第3話 突如現れた助っ人

 僕は面倒事に巻き込まれないようその場から逃げ切ろうとした。ところが思ったよりも警察の手回しは早く、そうするのも困難になりそうだった。

 どのルートを使えばいいか。焦ってわからなくなって、同じ道を右往左往していた。


 と、そのときだ。

 不意に通行人から腕を掴まれた。警察ではなく一般市民。サングラスをかけた怪しい女性だった。


 当然警戒しないわけがない。「何をするんだ」といって振り払おうとした。

 けれどサングラスの女性は頑なにその手を離そうとしない。「いいからおとなしくついてきてください」といって誘導しようとしてくる。


 僕の頭の中はパニックだ。いろいろとわからないことや聞きたいことがある。

 とはいえ彼女のいうとおりだ。どのみち僕に良いアイデアはないのだし、ぐっとこらえて指示に従うことにした。


「くそっ、もうどうにでもなれ!」


 彼女に引っ張られ街路を駆け出した。

 どうやらこの辺りの地理に詳しいようだった。先のタクシー運転手のときと同じだ。まるで我が庭のように駆け回り、そうして無事警察の包囲網から逃れることができたのだった。


 文芸夏冬本社からだいぶ離れたところまで来た。人気のない裏路地だ。

 そこでようやく解放してくれる。


「ここまで来たらもう大丈夫でしょう」


 僕は掴まれていた腕をさすりながらいった。


「あの場から脱出できたのはアンタのおかげだ。助かった、ありがとう。……でもいったい何者なんだ? 僕を助けてなんのメリットがある」

「ひとつひとつ答えていきましょうか」


 すると、謎の女性はサングラスに手をかけた。とうとう正体を見せる気になったのだろう。

 サングラスをすっと取る。そして彼女の顔を見た瞬間、僕は目を丸くした。

 直接関わりがあったわけではない。が、よく知った顔だった。


 凜とした目つきに陶磁のように白い肌。長い黒髪がその清楚さに拍車をかけている。

 一時期テレビにしょちゅう出演していたし、同世代(二十代)ならほとんどが彼女のことを知っているだろう。


 人気女性アイドル『S級小町』の“元”メンバー。


「白川亜希(しらかわあき)……」


 紛れもなく本人が目の前にいたのだった。

 白川はクスリと微笑んだ。


「まさか青島さんに認知されてるとは。たいへん光栄です」

「そりゃあ知ってるとも。S級小町の亜希といったら国民的アイドルだったし、それに……」

「それに、なんですか?」


 少し躊躇した。しかしここで誤魔化して、へんに気を遣われたと思われるのも申し訳なかった。僕は口を動かす。


「僕と同じでいろいろなことがあった」


 さいわい気分を害さなかったようだ。


「例の事件、についていっているのですね」


 僕は肯定した。

 例の事件とは、白川がアイドルを引退に追いやられたきっかけだ。

 週刊誌記者から白川が反社とコンタクトしているところをぱしゃり。清純派半グレアイドルとして、一躍時の人となったのだった。

 けれど結局のところそれは嘘のスキャンダルだった。そういう状況になるよう仕向けたのは記事を書いた記者であり、実際反社との繋がりは一切なく、捏造による被害を食らったというわけだ。それが事の真相だ。


 被害は想像以上に甚大だった。誤解が解けたにもかかわらず、一度つけられた悪いイメージを払拭することができず。再びS級小町に復帰することはなかった。

 個人的にその後の動向が気になっていた。それがまさかこんな形で会うことになるとは。


「あのときの恨みは一生消えることはないでしょう」

「その、なんかすまんな。いやなことを思い出させて」

「べつに気にしないでください。仮に不快を感じたとしても、青島さんにはいう権利があります。なんせ似たような境遇にある身ですから」

「まぁ、そうかもな」


 マスゴミの餌食になったいまとなっては、白川の悔しい気持ちが痛いほどわかる。自らが望んだわけではないが、よき理解者となったのだ。


「ところでいまは何を? 都内に残ってるってことは……地下でまた芸能活動を?」

「いえ、いまはまったく関係のないことをやってます。自らの使命を果たしているといっていいかもしれません」

「差し支えなければ聞いてもいいか?」

「もちろんです」


 そして白川はこんなことを口にするのだった。


「現在は『復讐稼業』を主に活動してます」

「復讐稼業とな。初めて耳にする単語だ」


 しかしまぁどういう仕事内容かはおおよそ察しがつく。探偵とかなんでも屋の延長線上で。ターゲットに復讐したいと依頼してきた人の手助けのようなものをしているのだろう。


「その様子だと説明は必要なさそうですね」

「ああ、動機にも心当たりがあったからな。さらにいうと、なんで僕を助けたのかまでも察しがついた」

「おそらく察しのとおりだと思います。私と同様、文夏砲という名の冤罪をかけられて、彼らに仕返しをしないと腹の虫が治まらないはず。その手伝いをしようと近づいたわけです」


