓の椅子に向かい合って座り、葡萄を食べながらお茶を飲んでいた。はその足元のキッチンの床に寝そべっている。

「ふうん」

 理子が口の中から葡萄の種を取り出しながら言った。

「……で、何。学校でお弁当の品評会したの。友達と?」

「そうなの」

 みのりは笑って、舌の上から葡萄の実の皮を指で取りながら、強調するように答えた。

「だって、普通席替えしたら、自然にそういうことになるじゃん?」

 多田は、新聞のページを一枚めくる。

「でもそんなの嫌よ、作ってる方は」

 さっきからみのりは、しきりに自分の首のあたりを繰り返し、気にするように手でさすっていた。それを決してやめようとしない。

 その様子を、理子は心配そうに眺めていた。

「で、みのりんとこのお弁当はだね、って、そのとき言われたのね」

「なによそれ」

 ピタリ、と多田の動きが止まった。

「ていうか何でも全部、みのりんちはだよねって。それから一日中言われっぱなし」

「……」

 そのとき突然、多田は新聞を折りたたむとソファに叩きつけるように置いて立ち上がった。

 途端にギョッとした理子とみのりが、彼の方に振り返る。

「……おい。いいか、よく聞けよ」

 みのりが打たれたようにじっと、そう叫んだ多田を見つめていた。

「……何でもが一番なんだぞ! の、いったいどこが悪いっていうんだ? ええ?」 

「……」

 多田はそのままリビングを出ていった。理子とみのりは目を丸くして、身動きを止めたまま、互いに顔を見合わせている。

 が立ち上がって、出て行った多田に向かって繰り返し吠え声を上げた。

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家族法 水原 治 @osamumizuhara

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