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灰紫色の空が唸りを上げた。
刹那、一帯を包み込むような激しい輝きと共に、落雷が落ちる。それは真下にいたトキアさんの直剣に吸い込まれ、刀身が稲光を纏う。
「これで終わりだ、四天王ヴァルジア!」
そう言い放つ先には、見上げるほど大きな魔族。
まるで巨人のような体躯に思わず息を呑む。暗灰色の肌に、蝙蝠のような双翼。そして、魔族に共通して生える二本の白い角。
私が隠れている瓦礫の山も、きっとヴァルジアに踏みつぶされたのだろう。地面が大きく陥没していた。
「おのれ、勇者……。四天王最後の砦として、負けるわけにはいかぬ!」
ヴァルジアは大樹のような大剣を振り回し、トキアさんに向けて駆ける。
「お前では俺は倒せないッ!」
トキアさんの剣が一層の輝きを放つ。そして、頭の上に掲げたそれをヴァルジア目掛けて一振り。瞬間、一帯の何もかもを吹き飛ばす程の風が巻き起こる。剣を纏っていた輝きが地面を
「ぬぅ……! まだ、ここまでの力が残っているか……!」
黒色のオーラを纏う大剣と衝撃波が衝突し、轟音をかき鳴らす。
「ヌオォォォオオオ――ッ!」
ヴァルジアの雄たけびと共に大剣が衝撃波を打ち消した。
「ふははっ! 勇者の魔法など襲るるに足らず!」
巻き起こる砂埃が晴れる。そこに、トキアさんはいなかった。奇しくもヴァルジアと一緒に私も視線を巡らしてしまう。
「ナァー!」
ナーが空を見上げた。つられて上を見ると、ヴァルジアの上空を白い軌跡が流れる。
「悪いね、今までのもそれもただの雷魔法だ。本当の勇者の魔法ってのを見せてあげるよ」
え、そんな馬鹿な。じゃあ、私はこの数十分間、ただの雷魔法でヴァルジアを圧倒する様を見せられていたのですか。
「そんな馬鹿なッ!」
……被ってしまいました。
トキアさんは白金色に輝く剣を携え、宙で姿を消した。
刹那の静寂。次の瞬間、白金色の軌跡がヴァルジアに斬り刻まれる。
遅れて斬撃の音が耳に伝わった。
「ま、魔王……さま……」
内側から漏れ出る光がヴァルジアを包み込み、そして粒子となって弾け飛んだ。
残ったのは荒れた廃村の跡と、輝きの余韻を残した剣を持つ勇者だけだった。
分厚い雲の切れ間から光が差し込み、トキアさんを照らす。
「待っていろ、魔王……!」
遥か先に見える魔王城を見つめ、勇者は歩み出した。
それを隠れて傍観する私。
「圧倒的、ファンタジー……」
「ナァー?」
私の知る異世界ものがそこにあった。
しかし、私はトキアさんが日本人だと知っているわけで、どうにも背中がムズムズしてしまう。
「大丈夫です、トキアさん。私の弟も中二病でしたから。わかってあげられますよ、男の子の気持ちというものを」
「ナァー?」
先ほどからずっとナーが首を傾げっぱなしだ。
大丈夫です。ナーはわからなくて良いのです。
それにしても勇者の魔法、最後にその一端を見れたけれど、正直何もわからない。そもそも目で追えなかったし、ただただ凄いという感想を述べる他ない。
そもそも、世界を救った英雄の魔法を調査する必要なんてあるのだろうか。自ら転移者だと明かしたりと、トキアさんは悪い人じゃないと思う。
でも、結局特例を出さないというのは、お店にとって大事なこと。ただでさえ怪しげな謳い文句の店なのだ。信用は失うわけにはいかない。
トキアさんは一人で旅をしていた。勇者って所謂テンプレだとパーティーを組んでいるものなのではないのだろうか。
夜が更け、トキアさんは木の上で眠る。
ここは既に人類が撤退した魔族領。周りに街なんて無いし、いつ襲われるかもわからない。私もトキアさんに倣って木の上で眠りにつくことにした。もちろん、全然眠れなかった。
二日目、森を進むトキアさんを見失わないようについていく。魔物がわんさか湧いて飛び出してくるが、全部トキアさんが排除してくれるから凄い助かる。
森を抜けると、私は目を疑うような光景を目の当たりにした。極彩色に輝く大きな湖が姿を現したのだ。
様々な色が溶け合い、宝石のように煌めく。透き通った虹色の水越しに、魚の群れがいくつも見える。薄暗い魔族領に侵されない聖域のように感じた。
人間領だったときはさぞ、有名な景勝地だったに違いない。
「きれい……」
思わず、口を衝いて言葉が漏れる。流石のトキアさんもその光景には目を奪われたのか、しばらく動きを止めた。
この世界は広い。まだまだ、私の知らない景色がたくさんあるのだろう。そう思うと、とてもワクワクした。
ややあって、トキアさんは歩みを再開した。
しばらくすると、廃街が見えてきた。建物という建物がほとんど全て崩れ去り、がれきの山が散乱している。焼けこげた跡や道端に落ちている煤けたぬいぐるみが、やけに私の心を重くする。
ここにも、かつては人が住んでいたのですね……。
トキアさんは道沿いに腰を降ろし、野営の準備を始めた。どうやら、今日はここまでのようだ。
街の入り口まで戻り、安全そうな場所を探して荷物を下げる。
「ナァー……」
「ごめんなさい。今日も野宿ですよ」
まだ、屋根と側壁があるだけ昨日より精神的にはいくらかましだ。隙間から覗く景色は見晴らしが良い。ここなら、魔族や魔物の奇襲に会うこともないだろう。
鞄から携帯食料を取り出し、ナーに半分渡す。露骨にテンションの低いナーには悪いが、あと数日はこれが続くのだ。
缶詰って偉大な発明だったのだと、この世界に来てから痛感した。それくらい、保存食が美味しくないのだ。
塩辛く固い干し肉を軽くたき火で炙る。うっすらと脂が表面に滲み、ぱちぱちと音を立てる。そうすると、いくらか固さが緩和されるらしい。あまり実感は出来ないけれど、食事に熱があるとそれだけでましになる。
幸いなことは、ナーが水をいくらでも出せることだ。何なら、氷も出してくれるのでキンキンに冷えた水で干し肉を流し込む。
「トキアさんは飲み水とかどうしているんでしょうか……」
道中、森に流れる小川の水を煮沸して水筒に入れていたけれど、それももう少ないのではないだろうか。
この二日間はまるでサバイバルだ。勇者の旅路というから、少し安易に考えすぎていた。だけど、実際は食事はままならないし、安眠なんてもってのほか。常に気を張り巡らせ続けなければいけない。
こんな生活をトキアさんは一体何年続けたというのでしょうか。
そして、彼が偉業を為した末に何故、勇者の魔法を手放すのか。私には理解できない。
「ナァー」
ナーが私の膝で丸くなる。消えないでいてくれるのは、私が寂しくないようにするためだろうか。
背を撫でると、温かくて、規則的な鼓動が伝わる。
「私はこんなにも恵まれていたのですね」
いつの間にか、雲が晴れていた。満天の星空がどこまでも続いている。
ここは半年前の世界。まだ私が孤児院に居た頃だ。
半年前の私は、何を思ってこの空を見ていたのでしょうか。
色々と得てしまった今となっては、もうそれがどうしても思い出せなかった。
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