陸に女の子の服を着せた

羽後野たけのこ

陸とワンピース

第1話

「じゃあ、陸のこと。よろしくね」

 そう言って厚化粧の女がドアを閉める。何の事はない。弟に体よく息子を押し付けて姉の自分は週末に羽を伸ばしに行くだけの話だ。

「……」

 陸と呼ばれた少年──俺の甥は、たたきの上で運動靴を脱ぎ散らかして無言のまま俺の部屋に上がった。

 躾も何もあったもんじゃないが陸の叔父さんとして余り厳しく言えないのは俺に働いてない負い目がある所為だろうか? 現に先刻姉から渡された数枚の報酬は俺の乏しい懐を温めるには充分だった。

 病気で早くに退職した俺に現況に逆らう力は残されていない。ただ他人のお情けに縋って口に糊するしかない浅ましい身分だ。

 陸が散らかした汚い男児用スニーカーを揃え終えて俺は陸を追って玄関から部屋の奥へと戻った。

 典型的なワンルームの部屋には半裸の女のフィギュアや掛軸が所狭しと並べられている。今年で小学5年生になる陸の情操教育には明らかに不適当なのだが陸は俺の部屋に通い始めた当初から特に気にする素振りなく過ごしている。最近の小学生男子はスマホ世代で見慣れているせいか? それとも姉の家でこれ以上の何かを目撃してしまったか。

 陸は俺のゲーム機を自分で起動してイカのゲームをしている。俺はあまり遊ばないので獲得したトロフィーは全て陸の功績と言って良いだろう。

『えらいぞ、陸』

 そう言って陸に頭のひと撫ででもしてやる立ち場に俺はいるのだろうが未だかつてしてやった例がない。恋愛も結婚も望めず独身のまま老いる定めの叔父さんに未来ある甥を褒めて育てる資格はあるのか? などと自問して現況から逃げたがる己もやはり情けない。

 陸は地べたに座り俺の汚いベッドに体重を預けてぼんやりとテレビ画面を見ながら時折長めの足をバタバタと動かした。陸はいつもと同じTシャツとハーフパンツ姿だ。姉の話では陸はサッカーが好きらしく学校では友達といつもボールを追っているのだとか。今は死んだ目で架空のイカを殺している陸も小学校ではキラキラと大きな黒目を輝かせてスポーツに興じているのだろう。ボール遊びに夢中な男の子に女の子は弱いから陸もおそらくいや確実にモテているだろうな。

 実際陸の見た目は女の子と言っても遜色ない程可憐である。艶のある黒髪に血色の良い唇。まつ毛は長いし二重まぶたはパチクリと可愛らしい。目が大きく魅力的なのは陸の父親──姉の別れた夫の血筋だろうか。顔は小さくあごが細い。日焼けして引き締まった体はサッカーの賜物だろう。背はまだ小さいがこれからグングン伸びて行くに違いない。

 などと独身で三十路の叔父が小学5年の甥の品定めに夢中になってしまうほど陸は魅力ある男の子だと思うが同時に生い立ちは幸福とは言い難く現にたのしいはずの子供時代の週末をこんな性欲に塗れたエロゲ部屋で送らねばならない不遇にここを設えた張本人たる俺ですら泣けてくる。敵のイカを殺してほくそ笑む陸のすぐ隣ではあられもない姿の女が印刷された長い枕がくたびれている。陸のためにも部屋を多少片付けて居心地良くしてやりたいがここまで部屋を侵食していると初めの一歩が多少の労力で済みそうにない。

「陸。おなか空かないか?」

「うるせえよ、変態」

 陸のコントローラー裁きが瞬間乱暴になる。俺は陸用に買っていた菓子パンとジュースを台所から取って来て陸の目の前の床に置いた。陸はマッチングの間にそれを摘んで器用にパク付いている。なんだよ。やっぱ腹減ってんじゃないか。

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