第三話 無法者



「お兄さん、新規の人?職業何?」

 

「……空欄」

「チッ、ハズレスキル持ちか。」



 冒険者ギルドに到着して数分経過。ここはゲーム内で使う自分の名前を登録し、プレイヤーとしての一歩を踏み出す場所だ。

 そしてても俺は先ほどからオンラインのプレイヤーに話しかけられては、不本意ながら全員に舌打ちされ続けていた。

どうやら職業はスキル依存らしい。空欄=外れスキルの認識が浸透しているらしく、いかにもファンタジーな様相な人達のしかめ面ばかりを拝まされていた。

 

「面倒くせぇですなぁ」

 

 思わず呟き、ギルドの受付NPCさんからもらった紙を眺める。

この感じだと初心者の俺は誰かと共闘するのは無理だろう。ハズレスキル持ちは冒険にやはり不利らしい。

 ……俺は仕事できてるから、別に構はしないが、こうあからさまに不快感を示されては嫌な気分にもなると言うもの。


 

 

 殺人事件が起こったのは、初心者の街から数10km先の大きな都会だ。

 仕事を成すにしても、俺のこの状態は早速詰んだと言える。政府からの依頼ならその辺設定して欲しかったと思ってしまう。仕事なら優遇してくれても良いと思うんだが。


 取り敢えず特別業務の勤務時間は決まっているから、それまでは俺もゲームをやるしかない。聞き込み調査くらいは出来そうだ……舌打ちされながらだと思うが。



  

 しかし、つくづく思う…このゲームは変わっている。チュートリアルがこの紙一枚という事に驚愕した。普通は弱いモンスターとシュミレーションなどで戦わせて、懇切丁寧に教えてくれる物だとばかり思っていたがそんな親切設計は存在しないようだ。


 冒険者の目的、と書いた紙には最低限の情報のみが記載されていた。ファンタジーらしく羊皮紙みたいな感触の茶色味がかった物だ。内容は…

 

 1 レベルを上げて次の街に行こう!

 2 クエストを履行して金を稼ごう!

 3 ギルド掲示板で依頼を受けよう!



 シンプルすぎる。金貨一枚と初心者用カバンを貰っただけで、NPCのお姉さんからは『頑張ってね!』しか言われてない。絶望なんだが。


 

 

 ふと、足元に小さな女の子が蹲っているのが見えた。頭の上に NPC:アリアーナ と文字が浮かんでいる。ゲーム内のキャラが、何故こんな所に居るんだろう?



「あの…どうかしたの?蹲って」

「NPCからの依頼を受けてくれる人がいなくて困ってるの」

「NPCからの依頼?」


 こちらに視線を遣さないままこくり、とうなづいた少女は立ち上がり、スカートの裾をポフポフ叩く。



 

「掲示板にも掲げてあるけど…冒険者は冒険者ギルドの依頼を受けて、褒賞を得るの。それがクエスト進行にも関わることが多いわ。

 NPCからの依頼はそれとは別で、街の困り事だから…お礼も明記されてないし、受けてくれる人がいなくて」

 

「なるほどな…血気盛んな奴が多いから街中の依頼は選ばれないのか」

「うん……」


 見た感じ六歳くらいの女の子の筈だが、やけに語彙力がある。設定がおかしい。俺のゲーム信頼度がどんどん減っていく。

 普通のゲームだとNPCからの依頼と言う物は、報酬はしょぼいのがセオリー。街中で手紙を届けたり、羊の毛を刈ったり、卵を拾ったりとほのぼのしたものが殆どのはず。

 

 あれ?俺にぴったりでは?


 


「討伐系もあるの?」

「ないよ。初心者の街だから」

「ふーん、じゃあやろっかな。俺多分戦闘不向きだし」

「ほんと!?お兄さん、私のも受けてくれる?」

「いいよ、何すれば良いの?」


 


 ニコニコ笑顔のアリアーナが「お財布無くしたの!」と大きな声で叫び、まぁまぁ大変なことが起きているが放置されてて、しょぼくれていたのだと知った。

 

 誰も受けないなら俺がやれば良い。どうせ街の外に出たとしても一人じゃサクッと殺されるのがオチだ。デスペナルティは仕事上最も避けて通りたい物だし。


 掲示板からNPC依頼のクエストを全部剥がしてポケットに入れた。



 ━━━━━━


「NPC依頼をこなして手に入れたモノ、それは小銭とポーションが沢山でしたとさ」


 まぁ、そんなもんだ。アリアーナの財布は見つかったし、羊の毛刈りは楽しかったし、喧嘩の仲裁は慣れてたから上手くできた。

 NPC依頼をこなすと次の依頼が伝書鳩によって届けられる。無限ループでそれをやり続け、そろそろ休憩しようと冒険者ギルドに戻ってきた。

卵三十個を拾うのはなかなか骨が折れるぞ。

 

 あれ…何故か先ほどよりも人が増えて、冒険社ギルドのロビーはザワザワしている。


 


「だから、チケット販売者が見つからないんだよ!」

「次の街へワープが出来ないと困る!」

「途中で出てくるモンスターの強さがおかしいんだよ!バグだろ!?」

「受付なんだからなんとかしろ!」


 

