第29話
つまんない⋯⋯
始業式の日は晴れていたのに、この一週間ずっと雨が降り続けているからお気に入りの場所に行けない。
そんな時は図書館に行くようにしている。
雨だと行ける場所は限られているから。
だから未だに学園では新学期が始まってから『フェイ』には一度も会えていない。
時間が経てば経つほど『フェイ』という呼び名が懐かしく感じるのは気の所為だろうか?
そう、気の所為よね。だって私には同じ年頃の子に会う機会がなかったのだから⋯⋯
ぼんやりとそんな事を考えながら歩いていたからか横から人が出てきたことに気がつかず、ドンッとぶつかってしまった。
「す、すみません」慌てて頭を下げると私を気遣った優しい声が聞こえた。
「ごめんね。僕も気づかなくて。大丈夫かな?怪我はない?」
顔を上げると目の前には薄い茶色の髪に瞳は黄色。
柔らかい口調と優しそうな顔立ちの美形が立っていた。
「はい大丈夫です。貴方はどこもお怪我をされませんでしたか?」
「僕は男だよ。女性とぶつかったぐらいで怪我をするヤワな男じゃないよ。⋯⋯まあ僕の見た目はひ弱に見えるかもしれないけどね」
気さくにおちゃらけるように言う彼は確かに長身だけれど父様のように硬い筋肉はついていない⋯⋯と接触したから分かる。だからといって余分な脂肪はついていなさそうだ。
この顔で話術も豊富そうな彼は女性にモテそうね。
まあ、私には関係ないけど。
怪我をしていないのなら謝ったことだし予定通り図書館に向かうことにした。
「それでは失礼します」
「あ!待って!名前ぐらい教えて欲しいな」
ああ⋯⋯名前ね。
「ルナフローラ・ランベルと申します。それでは」
まだ何か言いたげな彼にもう一度失礼しますと言って図書館に向かった。
この学園は学年ごとに男子生徒ならネクタイ、女子生徒ならリボンで色分けされている。
彼は青色だから二年生。
私は赤色だから一年生。
『フェイ』は三年生だから緑色ね。
何となくあの場所に行けば『フェイ』が待っているような気がする。⋯⋯明日は晴れたらいいな。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
~フェリクス『フェイ』視点~
流石に雨の日はここに来ないよな。
それにしても何時になったら雨が止むんだよ。
もう一週間も降り続けている。
俺は始業式の日もここに来た。
昼休憩がないから来ないだろうなとは思ったが、少しだけ期待したのは仕方がない。
だってそうだろ?
死んだと思っていた初恋の子が生きていたんだ。
じっとなんかしていられない。
休暇中も何度ランベル公爵家に突撃しようとしたことか。
だが、叔父上にルナのデビュタントの次の日に脅されたからな⋯⋯
俺が物心ついた時には叔父上はこの国には居なかった。
四年前に隣国のカクセア王国から帰国し会ったのが初対面だった。
俺の持つ色とは全然違うが血の繋がりを感じた。
当時13歳だった俺は叔父上の何もかもを諦めたような目が気になった。
せっかく綺麗な紫色なのに⋯⋯フローラと同じアメジスト色なのに勿体ない。
寡黙で愛想笑いもしない、近寄り難い叔父上の目に生気が見えたのはそれから一年ほど経ってからだった。
突然臣籍降下すると言い出し、半年後には隠していた娘と一緒に暮らすと王宮から出ていった。
なぜ叔父上とフローラの瞳が同じ色だったのかを知ったのは、あのデビュタントの夜父上にルナフローラへ婚約の申し込みの許可を貰いに行ったからだ。
俺がずっとフローラを思い続けていたことを知っていた父上は、なぜこの国の王子が隣国に行くことになったのか原因を教えてくれた。
そして、フローラがスティアート公爵に助けを求め保護されるまでフォネス伯爵家でどんな扱いを受けていたのか。
身体中傷だらけだったそうだ。
フローラの名がルナフローラに変わっていた理由も分かってしまった。
「辛い思いをしてきたルナを俺が必ず幸せにします。だからルナを俺の婚約者に!」
だが父上の返事は否だった。
反対された訳では無い。
王族の権力を叔父上やルナに使いたくないからだと。
それに父上は叔父上の命を狙う黒幕がいると確信しているような事を言っていた。
それがルナにまで殺意を向けられたら?
また、ルナを失ってしまったら?
「お前は強い。だがまだ足りない。ルナフローラが大切なら守れるだけの力をつけろ。やり方はルナフローラの傍に居られなくても知っているだろ?そしてアイツに認めてもらえ」
ああ父上の言う通りだ。
やっと冷静になれた。
優先するのは俺の気持ちなんかじゃない。
ルナが生きて笑っているのならそれでいいじゃないか⋯⋯
だけど見守ることぐらいはさせてくれ。
やっと会えたんだ。
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