第5話 くろねことおそうしき

 最後に通夜だとか葬式だとかに出たのはいつだっただろう。少なくとも母親が亡くなったときは家やら葬祭場やらに人を集めたりせず、読経と戒名だけを頼んで火葬と納骨を済ませたはず。


 会社勤めをしていたころも、女性だからという分かるような分からないような理由で、弔電やら香典やらの手配はしていたけれども実際に参列したことはなかったはず。色々とあって、親戚一同からも冠婚葬祭には顔を出すなと言われてきた。


 となると、中学のころに自宅で祖父の通夜だか葬式だかをしたのが最後か。あのときは、母が諸々の手続きをしたり、祭壇の設置を手伝ったり、親戚やら近所の人やらの対応をしたりでかなり憔悴していた。私も姉と一緒に関係性がよく分からない親戚やら、近所の人間やらに酒をついで回るのが苦痛で仕方がなかったのを覚えている。



 だから画面の中だけで全てが済んでしまうこの時代は、ある意味正しいのだと思う。



 ネットに繋いだテレビに、最後に見た生身の良子の笑顔、「このたびはお忙しい中お悔やみいただき、まことにありがとうございます」というお決まりの挨拶文、「ご弔問」と書かれたアイコンが表示されている。アイコンを選択して、氏名、住所、連絡先、お悔やみの言葉、香典の金額を入力送信すればこちらのすることは終わり。

 御霊前なのか御仏前なのか迷う必要も、新札を用意するのが失礼にあたるのか悩む必要も、焼香の回数が分からず焦る必要もない。ただ参列者向けのページに掲載されている思い出の写真達を眺めながら、個人を偲んでいればいい。


 死因は急性心不全だったらしい。なぜそうなったかの理由までは知らない。

 本当はキャラクターの挙動がおかしくなって見たことのないアイコンが表示されたとき、すぐに事態を予想できた。それでも、信じたくはなかった。ロボットかゲームか回線か、ともかく何か技術系のトラブルならいいと願った。

 


 画面上で色褪せた小学生の良子と私が小田原城をバックにピースサインを作っている。



 ゲームからログアウトして施設に連絡を入れると、対応をしてくれた職員さんはすぐに良子の様子を見にいってくれて、心肺停止の状態になっていると教えてくれて、通夜の連絡がすぐにいくだろうと教えてくれた。その声から一切の動揺は感じられなかった。施設ではこんなこと日常茶飯事なのだろう。



 画面上で色褪せた中学生の良子と私が桜の下で少し斜に構えたポーズを取っている。



 訃報を受け取ったのは、夜が明るくなって間もなくくらいの時間だった。届いたメッセージには通夜兼葬儀はWeb開催する旨、ページのURLと二次元コード、閲覧可能時間が記載されていた。それと目立つフォントで書かれた、自宅への弔問は控えてください、という言葉も。



 画面上で色褪せた高校生の良子と真由子と私が花のフレームの中で顔を寄せ合い笑っている。



 念のため真由子に自宅へ弔問するかどうかメッセージを送ってみた。ある程度予想はしていたけれど、返信はこなかった。きっと今は外出なんてしている場合じゃないのだろう。しばらくして落ち着いたら、どの辺りの施設にいるかくらいは連絡が来るはず。



 画面上で画質の荒い大学時代の私と良子と真由子が缶酎ハイを片手に笑っている。

 その隣に居るのは私と――。



 それにしても、アナログやプリントシールやいわゆるガラケー時代の写真まで、短時間でよく集めたものだと思う。ひょっとしたら、良子本人が事前に集めていたのかもしれない。あいつ人には厳しかったけれども、自分のこともかなりキッチリしていたから。ひょっとしたら息子さんとかお嫁さんに、「いい! この封筒のなかに遺影と参列者むけのページに使う写真とデータが全部入ってるから! 絶対になくしたり勝手に中をあけて順番をグチャグチャにしたりしないでよね!」、とか言って煙たがられていたかもしれない。



 画面上でフォーマルドレスを来た良子と真由子が笑っている。

 二人の間には新郎新婦の格好をした私たち。



 ――ピピピピピピ。


 電子音が鳴り響き画面から目を反らした。テーブルの上でデジタル時計が二十時を示している。

 念のためアラームを設定しておいてよかった。このまま朝になっていたかもしれないし。ひとまず初七日まではこのページをいつでも見られるはずだから、今は先にやるべきことを済ませてしまおう。


 タオルで顔をふいてからゴーグルを被り、「Last Rhapsody」にログインした。


「ふんふんふふふーん」


 目の前では相変わらず頭の上に刺々しいアイコンを表示させた良子が笑顔で鼻歌を歌っている。


「注意。このプレイヤーはゲームに復帰する可能性が極めて低くなりました。しかしながら、このプレイヤーはエグゼクティブプランに加入しているため、サーバーに過去の全てのプレイ記録が残されています。あなたは、それらの情報に基づいて作り上げたAIと一緒に、またこの世界を冒険をすることができます。それをするか否か決定する権限は、このプレイヤーによってあなたに与えられています」


 仰々しいメッセージもそのままになっている。


「回答期限はただ今より四千三百五十六時間後です。また一緒に冒険をしますか?」


 ただし、残り時間は着実に減っている。


 昨日聞いた話だと、たしかロボットが回収されると、利用者の情報を学習させたAIをインストールして世間に紛れ込ませるらしい。だからといって、利用者本人としてとして世に送り出すわけではないだろう。それに、もともと暮らしていた地域で活動させるとも限らない。そもそもこんな話、眉唾物の都市伝説だ。


「また一緒に冒険をしますか?」


 それでも表示されている「はい」というアイコンを選択すれば、AIとしての良子をこの世界に確実に残すことができる。


 人間と問題なく会話できるものや、本人の思考パターンを忠実に再現するものはもう十年以上前から登場している。だから、このキャラクターもきっとなんの違和感もなく冒険をしたり、他愛もない会話をしたりできるはず。それ自体は願ってもないことだ。だから、すぐに「はい」を選択すればいいだけのはずなのに。


「会いに来てくれるのなんて光くらいなんだから」


 不服そうで悲しげな呟きが鮮明に蘇る。

 

 私がログインしないと、良子はこのカフェでずっと待機することになるんだろうか?

 たとえば私が死んでしまったあとも、ずっと独りで。


「……ごめん。本当は今日中に決めようと思ったんだけど、やっぱりもう少しだけ考えさせて」


「ふんふんふふふーん」


「回答期限内にはちゃんと返事するから」


「ふんふんふふふーん」


「じゃあ、また今度様子を見に来るから」


「ふんふんふふふーん」


 楽しげな鼻歌が続くなか、メニュー画面を開いて「ログアウト」を選択した。目の前が徐々に暗くなっていき、くるみ割り人形の行進曲が流れるタイトル画面に戻される。


「本当にどうすればいいんだろうね?」


 問いかけてみも、白々と輝くタイトルロゴが答えてくれるはずもなかった。

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