傘もて帰る

鶴間(たずま)

ユンケルでも買うか

 今日は久々に泣かされた。

 だが、考えてみれば大学時代にも酒が入っていたとはいえ部活で泣かされてるた。

 そこまで久々ではないのかもしれない。


 涙をこぼしたり、泣き喚きこそしなかったものの、必死に堪えていた訳だ。

 いや、よそう。取り繕う必要はない。

 僕は泣いている。

 涙を流さなくても、必死に堪えているつもりでも、それは既に泣いているのだ。


 先輩と主任が何をするわけでもないが、最後まで一緒に残ってくれた。

 時には優しさが痛みになることを知った。


 タイムカードを押すのを忘れた。

 朝は雨が降っていた。

 真っ暗なフロアで傘がなかなか見つからない。

 主任は持ってなかった。

 とっくに雨は上がってて、街行く人も持っていない。

 湿った空気であった。


 皆んな通る道だ。

 10年後には終わらなかった仕事も笑い話に出来るようになるのだと、主任が笑った。

 僕は、1秒先の事で精一杯だと答えたけれど、本当は明日が来るのが怖かった。


 一人になった電車に座る。

 久々の友人からの連絡。

 職場の最寄りはどこだっけ?

 明日、夕方時間取れそうなんだけど。

 ごめん。

 無理だ。

 また誘ってくれ。

 少し近況を聞けた。とても救われた。

 たったこれだけがどんなに嬉しいか。


 帰った。

 ラップに包まれた夕飯の前に父がいた。

 禿げでも白髪が目立ち始める。

 スマホで将棋を指す父と、ポツポツと喋りながら冷めた夕飯を食べる。

 幸せを感じた。


 風呂に入って、明日までに仕上げなければならない。

 泣きたい。

 


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