ダークエルフの秘魔法

1

「ひぃぃいいいいっ!」


 間抜けな声と共にこんにちは、過去の皆さん。

 『ノイアッシェ』の店員として働き始め、早いもので一か月が経過しました。時流しの魔法で過去に滞在している日数も合わせたら、もっと経っているのですが、私は一か月分のお給料しかもらっていません。

 ケチだな、と思いましたが、その金額を見て目ん玉が飛び出してしまうかと思いました。魔法って、すごく高値で取引されているんですね。

 『ノイアッシェ』に競合のお店が無いのと、魔法をお求めの方が貴族や訳アリの人が多いのも理由でしょうか。


 そんなわけで、私は日々、過去へとせわしなく飛んでいます。忙しいのは良いことです。しかし、癖の強いお客様が多いということは、その分問題も多いわけで――


「ナー! 避けてください! 避けてぇえッ!」


 轟音の唸りを上げ、すさまじい速度で飛んでくる火球を前に、私は悲鳴を上げていた。あまりの熱気に肺の奥まで熱く痛みを帯びる。


「ナァー!」


 ナーは私の指示を聞いてくれないことの方が多い。私の首根っこを掴んだまま、その場でぴたりと宙に静止する。

 私――というより、ナーの前方に青白く輝く魔方陣が展開した。刹那、空気を焦がす熱波がぴたりと止まる。同時に目と鼻の先まで迫っていた火球の先端にぷつりと小さな霜柱が立つ。いつの間にか辺りを漂っていた白い冷気が、霜柱に向けて渦を巻いて集まり、火球を包み込むように広がっていく。


 一瞬のうちに炎の塊を丸々包み込んだ氷塊が完成した。


「うそぉ……」


 ゴトッとエネルギーの塊とは思えない音を立てて、火球が地面に転がる。氷の膜越しに未だ抵抗を続ける炎の揺らめきが徐々に小さくなっていく様を、私は口を半開きにして見守った。


「おい、何なんだよ!」

「化け物だ……」

「早く逃げろ! あの少女みたいに捕まってゾンビにされるぞ!」


 調査対象の方々が散り散りになって逃げていくのを、私は重たい息と共に見送る。


「私、ちゃんと生きているんですけど……」


 全く、何て失礼な人たちなのでしょうか。


「ナァー」


「ナーも化け物扱いされて災難でしたね」


「ナァー!」


「あれ……喜んでます?」


 とにかく、今回も魔法を売ってよい方々ではなかったようです。ちょっと調べたら、すぐにボロが出ました。

 魔法を売ってくれる人は問題が無いことがほとんどなのに、どうしてか買い手に関してはほとんど毎回、何かしら黒い理由がある。

 魔法は簡単に力を得ることの出来る理不尽なもの。どんな魔法にも有益な使い道があるように、いくらでも悪用する手段はあるということなのだろう。


「ふぅ……。これ以上の調査は必要なさそうですね。帰りましょうか」


「ナァー!」


 いつの間にか、辺り一帯が凍り付いていた。寒暖差に風邪を引きそうだ。

 ナーもいつも通り派手に暴れられて満足そうですし。というか、本当に強いですね、ケット・シーというのは。

 私は時流しの魔法以外は使えないので、本当にナーが魔法を使うことが出来て様様だ。戻ったらご褒美にお菓子でも買ってあげるとしよう。


 人目のつかないところで時流しの魔法を解除した。瞬間、テレビのチャンネルを変えるように視界がぱちんっと変化する。

 軽く揺らぐ頭。魔力酔いもだいぶ慣れてきた。


「おかえりなさい」


 すぐ横で声がする。どうやら、タリスさんの肩を借りてしまっていたらしい。顔の右側面がやたら熱を帯びる。


「す、すみません! お邪魔でしたよね!?」


 よし、今度から座って過去に飛ぶのは辞めましょう。


「いえいえ、お安い御用です」


 タリスさんは私が時流しの魔法を使っている最中、片時も離れずに側にいてくれる。発動中、こっちでの私の身体は完全な無防備となってしまうからとのことだ。

 過去ではナーに、こちらではタリスさんに、私は常に誰かに助けてもらいながらお仕事をしているのです。せめて、自分の役割くらいはしっかり務めなくてはいけませんね。


「それで、今回はいかがでしたか……? 『透明』の魔法を所望のお客様だったので、ある程度予想は付きますが」


 軽く息を吐き、首を振る。


「レパーラス国のスパ――あ、えっと諜報人でした。国境を越えようとしていたところをお声がけしたら、いきなり魔法を放たれましたよ」


「それは災難でしたね。お怪我はありませんか?」


 タリスさんが心配そうに私を隅々まで視診する。とても恥ずかしいのでやめていただきたい。この容姿に不備はないけれど、浅ましい心の内まで見透かされてしまいそうだ。


「大丈夫ですよ。ナーが今回もしっかり守ってくれました」


「ナァー!」


 すっと肩に黒猫が顕現する。


「そうですか。ナー、よくやりましたね」


 タリスさんがナーを撫でようと手を伸ばす。が、ナーの右手が勢いよくタリスさんを払いのける。


「ナァー! ナァーッ!」


 威嚇するように声を上げるナーにタリスさんは苦笑いだ。


「やっぱり、私には懐いてくれませんね」


「もー、いつも仲良くするように言ってるんですけど……」


「ナァ」


 ぷいっとそっぽを向くナー。一体、タリスさんの何が気にくわないのだろうか。


「ははっ、私にマナさんを獲られると警戒しているのでしょう」


「なっ……!?」


 突然、何を言い出すのだろうか。思わずナーに目を向ける。まだほど近いタリスさんを私から遠ざけまいと手でぐいぐいと押していた。


「ナー、やめなさい。タリスさんに失礼ですよ」


「ナァー!」


 まるで言うことを聞かない子供みたいだ。


「安心してください。マナさんは割と私の好みの女性ですが、従業員に手出しはしませんよ」


 本当、勘弁してください……。


「お世辞はそれくらいにしてください」


「おや、そう捉えられてしまいますか」


 え、もしかして冗談じゃない……?

 しかし、ロムガさんみたいにすごく綺麗なお知合いがいて、わざわざ私になびくこともないのではないだろうか。そう思うと、赤面しそうな頬も熱をいくらか冷ました。


 ちりんっと呼び鈴が鳴る。その音で、私とタリスさんは即座に入口の方へと身体を向ける。


「「いらっしゃいませ、ようこそ魔法店『ノイアッシェ』へ」」


「ナァー!」


 最近、ようやくタリスさんの挨拶に間に合うようになった。店員としての自覚が出てきたというものだ。

 さて、今回のお客さんはどんな方でしょうか。


 視線を上げると、まず黒曜色の艶やかな肌が目に入った。随分と引き締まったスタイルの良い女性だ。周りの彩色を吸収してしまいそうな銀髪は私とそっくりで、鋭い金瞳がまっすぐに私とタリスさんに向けられている。暗色のタイトな衣装は、私がその種族を想像するのにぴったりだ。凛々しい顔つきも前世でゲームの中に登場したまんまで、妙に感心してしまった。


「これはまた珍しいお客様ですね」


 タリスさんがそう言うのも頷ける。私だって、この世界で初めてお目にかかる種族だ。彼女のツンと突き出す耳につい視線が向いてしまう。


 そう、次のお客様は人嫌いで有名なダークエルフ族の方でした。

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