Our Mother's Day

これ@5/19文フリ東京38う-14

第1話 空港、松山城、鯛めし



 搭乗口を出ると、お母さんは大きく身体を伸ばしていた。二時間以上座席に座りっぱなしだったから、少し身体が固くなっていたのだろう。


 私もふぅと息を吐く。ロビーにはたった今飛行機から降りた人々が、あっちにこっちに行き交っていた。


「よかったね、愛花《まなか》。無事に着けて」


「うん。お母さん、ちょっと心配してたもんね。万が一のことがあったらどうしようって」


「だって、私飛行機に乗るのすごく久しぶりだったんだから。しょうがないでしょ」


 お母さんの声には、隠しきれない安堵が滲んでいた。その気持ちは私にも分かる。いくら安全を謳っていても、そういった事故は全国を見回しても一年に一回起きるかどうかでも、もしものことがあったらどうしようという思いは、ここに到着するまでなかなか拭えなかった。


 だから、私も安心したように「そうだね」と言える。表情も微笑めていればと思う。


「愛花、ありがとね。今日旅行に連れてきてくれて」


 ロビーを見回して、お母さんがしみじみと言う。


「いや、早くない? まだ着いたばかりなんだよ?」


「ううん。愛花が一緒に旅行行こうって言ってくれたこと自体が、私にはすごく嬉しかったから。こうして一緒にいられるだけで、私は幸せだよ」


 何の衒いもなく直球を投げ込んでくるお母さんに、私は思わず照れそうになってしまう。


「まあ、ここまで育ててくれた恩もあるしね。それにここ数年、母の日は何もできてなかったから。今回の旅行は数年分の私からのプレゼントだよ」


 私がそう言うと、お母さんは頬をさらに赤く染めた。少し皺が寄り始めた顔が、こそばゆい思いを抱かせる。


 私も照れ隠しのように「ほら、荷物取り行こ」と口にする。手荷物受取所で一泊二日の国内旅行には少し大げさなスーツケースを受け取ると、私たちには少し手持ち無沙汰な時間が訪れた。空港から市内中心部に向かうリムジンバスの出発までには、まだ二〇分ほどある。その間をどう過ごすか。


 お母さんがにこりと笑う。その答えを持ち合わせているかのように。


「ねぇ、愛花。せっかく愛媛に来たんだし、まずはみかんジュース飲んでこうよ。ほら、蛇口から出るみかんジュース、有名じゃない」


 ワクワクした様子で言ったお母さんに、私も頷いた。


 この松山空港にはお母さんの言う通り、ひねるとみかんジュースが出てくる蛇口がある。幾度となくメディアで取り上げられているから、その知名度は説明が要らないほどだ。


 手荷物受取所を出ると、左手に目立つオレンジ色の装飾が見える。愛媛一の名産品であるみかんを前面に押し出したその店構えは、ロビーでもひときわ目立っていた。店頭には人だかりができていて、みんな考えることは一緒なのだなと感じる。


 そして、その間から覗く蛇口に、私たちは吸い寄せられるように向かっていった。オレンジの断面から突き出た蛇口は、物珍しいの言葉に尽きる。お母さんも「本当にあるんだ」と若干興奮気味だ。


 私たちは店員に三五〇円を支払って、少し大きめの透明なカップを受け取る。そして、蛇口にできている短い列に並んだ。


 列はあっという間に進んで、すぐに私たちの番になる。私はまずお母さんに順番を譲り、その側で再びスマートフォンを構えた。お母さんが「いくね」と言って蛇口をひねると、本当に蛇口からは眩いほどのオレンジ色をした、みかんジュースが流れ出した。


 今まで見たことがない光景を、私はお母さんと一緒にスマートフォンのカメラに収める。お母さんは、とても嬉しそうだった。


 私も蛇口をひねり、やっぱり出てくるみかんジュースに驚く。


 そして、カップの八分目ほどまでみかんジュースを注いだ私たちは、次に待っている人たちのために蛇口から離れた。適当な場所を選んで、お母さんと一緒にみかんジュースを口にする。


「紅まどんな」という愛媛特有の品種のみかんを使用したジュースは、甘くてまろやかな口当たりの中に酸味のアクセントが効いていて、想像した以上の美味しさだった。思わず目を見開いてしまいそうになるほどだ。


