病室で目覚めて

@hihihi012345

耳鳴り

 ふと目を覚ますと、真っ白だった。見知らぬ天井だった。突然のまばゆい白色の光に目の奥がずきりと傷み、思わず目を細める。


 僅かに開けられた窓から入り込む温かな風が頬をそっと撫でて、まるで生気が吹き込まれていくような心地に意識が鮮明になっていく。すずめが窓の向こうをさえずりながら躍るようにして横切っていった。


 徐ろに瞼を開けきょろきょろ首を右や左に回すと、どうやらここは病室のようだ。目の奥が痛んだのは、病室の嫌に白い壁や天井のせいだった。その中にもう一つ、ふわりと優しい風の吹き抜けていく先を向くと一際目立った白い存在があった。ぎょっとして表情を強張らせた若い看護師と目が合った。


「く、草間さん!」


彼女は悲鳴のような驚いた声でそう叫ぶ。彼女の声が頭の中にこだまして、彼女から目が離せなかった。


 純白のナース服であたふたと狼狽える姿は、救世の天使のような格好とは裏腹に、彼女がただ一人の人間であることを表していた。その見た目と振る舞いとの食い違いがどうにも可笑しくて、胸の内でくすりと笑う。


 彼女は僕の目を、というよりかは僕の存在の全体を捉えながら駆け寄ってくる。ちらちらと僕に目をやりながら、僕の頭上にあったナースコールで何言か交信すると、「大丈夫ですか」とか「すぐ先生が来ます」とか、慰める為の言葉をしきりに掛けてきた。鬼気迫る表情の彼女、その瑞々しくほとびた唇の動きに僕はただぼうっと見惚れているだけだった。


 彼女は僕の様相を看ながら、時折病室の入口を振り返り、やってくるであろう医者の幻を見る。その滑稽な仕草を眺め、ふと思った。僕は一体なぜこんな場所にいるのだろうか?


 ここが病院であることはすぐに理解した。窓の向こうに吹く生ぬるい風から、今が寒い季節でないこともわかる。彼女は僕に「クサマさん」と人の名前を投げかけた。その「クサマ」が何なのかは、考えても、思い出そうとしても、脳の最奥に呼び起こされる閃きはない。


 そろそろじっとしていることにも飽きてきて、僕は起き上がろうという衝動に駆られた。


「無理しないで下さい!」


怒りの交じった語気で止められる。しかし素直にその制止を聞き入れるわけもなく、無理にでも身体を起こすと、目一杯に力を込めた腕や上半身がそれを拒絶するように僕の身体を起こさない。鋭い耳鳴りが走る。


 意識が瞬く間に白み、僕はベッドに倒れ込んだ。遠くなった世界の中で、耳の奥を引っ掻くような女性の高い声と、それを宥める男性の低い声だけが意識に届いてくる。扉の開けられる音には全く気が付かなかったようだった。


 これは夢なのか、うつつなのか、靄が掛かった湖面を揺蕩たゆたう感覚に、抗うことなくゆっくりと瞼を閉じる。耳鳴りがくぐもる。低い声と高い声の残響が無数の水紋を作って、その水紋が広がっていく様子をぼうっと眺めるうちに、僕は浅い眠りについた。湖底に沈み込んでいく感覚は、今度はなかった。

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