 冒険者ギルドの受付のお姉さんが冷や汗を流している。三角巾をして、茶色いくりくりロングヘアーに緑の瞳。そばかすを浮かべたその子はなかなか可愛い感じだが、たくさんのプレイヤー達に囲まれて怒鳴られて…怯えている様子だった。


 

「私はただの受付で、そう言った事は分かりかねます」

「はぁ?じゃあ上のもん出せよ!」


 

 わぁ、よく聞いたことのあるセリフだな。こういう人ってすぐ責任者出せって言うよな。


「そんなこと言われても…困ります…」

「泣けば許されると思ってんのか!?ふざけんなよ!NPCのくせに!!」


 大勢が一人の女の子を寄ってたかって責めるなんてみっともない。誰も彼女を助ける気配がないし…。受付の子はポロポロ涙をこぼし始めていた。

 仕方ない。こういう役回りは俺の人生に於いて不可避なんだ。転生したゲームでもそれは引き継がれるらしい。


 


「やめなって。この子はわからないって言ってる。怒鳴っても解決しないだろ」

「あ?なんだオメェ」

「しがない新規プレイヤーです。」


 一番前に立って大声で喚き立てる人に話しかける。かなりイライラしてるらしく顔が真っ赤だ。見た感じ剣士っぽい。

 大仰な鎧を着た男がガチャガチャ音を立ててこちらに向き直った。



「俺たちは隣町にいくための金が溜まって、チケットでワープするとこなんだよ。さっさと次に行かなきゃならんのにチケット屋が行方不明なんだ」

「事情はわかったけど、お姉さんは冒険者ギルドの人だ。チケット屋の行方を聞くなら違う人にすべきじゃないか?」


「チッ、情報屋も知らねぇのに他の誰に聞けってんだよ!ていうかお前、NPCに同情してんのか??」

 

「お姉さんが知らない事と、君が大声を上げることに何の因果がある?知らないって言ってるのに、恫喝すればお姉さんが情報を得るのか?君は自分の事情が理由で関係ない人に八つ当たりしてるだけだろ」


 


 あくまで声を荒げずに、端的に要件を伝える。役場の仕事ならもう少し丁寧にするけど…怒りの矛先を俺に変えるのが先決だから若干つっけんどんな言葉を使う。

 作戦はうまく行ったようだった。

鋭い視線と共に、男がずいっと歩を進めて近寄ってくる。


  

「はぁ?相手はNPCだぞ…お前、何言ってんだ?こいつらに人と同じ感情がある訳ないんだからいいんだよ」


「NPCだからって、泣いてる子に怒鳴るのは人としてどうかと思うよ。ゲームの中だってマナーやモラルは必要だ」

「チッ…クソ偽善者。お前だって隣町に行けないのは困るだろ?!」


「今のところ困ってないけど」



 周りの人たちと目の前の戦士はますます呆れた顔つきになり、はてなマークを一様に浮かべる。いや、困ってるけどね?庇った手前そう言わざるを得ない。

 観衆の注意が完全にこちらに釘付けになったところで、受付のお姉さんに目線を送る。勘のいいお姉さんは受付カウンターに『受付休止』の札を置いて、奥に引っ込んだ。

 


  

 

「あっ!!あんた、職なしの奴だろ!」

「あっ、そうだ…さっき話しかけたらそう言ってたな」

 

 周りの怪訝な目つきが嘲笑に変わった。やれやれ、何とも治安の悪いゲームプレイヤーが多いようだ。


 

「お前みたいな穀潰しが、良い人気取ってんじゃねぇ!」

「誰の穀潰しなの?俺は君に雇われてもないし、養われてもないけど」


「モンスターの一匹も倒せないような奴がナマ言ってんじゃねえ!」

「この街は初心者の街だからモンスターの侵入はないだろ。プレイヤーが街を守ってる訳じゃないし、モンスターを倒さなきゃいけないわけじゃない」

 

「……クソ、こんな奴と話しても時間の無駄だ!調査隊でも出すしかねーな…行こうぜ!馬鹿らしい!!」



 ザワザワした観衆たちは揃って嫌な表情を浮かべて去っていく。バカにしてる顔だな、これは。

 ふう、何とか切り抜けたようだ。面倒事にならずに済んでよかった。



  

「あ、あの…助けてくださってありがとうございます」

「んぁ…あぁ、たいした役に立たなくてごめんね」

「いいえ!助けてくださったのは貴方だけでしたから…本当にありがとうございます!」


 涙を拭きながら受付嬢さんがぺこりと頭を下げる。それに倣って頭を下げ、そのまま俺は倒れ込んだ。びっくりして目を見開こうとして、逆に瞼が閉じた。


 


「……え?何で?」

 

「だ、大丈夫ですか!?」

「…肩にこんな物が」



 背中側から女性の声が聞こえる。…何となく凛々しい感じだな?

そして俺に何が起きたんだ?体が痺れて動かないんですが。


 

「これは…痺れ矢です!」

「先ほど集まっていた冒険者が、放ったようだな…」



 なるほど、俺はやりすぎてしまったようだ。低い呟きと受付嬢さんの悲鳴を聞きながら、俺は意識を手放した。



 

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