 お母さんも「美味しいね」と微笑んでいる。良いスタートが切れたことに、私は実りの多い旅になるような予感がしていた。





 松山空港からリムジンバスに乗って、私たちは一路市街地を目指す。


 途中まではお母さんと話したり、スマートフォンを見たりしていたのだが、市街地に入ると私はお母さんと一緒に窓の外に目を向けていた。


 初めて訪れる街の風景は、私の目にも新鮮に映る。知らない街を知らない人が歩いているだけで、旅に出た実感があった。


 いくつかの停留所を経て、私たちは終点である道後温泉駅でバスから降りた。


 白色の明治時代の洋館を模したような駅舎。その近くには、かの有名な夏目漱石の小説『坊っちゃん』にも登場した蒸気機関車のモデルがある。街に目を向ければアーケードの先にいくつものお店が軒を連ねているのが見えるし、広場にある背の高いカラクリ時計には多くの人が集まっている。何より湯気にも似た「温泉街」の空気を、私は肌で感じた。


 お母さんもパンフレットや写真の中でしか見たことがない景色を、実際に自分の目で見られて感慨深げだ。


 私たちは道後温泉に来た記念に、まず駅舎をバックにして二人で写真を撮った。お母さんはいつ覚えたのか、自撮り棒まで使っていた。


 他にもいくつか街の写真を撮りながら、私たちはまず今日宿泊する旅館へと向かう。駅からまっすぐ進んだ坂道の途中にある旅館だ。道後温泉の中でも、随一の歴史の長さと知名度を誇る代表的な旅館と言っていい。


 ロビーに入ってまっすぐフロントへと向かう。今はまだ午前中だから、チェックインはできない。でも、荷物は預かってくれるようで、私たちは財布やスマートフォンといった貴重品以外、キャリーバッグをフロントに預けた。


 すると、私たちは一気に身軽になる。これで観光にも支障なしだ。


 荷物を預けた私たちは再び駅方面、道後温泉の入り口に戻った。道後温泉はまた後で周るとして、私たちは駅舎をくぐって伊予鉄道に乗った。


 実家の近くにはない路面電車に、お母さんはワクワクする気持ちを隠しきれてはいなかったし、それは私も一部分では同様だ。オレンジ色が眩しい車両が現れると、お母さんはすかさず写真を撮っていた。


 路面電車に揺られること一〇分あまり。私たちは大街道駅で降車した。松山市の中心部であるここは店も人通りも多く、とても活気づいている。


 私たちはアーケード街に背を向けるようにして、スクランブル交差点を渡った。そのまままっすぐ歩いていく。この先には松山城に繋がるロープウェイがある。旅の最初の目的地だ。


 大街道駅から松山城の入り口へと通ずる道は、ロープウェー街と呼ばれていて、またいくつものお店が立ち並んでいた。その中には郷土料理店もあって、松山城を見終わったらここでお昼ご飯を食べようねと、私たちは話す。


 五分ほど歩いたところで、ロープウェイ乗り場に辿り着く。一〇分おきに運行するロープウェイはちょうど出発するところで、私たちはタイミングよく乗りこめていた。


 ロープウェイが時折車体を揺らしながら、山を登っていく。ロープウェイ乗り場、そしてその先の街が少しずつ小さくなっていく。


 私たちはその貴重な時間をゆっくりと味わって、終点の長者ヶ平駅に着いた。開けた景色の先に、石垣と天守の先端が見える。


 私はお母さんを軽く気遣いながら、天守閣に向けて坂を登り始めた。お母さんはまだまだ足を悪くするような年齢ではないけれど、坂は上に向かうほど勾配が急になっていて、心配せずにはいられない。


 でも、お母さんは「大丈夫大丈夫」と言っていたし、実際きつくしている様子はあまりなかった。だから、私もゆっくりとではあったが、着実に坂を登ることができる。


 重要文化財にも指定されているいくつかの門をくぐって、さらに登ると私たちは開けた広場に出た。青々とした葉桜を見上げると、その先に天守閣がもう目の前まで迫ってきているのが見える。


 少し息は上がっていたけれど、私たちはもうちょっとだと励まし合い、ロープウェイの駅から一〇分以上をかけて、天守閣の前に辿り着く。日本のお城と言われたら誰もがイメージするような、荘厳な佇まいは迫力に満ちていて、見上げた私たちは思わず息を呑んだ。


 例によってお母さんと天守閣をバックにして二人での写真を撮ってから、天守閣の観覧きっぷを買いに行く。二人分の観覧料一〇〇〇円あまりを私の財布から出して(この旅行はお母さんをもてなすのが最大の目的だ)、私たちは改めて天守閣へと向かう。


