第七話 戸籍情報閲覧スキル


 本名 アルマール・クリフ

 三十歳、男性 防具屋の主人

 好きな食べ物…


「戸籍情報に好きな食べ物があるのはおかしいだろ…」


 情報の群れを見ながら、好きな食べ物欄にツッコミを入れる。そして想い人もコレで発覚した。戸籍情報閲覧スキルを利用してからものの数秒で。

 一応確認のために末尾まで目を通してみるが、もう間違いないと太鼓判を押しまくられた。


 リアルで見るよりはいささか砕けた書き方の文章。そこには戸籍…「人の出生・死亡・婚姻・離婚・縁組などの重要な身分関係を登録・公証する公文書」とある内容通りの情報が当たり前にあった。

 

 触るだけでこれが見えてしまうなら、名前が分からない程度の仲でもその人の背景が全て見えてしまう。

 違法にならないか、リアルに戻ったときに『上席に確認しなければ』と思うくらい、現代人にとっては恐ろしいスキルだ。


 


「クリフさん、想い人さんに何か伝える事は?」

「えっ、もうわかったんですか!?」

「ソロは優秀だな」


「うん、いや、あの…好きな食べ物欄に書いてあるし…その人の名前のオンパレードだよ…」


 なんとも言えない気持ちで戸籍情報を閉じ、顔が真っ赤になったクリフを見つめた。



「オレは口下手でよぉ…なんて言って良いかわからん」

「でもこう言うのは…その、気持ちが大切なんじゃないか?想い人…好きな人がわかって俺もなんとなく察したけど、オーレリアさんはクリフさんの言葉が欲しいんじゃないかな」

 

「うっ…ぬぅ…」



 彼の好きな食べ物は、うさぎのシチュー、川魚のパイ包み、そしてりんごのコンポート。それらの全てに(武器屋のオーレリア作に限る)と記されている。



  

 NPCクエストでは根気がいる依頼ばかりだったが、武器屋のオーレリアは朗らかで優しく人を褒めるのが上手な女性だった。依頼をこなすとワンコにするようにして頭をワシワシしてくれる快活な人だ。

 二人ともクエストの度に「クリフはご飯食べてたか?」「オーレリアは何してた?」とお互いを気にかけている様子だった。


 戸籍情報を閲覧するまではピンと来なかったと言うのは、俺の恋愛経験値が低いからだとは思う。それは黙っておこう。そして名前を言ってみて確信に変わった。彼は武器屋のオーレリアが好きなんだな。

 



「もし、独身最後の傑作が出来ていないならちゃんと待つ…と伝えてくれるか」

「独身最後の傑作?」

 

 クリフが真っ赤な顔のまま、蚊の鳴くような声で伝えてくる。独身最後の傑作と言うのがよく分からないが、独身じゃなくなることを示唆しているんだろうとは分かる。

 なんかこう、むず痒い感じがするけどクリフらしいと言えばらしいのか。



「武器屋は人生の区切りで自分の名を刻んだ傑作を作成するのが決まりなんだ。女性の場合は一人前になった時、結婚する前、子供が生まれる前などの場合が多い。

 武器屋から他の人にプロポーズする場合『独身最後の傑作』を捧げて気持ちを伝えると聞いた」


「何それカッコいい」

「武器屋さんって、ロマンチックですね!」



 サラの言う通り、ロマンチックでかっこいいと思う。「好きだ!」とか言葉にしない告白って言うのがまたいいな。


 


「よし、じゃあオーレリアさんに早速会いに行こう!クリフさん、待っててくれ」

「……た、頼んだぞ。ソロ。」



 クリフが両手でガシッと俺の手を掴み、握りしめる。その手はゴツゴツしていて、マメだらけだ。

 努力家で真面目で照れ屋のクリフ。やはりこの人もNPCとは思えない程のいい人だった。



 ━━━━━━



「すまない。断って欲しい」

「……えっ!?」

「私のような女が、クリフの妻になる事はできない」

「………………ええぇ…」



 防具屋のクリフからプロポーズの言伝を仰せつかって、街外れの鍛冶屋兼武器屋に入店してから1分経過。

 早速断られたのですが。何が起きてますか。


 


