職業:会社員から使い魔へ新たな人生は魔法と共に
@yuu1993
第1話
月が夜を照らし誰もが浮かれる金曜日の夜、本日の業務が終了し帰宅しようと帰り支度をしている最中に上司から飯でもどうかと誘われる。
独り身で帰宅後にすることもなしはいと二つ返事で返答し、上司と二人で町へと向かいいつもの居酒屋へ行きアルコールと共に出てきたお通しを胃に落とす。
料理を頼みつつ仕事の愚痴や将来への不安を肴にグラスを傾け酒で流し込む。
時間も遅くなりここでお開きとなり、家庭を持つ上司と独り身の自分また長い付き合いということもありここのお支払いは折半でと相成り多少軽くなった財布を抱えて帰りの道へと足を向ける。
明日は休みということまたアルコールが入っているということもあり多少浮かれた足取りで歩く、会社は町中にあるが家は町中から外れた場所にあるため家に近づくにつれ街灯が少ない場所も歩く必要がある。
街灯が少ない暗い道というのは、ほぼ毎日通るとはいえやや不安があるのには間違えないと思いつつ歩みを進めていると何かが崩れ落ちた音が聞こえて気がした。
「なんだ?今の音は近くじゃないみたいだけど。」
歩みを止め音のした方を見るが、そこには多数の家屋が立ち並ぶのみ。
「気のせいか?まあいいか。」
音は気のせいと考え歩みを進めようとすると再び何かが恐らく石か何かを壊したかのような音が聞こえる。
「さっきよりも近いか?それにしてもなんだこの音?」
連続してしかも段々とだが確実に音が近づいてきているのを感じる。
「なんなんだよ。厄介ごとは勘弁してくれよ。」
帰り道への歩みを早めて進むとT字路に着く、右に進むと家への道、左へ進むと音のする方へ近づく道、いつもであれば迷いなく帰宅する道へと足を向けるがなぜか音が気になってしまう。
「どうっすかなぁ。面倒は嫌なんだが。」
なぜか、音がなる方が無性に気になる。
「あーもう。考えても仕方がない行くか。」
音の方へと足を向け歩みを進める。
音の出所に近くなるにつれ何かを壊すだけではなく人の声のようなものが聞こえる。
つまり音の出所には人がいるということかと考える。
しかし、この辺りは町から外れているとはいえ住宅が立ち並ぶ場所であるにもかかわらず誰一人としてこの音については何も思うところがないというのもおかしな話ではないか。
「周りの家には明かりがついているのに誰も何も言わないのか?」
まさか、家に明かりがついているのに住人がいないという訳もあるまい。
この状況にわずかばかり不安を覚え、ポケットからスマホを取り出しこの付近で事件でもあり避難するような状況にでもなったかとネットの海をさまよってみるがそのような事件もなく何事もないことが分かった。
となるとますますこの音の出所では一体何が起こった物なのかと疑問に思う。
「この先は公園か」
音の出所は公園から聞こえてきていたようだ。
ポケットにスマホをしまい公園の前まで歩みを進める。
公園の中を伺ってみるとそこには暗闇が広がっていた。
「は?」
この公園は少ないながらも街灯があったはずだ。
ましてや公園を覆っている塀はそこまで高い物ではなく平均的な大人の身長であれば塀の向こう側には立ち並ぶ住宅が見えていてはずだった。
しかし、本来見えているはずの物はなくそこにはただ暗闇が広がっていた。
「どうなってんだこれ」
公園の中に向けて一歩踏み出そうとしたがまるで足が動かずただ目の前の暗闇を見つめることしかできない。
ただ暗闇を見つめることしかできないでいると暗闇の向こうから人の声のようなものが聞こえる。
聞こえてきた声はくぐもっていたが恐らく女性の声であるだろうと思える声だった。
声に反応したかのように連続してドンドンと地面をたたくような音が聞こえる。
まるで意味は分からないが、この暗闇の先には人がいるのは間違いなく地面を叩くナニカと一緒にいるということは分かった。
「とりあえず警察に連絡すっか」
スマホを取り出し警察に連絡をしようとするが電話がつながらず電波を確認すると圏外になっていた。
「圏外ってそんなわけあるかよ。ここ郊外とはいえ住宅街だぞ。」
電話がつながらないため自分にできることは無いに等しい。
「中に入るか帰るかか。」
いまだ暗闇の中から聞こえてくる音を聞きつつ目の前の暗闇を見つめ考える。
なぜ自分はこの音が気になるのかは分からないが、理性では間違えなく帰るべきだとわかってはいるのだが目の前の暗闇の先に行けと頭の中おそらくは本能ともいえる部分から声がする。
わずかに考えて公園の中に行くことを決意し、ヨシと一つ声を漏らし公園の中に足を進める。
緊張からかわずかに唾を飲み込みながら幕の様に広がる暗闇の先に踏み込んでいく。
暗闇を越えた先には光があった、それは月明りのような僅かな光ではなく世界を照らすかのような強く赤い光であった。
「なんだよこれ?」
光を感知した後に目にしたのは、赤く燃えるような世界だった。
