第6話 特務課のお仕事
「分かった! すぐに向か――う……っ!」
「どうしたんですか!?
「車を……車検に出したままだった……」
何というバッドタイミングだ。社用車も、特務課が使えるのは
「……私、車出せます!」
声を上げたのは、電話を取った
「頼んだ!」
*
出発から十五分ほどで現場に到着する。クレーマーの標的にならないよう、
すぐそばに
クレーマーは四、五十歳ぐらいの中年男性。顔色が読めない。
「お待たせして申し訳ございません。責任者の
「……あんたが上司? ちょっと言ってやんなよ、この人さぁ――」
延々と続く
(
よほど言い返してやりたかったが、じっと我慢する。
一通り言い終えると、今度は発端となったクレームに話が及んだ。我が社が出店したアンテナショップで、会計の順番を抜かされたことにご立腹だそうだ。
無論、店員らはその場で不手際を謝罪したが、なお怒りが収まらないらしい。本社の人間を呼び付け、頭を下げさせたという事実が必要なのだろう。
ならば、その希望に応えてやるまでだ。
「この度は誠に申し訳ございませんでした」
僕は
その対応が、間違っていたとでもいうのか。
「おう。で、オレが何でこんな怒ってるか分かってる?」
男の表情は納得からは程遠かった。
「……この度は現場および本社の不手際により、お客様には多大なご迷惑を――」
「そういうことじゃねえんだよなーぁ!」
社用車のボディに男が蹴りを入れる。僕は見かねて身を乗り出そうとするが、
「お客様、
「ほらぁ! そうやって自分らの都合優先させるとこが――!!」
男は増す増す声を荒げ、振り上げた拳を叩き付けるのだった――
――僕の前に立ち
「……っ……これで、気が済みましたか……?」
「す……寸止めのつもりだったのによぉ! お前が前に出て来るから、当たっちまったんじゃねえか!」
引くに引けなくなった男は、なおも
「もういいわ! 客の気持ちも分かんねえ奴なんか仕事辞めちまえ! お前らみてえな
男は捨て台詞を残し、自宅に引き返して行った。ドアの閉まる大きな音が響き渡ると、辺りは元の静けさを取り戻していた。
僕は即座に
「だ、大丈夫か?
握り返された大きな手のひらが、とても温かい。僕を見下ろす瞳は、どうか安心してください、と語りかけているかのようだ。
「平気っす。つか、俺よりも
「ど、どうしたんだ!? もしかして怖がらせてしまったか!?」
「い、いえ……お二人の姿があまりにも尊くて……じゃなっ、勇敢だったので、感動してしまいまして……」
「そう……なのか……?」
「私は先に会社へ報告しに戻りますので、お二人はどうぞごゆっくり……」
*
二人きりの車内はどこか
来てくれたことへの感謝を述べる
信号待ちの間、不意に
「『代わりなんかいくらでもいる』かぁ……」
「あんな男の言うことを真に受けたのか?」
らしくないな――そんな言葉を継いでしまいそうになる。
「俺はまぁその通りなんすけど、
今回の一件だけじゃない、特務課は社内でも軽んじられている雰囲気があるのを、
あるいはかつての僕自身も、無意識に卑下していた部分でもある。
「誰でもできる仕事というのは、誰もやりたがらない仕事だ。そして、世の中に必要な仕事でもある。そんな大事な役目を任されていることを、僕たちは誇っていいと思うよ。勿論、君もな」
中学生だったあの日、先生は僕に言ってくれた。
――
「ありがとう……ございます」
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