第49話

結局、夏季休暇中にフェイと二人きりでデートに出掛けたのは一回だけだった。


何だかんだと理由をつけて父様だったり、ロー兄様だったりアリーが着いてきちゃったんだよね。

最初は父様⋯⋯着いてこようとする父様にフェイが顔を引き攣らせて抗議していたがスルーされていたな。

次はロー兄様⋯⋯あたかも当たり前のように誘導し、いつの間にか三人で楽しく街を回っていたわね。

そしてアリー⋯⋯『王都の街を紹介して』と王女に言われたら流石のフェイも断れなかったみたい。

まあ、それでも楽しかったのは事実だからいい思い出になったわ。


そして今日、初めて二人だけでお出掛けした。






「お、お嬢様!で、殿下が、フェリクス殿下がお見えになっております」


朝食をすませ、父様を見送りアリーと談話室で寛いでいるとメイドが慌てて飛び込んできた。


「フェイが?」


急にどうしたんだろ?

先触れもなく突然訪問してくるなんて何かあったのかもしれない。と、急いでエントランスに向かおうと席を立ったら『おはようルナ、アイリーン王女』とイタズラが成功した子供のような顔でサロンの入り口に立っていた。


「おはようフェイ。急にどうしたの?」


「突然訪問して申し訳ない。こうでもしないとルナと二人でデート出来ないだろ?」


「アイリーン王女、今日は邪魔しないでくれよ?」


「仕方がないわね。後でブラッディ様に自分で言い訳しなさいよ」


アリーが呆れたようにフェイに言った。


「じゃあ行こうか」


「え?こんな格好で?」


「そのままでいい。ルナは何もしなくても可愛いからな」


フェイは会う度に『可愛い』『綺麗だよ』って褒めてくれる。それが嬉しいけれど恥ずかしいとも思う。


どこにも出かける予定のなかった私は飾り気のないワンピースを着ていた。

よく見るとフェイも黒のズボンに白いシャツとラフな格好だった。


「どこに行くの?」


「秘密⋯⋯行ってみれば分かるよ」


そのまま手を引かれて談話室から出る時に振り向くとアリーが楽しんでいらっしゃいと手を振っていた。


待たせていた馬車も紋章や装飾が一つもない普通の馬車だったけれど、中はクッションはふかふかで乗り心地は最高だった。


フェイが連れて行ってくれたのは王都の端にある王家の離宮で、それは周りを森に囲まれた場所にひっそりと佇んでいた。


「こっちだルナ」


中を案内してくれるのかと思えば私の手を引いて森の奥に向かって歩きだした。

森を抜けると⋯⋯言葉が出ないってこんなことを言うのね。


そこには太陽の光を反射してエメラルドグリーンの美しい湖がキラキラと輝いていた。


「キレイ~」


「ここは見る場所によって色が変わって見えるんだ。少し歩こうか」


フェイの言ったことは本当で湖の周りを散歩するとエメラルドグリーンからコバルトブルーに、コバルトブルーから濃い青色、薄い空色、淡い紫色⋯⋯と次々に変わっていく不思議な湖だった。


「ずっと前から俺のお気に入りの場所はここだ」


紫色だ。


「ルナの瞳の色だ」


え?

突然どうしたの?

そんなに真剣な顔で見つめられると目を逸らせなくなる。


「⋯⋯俺は7歳の時に一度会っただけのフローラのことを好きになった。10歳の時に婚約者が出来てもフローラを忘れられなかった。14歳の時にフローラが亡くなったと聞いてどれだけ後悔し絶望したか。15歳で婚約は無くなったが、もう誰も受け入れられないと思った。17歳でフローラがルナフローラとして俺の前に現れた時どれだけ神に感謝したことか。⋯⋯俺はルナが好きだよ」


「⋯⋯フェイ」


「今は返事はいらない。ルナを困らせるために告白したわけじゃないからな。ただ俺のこの気持ちを⋯⋯真剣にルナを愛している俺がいることを頭の片隅にでも覚えていてほしいんだ。返事はいくらでも待つ。何年でも待てる。⋯⋯もし、もしルナの気持ちが俺に向いた時はプロポーズするよ。⋯⋯俺はルナを愛している」


今の私はどんな顔をしている?

真っ赤になっているのは分かる。

心臓がドキドキとうるさくてフェイに聞こえてないか心配になる。

繋がれている手が汗っぽいのは私?それともフェイ?


「わ、私⋯⋯」


私の今の正直な気持ちは⋯⋯


「私はフェイの隣に私ではない女の人がいるのは嫌だと思ったことがあるの。フェイの隣には私がいたいと思っている。この気持ちが我儘なのか独占欲なのか⋯⋯。でも、私もフェイが好きだよ。この気持ちがフェイと同じ気持ちなのかどうかまだ分からないの」


「それでいい。それが聞けただけで何年でも待てるさ」


そう言って微笑んでからまた歩き出した。


うん、真剣に考えよう。

でも、フェイの隣にずっといたいと思っている時点で私の心は決まっているのかもしれない。

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