地面は掘り返したかのように大きく抉れ、公園の中にある滑り台等の遊具は軒並み上から無理矢理潰したかのように大きく潰れ、周りを取り囲む石の塀は所々破壊されている。
空には紅い月が世界を覘くかのように煌々と輝いていた。
そして、身の毛がよだつような獣の鳴き声が聞こえてきた後に暴風と熱が身を襲った。
ジャケットがバタバタと風によって煽られ砂煙があたりを覆う。
「なんなんだよ一体?」
思わず悲鳴じみた声が喉から上がると同時に訳の分からない状況に今まで感じたことのないような恐怖が湧き上がってくる。
恐怖によって荒くなった息が無意識的に口から漏れ出る。
「あなたどうしてここに?」
驚いたような声が砂煙の向こうから聞こえてきた。
それは、暗闇の外で聞いた女性の声だった。
「あなた、魔法使いじゃないわよね。」
「は?ま、魔法使い?何を言って?」
「はぁ、やっぱり一般人じゃない。どうして結界の内側に一般人がいるのよ。結界については問題ないはずなのに。」
砂煙が晴れた先には紅い月によって照らされた今までの人生で見たことないような美人がいた。
長い髪とローブの裾を風によってたなびかせ杖のような物を白磁器のような手に持ちこちらにそれを突き付けた状態の勝ち気そうな目をした目の前の美形を見る。
「あなた、最初からここに居なかったわよね。いったい、どうやって入ってきたのよ。あなた、名前は?家族に魔法使いは?ああもうなんで私がこんな目に。」
矢継ぎ早に目の前の人物から言葉を投げ掛かられる。
「ま、待ってくれ。魔法使いってなんだよ?あんたは一体?」
「あなたに質問権はないの。早く私の質問に答えなさい。さもなければ・・・」
そう言い目の前の人物はこちらに突き付けた杖にも木の枝にも見える先端を頭部に合わせてくる。
「炎よ 弾となりて 我が敵を撃て」
そう呟かれた瞬間目の前が赤く染まる。
肌が熱によって焼かれたと思ったと同時に背後で爆発が起こり熱波と暴風に襲われる。
「これで分かったかしら?あなたは質問できる立場ではないということが。」
「分かった、分かったからそれを突き付けるのはやめてくれ。」
「早く答えなさい。」
突き付けられたソレ恐らくは杖であろうが言葉と共に目の前で振られる。
何一つ分からない状況だが答えない限りあの爆発を起こした何かをこの体に打ち込まれる可能性があることに恐怖を覚え冷や汗をかきつつ質問に答えるために恐怖によって震える口を開く。
「お、俺は」
喉からは、かすれたような声しか上がらない。
「続きは?早く答えなさい。」
その問いかけに答えようとする前に目の前の人物の背後に何か蠢くものが見えた。
「うし、後ろ。何かいる。」
俺がそういった瞬間に目の前の人物はその身を翻し手に持つ杖を闇で蠢くナニカに突き付ける。
「どうしてこうも今日に限って魔物が多いのよ!」
闇で蠢くそれは煙のような何かから徐々に大型の四足の獣のような姿に変貌していく。
「炎よ 弾となりて 我が敵を撃て!」
その言葉と共に闇で蠢く獣もどきに向かって成人男性のこぶし大の火の玉が飛んでいき、ドンと火の玉が直撃し熱風が吹き荒れ砂煙が舞う。
「はぁ、これでいいでしょう。さぁ、あなた早く私の質問に答えてくれるかしら?」
目の前の人物がこちらを振り返りながらそう問いかけてくる。
あの、火の弾をこちらに向けられては堪ったものではないと答えようとした時、煙がゆらめきその中から黄色い瞳をもつ大きな狼のようなモノがそこにはいた。
ヒッと悲鳴のようなモノが口から漏れ出る。
「早く答えなさいと言ってるでしょう!」
目の前の人物はこちらを見て怒鳴っているためか背後の狼もどきがその口を通常開かないであろう程に大きく開きながら跳びかかってきていることに気づいていない。
今から反応したのでは目の前の人物が到底間に合わないのは目に見えている。
それを理解してこの身は、逡巡する間もなく目の前の人を掴み自らの後ろに投げ飛ばすように引っ張る。
なぜそうしたかは分からないが考えるよりも早く体が動いた、動いてしまったその身に一瞬の熱を感じた後に感じた熱ごと全て失い何かを思うその前に意識は闇に消えた。
この夜の仕事は少女
そして、その仕事の低級魔物の退治は簡単に達成できるもののはずであった成人をとうに過ぎたであろう男性が少女の前に現れるまでは。
魔法使いに関係するもの以外は見ることも聞くこともできない結界を張っているのだから一般人が入り込むはずが無いはずにもかかわらずそこに男は現れた。
少女はこの事態に混乱をしながらも事態を把握するために男に質問をした。
気が動転していたために多少方法が荒くなってしまっていたが、この目の前の男が他所の家の魔法使いであり自分の邪魔をしに来たのではないかという疑念が晴れない限りは気を抜くこともできない。
男に指摘されるまで背後の魔物の存在に気が付かない程に少女は男の一挙一動に対してのみ集中していた、そのためいきなり男に肩を掴まれ投げ飛ばされるが反応が出来ず地面を転がる。
