乳殺のナオ
惣山沙樹
乳殺のナオ
都内ではありふれた安居酒屋。そこに今日初めて顔を合わせた男女の姿があった。
「ユウキくん、何にするのぉ?」
「ぼ、ぼくは生ビールかな。ナオちゃんは?」
「あたしも♡ あたしもナマにする♡ ナマ、だぁい好き♡」
ユウキは圧倒されていた。カウンターにずしりと乗ったナオの爆乳に。ナオは薄いピンク色のブラウスを着ており、そのボタンは今にもはち切れんばかりだった。
「はぁい♡ かんぱ〜い♡」
「乾杯……」
二人はマッチングアプリで知り合った。メッセージのやり取りを何度か交わし、ナオの方から会いたいと申し出たのだ。
「えっと、ナオちゃんは何食べたい?」
「なんでも食べちゃう♡ でも、熱いのが好きっ♡ 熱いの♡」
「そうだね……サイコロステーキとか、ポテトとかはどうかな?」
「んっ♡ それがいい♡」
この店のカウンター席は狭かった。ユウキは自分の肘がナオのたわわな胸に当たりやしないかとヒヤヒヤしながら、タブレットを操作していた。ナオはぐびぐびと喉を鳴らしながらジョッキを傾けていた。
「ねぇ、ユウキくん♡ アレ……本当だよねっ?」
「アレ……?」
「小声で言うから、耳近付けて♡」
ユウキはタブレットをカウンターに置き、こわごわと身体をナオの方に寄せた。ナオは囁いた。
「ユウキくん♡ 童貞、だよね♡」
みるみるうちに顔を赤くしたユウキ。彼がこくりと頷くと、ナオは満足そうに口角を上げた。
ナオのマッチングアプリのプロフィール欄にはある文言があった。
――童貞くん募集します。
それにまんまと釣られたのがこのユウキであった。彼は現在二十九歳。もう少しで魔法が使えるようになってしまうかもしれないお年頃だった。
「嘘、ついてないよね♡ 本当だよね♡」
「うん、本当だよ……」
「良かったぁ♡」
ユウキは視線の端でナオの顔を盗み見た。彼の基準でのグッド、ベター、ベストで表すならベストである。ベストなお顔立ちである。末広型の二重まぶたに小さな鼻、ぷるんとした分厚い唇。ナオは紛れもなく美女であった。
「わあっ♡ たくさん届いたぁ♡」
ユウキは四品ほど注文していた。その中のフライドポテトをナオは一本指でつまんで取り、ユウキの口に近付けた。
「はい♡ あ〜ん♡」
箸ではない。指である。そのことにユウキは動揺したが、勢いに飲まれてぱくりと口を開けた。
「ん〜♡ 美味しいねぇ♡ 美味しいねぇ♡」
それから、ユウキの記憶は鮮明ではない。酒にそう強くないのにも関わらず、生ビールばかり五杯飲み、店を出た時にはフラフラになっていた。
「ユウキく〜ん♡ 大丈夫ぅ?」
「あっ……うん……大丈夫……だよ……」
ナオはユウキの腕に手を絡めた。
「ナオ、ちゃん……?」
「あたしのうち、近いのぉ♡ ねぇ、行こっ♡ 行こっ♡」
そうして、ユウキはナオの住むワンルームマンションに連れてこられた。白を基調とした家具が揃えられており、ベッドシーツは淡いオレンジ色だった。
ユウキとナオはベッドに腰掛け、見つめ合った。
「いっ、いっ、いいの、ナオちゃんっ」
「うんっ♡ ほぉら、これが見たかったんでしょう♡」
ナオはブラウスのボタンを上から一つずつ外していった。二つ目でブラジャーの中央についたリボンが見え。四つ目で白いお腹があらわになり。
「おっ、おおっ……」
そしてとうとう、ナオはブラウスの前を完全に開けた。
「なんて綺麗で……おっきくて……いい匂いのするおっぱいなんだ……!」
「触ってもいいんだよ♡」
ユウキは夢中でナオの胸を鷲掴みにした。ブラジャー越しではあったが、その弾力をたっぷりと味わうことができ、ユウキの火山は噴火寸前であった。
「はぁっ、はぁっ、ナオちゃんっ」
「ねぇ♡ 顔、うずめたいよね? うずめてみたいよね? いいんだよ? ほらっ♡」
「はぁ〜ん!」
ユウキはナオの言葉通りに、顔から胸に突っ込んだ。ユウキの脳裏を駆け巡ったのは、ここから始まるロマンティックだった。もう止められない止まらない。
――ぼくは今夜、童貞を卒業する。さよなら、昨日までの自分!
しかし。
「はい♡ 嬉しいねぇ♡ じゃあ、嬉しくて嬉しくてたまらないうちに死んじゃおうねぇ♡」
ナオは物凄い力でユウキの頭を自分の胸に押し付けた!
「んんっ! んー!」
ユウキの鼻と口は完全に塞がれてしまった。空気を求めてもがく、もがく! しかし、ナオの力はどんどん強くなっていった!
「あはっ♡ 死んじゃえ♡ 死んじゃえ♡ えっちなえっちなHカップのおっぱいに溺れて死んじゃえ♡」
そして、ユウキは事切れたのであった。乳殺である。
「良かったねぇ♡ 良かったねぇ♡ 大好きなおっぱいに殺されて幸せだったね、童貞くん♡」
それから、ナオは電話をかけた。
「お兄ちゃ〜ん!」
しばらくして、兄の
「
「だってぇ♡ うずいてうずいて仕方なかったんだもん♡」
ナオの本名は久子であった。古臭い字面と響きが嫌で「ナオ」と名乗っていた。
「はぁ、久子……これで何人目か覚えてるのか?」
「わかんなぁい♡」
「二十二人目だぞ。サッカーの試合ができる」
「じゃあ控えも必要だよね♡」
「また殺るのか?」
「うん♡ ターゲットは決めてる♡」
信夫は手慣れた様子で持ってきた寝袋にユウキの死体を入れていった。ナオは呑気な顔でタバコを吸い始めた。
「久子、せめて来月にしてくれよな。埋めるのもうしんどいんだよ」
「わかったぁ♡ 我慢する♡」
ナオはどうしようもない殺人鬼ではあったが、信夫にとっては可愛い可愛い妹だった。ナオの望みなら何でも叶える。それが信夫の生きがいであった。
「じゃ、さっさと埋めてくるよ」
「お願いね♡」
信夫はユウキの入った寝袋を担いで出ていった。タバコを吸い終えたナオは、ベッドに寝転がり、新しくメッセージのやりとりを始めた童貞に返信をするのであった。
乳殺のナオ 惣山沙樹 @saki-souyama
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