 僕の返事は聞くまでもないだろう。

 しかしいちおう形式上、言葉にして聞いてくる。


「あなたは復讐を望みますか?」


 僕ははっきりとうなずいた。


「もちろんだ。だがいくつか聞きたいことがある」

「なんなりと」

「白川は冤罪といってくれたが。どうしてすんなりと僕のことを信じてくれるんだ? 過去に白川が週刊文夏の被害に遭ったといっても。今回もそうとはかぎらないのに」

「はっきりとした根拠があるからです」


 と、白川はジーンズのポケットからスマホを取り出した。SNSを開いてその画面を共有してくる。


「これを見てください」


 いわれるがままにした。そして目にするなり僕はぎょっとした。


「この人はたしか……!」


 そこに映っていたのは間違いない。僕のアイドル活動が励みになって病を克服することができた、と感謝の言葉をかけてくれた例の女性だった。週刊文夏の記事にも載ることになった彼女だ。

 推しである僕が渦中の真っ只中にいるにもかかわらず、定期的に行われている発信には一切その話題に触れる様子は見られない。あきらかに不自然だった。


 タイミングのいいところで次の画像に切り替える。


「そして極めつけは――」


 その女性がクラブで下品なダンスを披露している画像、いやショート動画だった。

 会って話したときと印象がかけ離れていることはさておき。問題なのはその日時だった。

 なんとホテルのラウンジで一杯ご馳走になった、そのわずか二時間後に投稿しているのだ。


 これはあきらかにおかしなことだ。

 もしホテルで性的合意なく被害に遭ったというのであれば、呑気にクラブで踊っていられるはずがない。あまりにも常軌を逸した行動だ。

 つまるところそれが僕の無実を裏付ける証拠となり……白川もきっとそう伝えたいのだろう。


「状況は理解した」


 僕はスマホを引っ込めさせた。これ以上女性の顔を見て不快に思いたくなかった。


「聞くのも少々気が引けますが。この女性が記者と内通していた、ということにも気づいてますか」

「……悔しいがそうなんだろうな。無関心なところとか豹変っぷりを見てると、グルと考えるのがいちばんしっくりくる。何もかも初めから仕組まれたことだったんだ」


 ほんとに腹が立つ。ラウンジで話してくれたこともすべて作り話で。真面目に聞いていた僕をあきらかにバカにしている。


 しかしだからといって怒りの矛先を間違えてはならない。

 女性は金で雇われたエキストラにすぎないのだ。元凶は変わらず週刊文夏であって、怒りをぶつけるとしたらそちらにするべきだ。


 白川も共感してくれたようだ。


「まったくもってやり口が汚いです。最低です」

「そりゃ恨まれて当然って話だよな。……で、次に聞きたいのは依頼にかんしてだけど」

「ええ、納得いくまでどうぞ続けてください」


 僕がそうさせてもらおうとした直後だった。

 表通りのほうからパトカーのサイレンが聞こえてきた。

 通報を受けて駆けつけてきたものの、僕の姿を捉えることができない警察はしびれを切らし、さらに包囲網を広げたということだろう。


 犯罪を犯したわけではないのに、まるで犯罪者の扱いだ。世論的に悪者だと騒がれているため、まぁ流されても仕方がないのかもしれないと思う一方、やはり理不尽を感じざるをえなかった。


 サイレンが過ぎ去った後、白川が僕にフードを被せてきた。


「ですが一度場所を移したほうがよさそうですね。ちょうど歩いてすぐのところに、ふだん隠れ家にしているバーがあります。そこまで一緒についてきてください」


 そうして自分もサングラスを装着して、正体が悟られないよう変装していた。

 僕は先導する白川の後を追う。今度は自らの意思を持って。

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