いきなりのことに反応が出来なかった少女は男がいるである方にその手に持つ杖の先端を向けながら勢いよく起き上がる。
「いきなりなにするのよ!」
そう言いながら男の方を見た先には血の海が広がっていた。
「え?・・・どう・・・して?」
少女は目の前の光景を理解することはできなかった。
さっきまで目の前で自分に対して脅え恐れおののいていた男が狼のような魔物の口の中にいた。
その大きな口によって男の肩口から太もも程まで覆うかのように喰われている。
そして喰われている男の足元には嚙み千切られたであろう男の脚と共におびただしいほどの量の血が流れていた。
一目で分かるほどに男は死んでいるのが明らかだった。
少女にとって死は身近であるはずだった。
魔物を退治する仕事である魔法使いを志した日から魔物に殺されることもあるだろうと多くの魔法使いがそうであるようにただ漠然と思っていた。
しかし、目の前のさっきまで話していた男の死を見て少女は初めて理性ではなく本能で死ぬことを恐怖した。
「あ・・・あ・・・や、ヤダ!」
少女は恐怖によりその場にへたり込み涙を男が勝ち気そうな目と評したものから流しながら後ずさる。
男を咥えたまま少女のその様子を見た魔物はその大きな目を嬉しそうに細めながら一歩一歩少女に近づいていく。
「や、ヤダ!こないで!こないで!」
少女の口から悲鳴のように漏れ出る声を聴きながら大きく尻尾を振り少女にゆっくりとだが確実に一歩一歩近づいていく。
半狂乱となり言葉にならない声を上げながら立ち上がることもできず這いずる様に少女は逃げる。
しかしそう時を移さずに魔物は少女の目の前にたどり着く。
魔物は咥えていた男を少女に見せつけるかのように目の前に吐き捨てる。
物言わない
「や、嫌!嫌!まだ・・・まだ・・・私は・・・私は!」
少女の悲鳴に機嫌がよくなったのか魔物は勝ち誇ったかのように雄たけびを上げる。
「ほ、炎よ 我が敵を撃て!」
少女はその手に縋るように握っていた杖を魔物に突き付け呪文を唱える。
しかし、少女の思いにこたえることなく魔法は発動せず何も起きない。
「あ・・・私は・・・」
何かをしようとした少女を見つめながら魔物は笑うようにその息を漏らす。
そして満足したのかその殊更に大きな口をさらに大きく開け一息に少女を飲み込もうとする。
少女はその光景をただ力のない瞳で見上げることしかできない。
「・・・誰か助けて」
思いがけず少女の口から漏れ出るようにあふれた言葉は本来ならば誰にも聞き届けられずに消え物言えぬ骸となるはずだった。
それが、この少女の
しかし少女は不思議な光景を目にする。
物言わぬ死体のはずだったものがいつの間にか自分を腕の中に抱え魔物から距離を取っていた。
少女は訳が分からないまま死体だったものの腕の中からその顔を見上げる。
「どう・・して・・・?」
見上げた男の顔は青白いままだったがその眼だけは朱く光り輝いているのが見えた。
男は少女の問いかけに答えないまま抱えていた少女を地面におろし魔物に向き直り近づいていく。
魔物は目の前で起きたことが理解できないままだった。
自分は強いはずだった、この地に生まれる群れのリーダーとしてなるべく生まれた存在であることが生まれた瞬間から分かっていた。
少なくともそこら辺の有象無象には負けないことは本能的にわかっていた。
生まれたその時に炎をぶつけてきた存在が自分の天敵になることは分かっていた、分かっていたがその力をその身に感じすぐに取るに足らないものだと理解した。
故に居たぶり喰らうことが使命とすら感じていた、にもかかわらず目の前の光景は一体なんだ死んでいたはずの殺したはずの餌がなぜそこにいる。
疑問は尽きないが餌が歯向かおうとしている事だけは分かった。
魔物は口を開け前と同じように男に噛みつこうと牙をむく。
男は噛みつこうとした魔物の上顎と下顎を手でつかむ。
魔物は口を閉じようとするがその口を閉じることが出来ない。
男は掴んだ上顎と下顎を入れ替えるように両手を回転しながら投げ飛ばす。
魔物は上下を入れ替えたかのように回転する。
空中で回転する魔物の鼻先を蹴りとばす。
蹴りとばされ地面を転がる魔物を追うように跳び地面に叩きつけるように振り上げた拳を魔物にぶつける。
その一撃をもって戦いは終わりを迎えた。
殴りつけられた魔物はその一撃を持ってその身は煙へと帰っていった。
少女は未だ立ち上がれない状態で目の前の戦闘を見つめていた。
たった三回の行動でまともな攻撃と呼べるのは最後の一撃のみと言ってもいいだろう。
しかもただ殴るだけと言っても殴りつけた地面がひび割れるほどの凄まじいまでの力によるものであったが、それをなした男はそのまま微動だにしないままだ。
「助かったの・・・私」
少女は死の運命を超えて新たな物語は動き出す。
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