「理由を聞かせてくれますか」

「……私は、捨て子なのだ。もともとここの街の住人ではない。鍛冶屋の親分に拾われて武器屋にしてもらった。

 親分は私の恩人だ。しかし…子供がおらず後継がいない。私は彼を独りになどできないよ」



 

 武器屋のオーレリアさんは白銀の長い髪に自分の顔を隠す。しょぼん…と言う効果音を背負っている。俺が手渡した、明らかに指輪を作る道具であろう物資の入った箱をぎゅうっと握りしめた。



「クリフさんなら、一緒に住もうって言ってくれると思います。ご家庭の事情もご存知だと思いますし」

「それはそうかも知れないが。私は家庭を支える女性にはなれないよ。彼の帰りを自宅で待って、淑やかに夫を支える妻になどなれないんだ」

 

「……??」



 はてなマークを浮かべながらサラとアリシアに振り返ると、二人も眉を下げてしょぼんとしている。

 あ、あー、なるほど。このゲーム設定って結構昔なのかな。時代的にそれが許されないと言う一般常識なのかも知れない。


 


「オーレリアさんは武器屋の職人を辞めたくないって事ですよね?」

「そうだ。鍛冶屋、それに付属する武器屋の技術は一子相伝。親分の技術を絶やしたくないし、私は単純に鍛治も武器も好きなんだ。クリフには悪いが…」


「じゃあ続ければいいですよ。武器屋と防具屋を一緒に営めば初心者には便利ですし、親分は弟子が増えて嬉しいのでは?防具屋さんとしても鍛冶屋の親分と仲良くしてましたよね」

 

「あぁ、まぁ、そうだな。彼はたまに鍛治を習いに来ていた。ゆくゆくは自分でも防具に使う鉄を叩きたいと言っていたし、親分も『アイツならいい』と言っていた」

 

「それなら何も迷う事はありませんよ、全員に不利益がないんですから。二人は想い合っている、親分は一子相伝の技術を残せる。オーレリアさんもその技術を子供に伝えれば、次世代の技術者を育てられる可能性がある」



 

「いや、だから私は家庭を支える事ができないんだ。武器屋の仕事は簡単ではない。親分は歳だから、鍛冶屋も継ぐことになる」

 

「女性が家庭に入ったら出てはいけない法律って存在しますか?」

「えっ?」



 俯いたオーレリアさんが、俺の言葉に顔を上げる。細く、吊り目の赤い瞳。その目尻には大粒の滴が浮かんでいた。


 


「家庭から出たら罰される事はありますか?首を切られるとか」

「そんな法律はないが」

 

「それならあなたたちの一般論としてって事ですよね?常識というか慣習というか。」

「そうだな。奥方の寄り合いで旦那の稼ぎが良くないとぼやく者は多いが、自分では稼げないと言う人ばかりだ」


「罰せられないなら共働きすればいいと思います。俺が生きてるリアルでは普通にみんなそうしてます。専業主婦の人の方が少ないですし、夫婦って支え合うものなんだから何もおかしい事はないでしょう?」


「共働き…支え合うもの…」

「そうですよ。それともあれかな。オーレリアさんは…一般常識を覆して、誰とも知らない人に後ろ指を刺されるのが怖いですか?

 共働きは信頼し合う二人が出来る事で、何もおかしい事じゃないと思うけど。

俺が知ってるオーレリアさんは、そんな度胸のない人だったかなぁ」



 

 俺の言葉を聞いたオーレリアさんの顔色が変わる。

 サラが後ろから「そ、ソロさん…」と呟くが、俺は振り向かない。

 

 俺はまっすぐに彼女の瞳を見つめ返す。炎の様にゆらめく赤は、鍛冶屋さんが焚いていた火の色によく似ていた。

 

 

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