 地下一階にある入り口で土足からスリッパに履き替えて入ると、既に中には多くの人がいた。外国人観光客の姿もちらほらと見え、ゴールデンウイークが終わってもなおこれだけの人がいることに、やはり人気の観光地なんだなと思わずにはいられない。


 急な階段を一歩一歩確かめるようにして上ると、一階には日本刀や甲冑といった数百年前を思わせる展示物が展示されていた。


 城内は思っていたよりも広かった。一般的な天守閣は籠城のときにしか使われず普段の生活には適さないのだが、この松山城は普段から人が住みやすい空間として設計されているらしいから、それが理由なのかもしれない。


 人が行き交うことにも何の支障もない城内で、私たちは展示物の一つ一つに目を通す。写真撮影は許可されていたが、なんとなくスマートフォンを構える気には私にはならなかった。


 天守閣の最上階へと向かう階段はやはり急で、上るのに時間がかかるからか、その前には小さな列さえできていた。お母さんとそれと自分の心配もしながら、私たちは最上階に辿り着く。そして、私たちはまっすぐ部屋の端へと向かった。


 窓に遮られることなく一望できるのは、松山市の街並みだ。建物が米粒みたいに集まっていて、遠くには背の低い山々もはっきりと見える。今日は雲一つない青空だったから、眺めの良さも抜群だ。


 私たちは突き動かされるように、街並みを写真に収める。東京タワーにもスカイツリーにもそれぞれ一回しか上ったことがない私には、開けた気持ちのいい光景は新鮮に映った。


「良い眺めだねぇ」と思わず呟いたように言ったお母さんに、私も頷く。たとえ一〇分かそこらでも、山道と急な階段を登った甲斐があった。


「気持ちいいねぇ。こんなに良い景色を見てると、日頃の些細なことなんてどうでもよくなっちゃうねぇ」


 しみじみと言うお母さんに、私も「うん、そうだね」と頷いたが、心では完全に同意しきれていなかった。


 確かに良い眺めだが、それによって日頃のストレスや艱難辛苦が消え去るわけではない。東京に帰ったら、私はまた今まで通りの日々を過ごさなければいけないのだ。


 今は旅行のことだけを考えていたかったけれど、それは私には難しかった。誰も待っていない一人の部屋を想像すると、少し気が重くなってしまう。


 それは穏やかな表情をしているお母さんや、見晴らしの良い景色にはまったく不釣り合いだった。





 ゆっくりと城内や眺望を楽しんで松山城を後にした私たちは、ロープウェイ乗り場から降りると、先ほど行こうと話していた郷土料理店へと向かった。


 市街地の中にあるそのお店はやはり混んでいたが、それでも昼のラストオーダーの時間までには席に着くことができる。


 私たちはメニューを見ながら軽く話すと、同じ料理を注文した。愛媛名物・松山鯛めしの御膳だ。


 時刻はもう午後の二時を過ぎていて、飛行機の中で朝食に軽くコンビニのパンを食べただけで腹ペコだった私たちには、注文してから五分と経たずに御膳の前菜がやってくるのは、ありがたいという言葉に尽きる。


 愛媛名産の白鯛で出汁を取った鯛そうめんに鯛のお刺身、てんぷらにお新香などのいくつかの小鉢がついていて、これだけで軽くお腹を満たせそうだ。


 一つ残らず美味しい料理に私たちが舌鼓を打っていると、鯛めしは二〇分もしないうちに運ばれてきた。鯛の切り身が二つ乗った炊きこみご飯は、出汁のほのかな香りがさらに食欲をくすぐる。土鍋に入っていることも特別感を掻き立てる。


 早く食べたい私とは対照的に、お母さんはまた写真を撮っていて、その姿は他の人たちからはもしかしたら、「普通逆だろ」みたいに思われていたかもしれない。


 でも、私はお母さんに注意をする気にはならなかった。この旅行はお母さんのためのものだ。お母さんの好きにさせておくのが一番だ。


 私たちは改めて小さく手を合わせてから、鯛めしをいただく。鯛の身は少し箸を入れただけで、簡単にほぐれた。


 鯛の身とご飯を一緒にいただくと、かぐわしい出汁の香りが口いっぱいに広がる。鯛の脂がじんわりと溶け出していく感覚に、心も表情もほぐれる。どんな状況でも美味しいものはやはり美味しく、私は思わず「美味っ」と漏らした。


 お母さんが私を見て、にっこりと微笑む。「本当に美味しいね」と言われて、今度は心から頷くことができる。


 美味しさが嘘をつくわけがなかった。



(続く)

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