第27話 ファステン前侯爵

 無事、王家とクリスの再会を果たした私たちは翌日ファステン前侯爵である祖父を訪ねた。

 緊張に少々青ざめたクリスを励ますようにそっと手を握ると、驚いた顔を一瞬私に向けて、眉尻を下げながら微笑んだ。

 「大丈夫よ、怖い方ではないから」

 「そうは言ってもね」

 前日に今日の訪問を知った陛下と王妃殿下に散々脅されたらしいクリスがふるりと身震いする。

 陛下の教育係でもあったファステン前侯爵は家督を叔父のファステン侯爵に譲って尚権威を失わない私の祖父でもある。

 「大丈夫ですよ、そもそも義兄さんを義姉さんに充てがったのもファステン前侯爵ですし」

 サミエルが助け船を出すが、逆効果では?と思ってしまう。

 後妻の息子であるサミエルは祖父をファステン前侯爵と呼び、決してお祖父さまとは呼ばない。

 そのこともクリスが緊張を解かない理由だろう。

 通された中庭の四阿で私たちは祖父を緊張しながら待っていた。


 「待たせたね」

 中庭に姿を見せた老紳士は歳を一切感じさせない風情で四阿まで来るとクリスを見た。

 「良い顔になったじゃないか」

 口髭をひと撫でして目を細めた祖父が立ちあがろうとした私たちに手を出して制すると空いた席に座った。

 「お久しぶりです、お祖父さま」

 「元気そうで何より、式には行けず悪かったね」

 「とんでもない、距離もありますから」

 「そうは言うが、まあいい」

 幾らお元気とはいえ、片道に七日はかかる距離。

 早々足を運ばれてはこちらも心配になる。

 「こちら、手土産がてら僕と義兄さんが今手掛けている通信魔道具です」

 サミエルが通信魔道具を取り出しテーブルに置いて説明すれば、お祖父ざは興味深そうにサミエルの話を聞いている。

 「これは、広く実用化されれば生活が変わるな」

 「はい、まだまだ課題も多いので直ぐに実用化とはいきませんが」

 「いや、充分だろう、ふむ、なら私も一枚噛むかね」

 そう言いながら背後に控える執事であるセバスの息子に合図をすると、小切手を出してきた。

 さらりと迷うことなく数字を書いてサミエルに渡すとクリスに目を向けた。

 「カルバーノは君の気質に合うだろう?」

 「は、はい、色々な勉強も刺激もあります」

 「一時期、あの坊主が頭を抱えて相談しき来た時はどうしたものかと思ったがね」

 あの坊主?

 私と同じくクリスも首を傾げた。

 「陛下だよ」

 小声でサミエルに言われてハッとする。

 「さて、サミエルの婚約祝いもある、晩餐の準備もしている、三人とも会わなかった間の話を聞かせてくれ」

 そうお祖父さまに促され、私たちは春以降のカルバーノで起きた色々な話をお祖父さまに話して聞かせた。


 カルバーノに新しく導入した電気柵や消波ブロック、輸入を始めた絹や販売を始めた炭酸水、また今回の通信魔道具に魔銃の話と尽きない話をしてファステン前侯爵邸からタウンハウスへ帰ったのはすっかり夜も更けてから。

 その間久しぶりに会ったレスターと父であるファステン前侯爵家の執事長もそれなりに会話を楽しんだらしい。


 「明日からの予定だけれど」

 集まったサロンで私が話し始めるとクリスとサミエルが私に注視する。

 二人の顔を見てひとつ頷いてから私が話を切り出した。

 「私は明日は在学中の友人とのお茶会、明後日はこちらで世話になっている貴族家への顔出し、明々後日は学園での同期たちと会うことになっているわ、明々後日はサミエルも一緒ね」

 「そうですね、明々後日は僕と義姉さんはクラス会に、明日は平民の友人たちと紳士会が、明後日は貴族の方の紳士クラブですね、合間に商会の支店に顔出しですが、それも僕だけで事足りるかと」

 「何もないのは私だけかな?もし問題がないようなら明日明後日はリオと一緒して良いだろうか」

 眉尻を下げたクリスが申し訳なそうに口にする。

 「明日は大丈夫ですが、明後日はクリスは大丈夫ですか?恐らく良い思いはしないでしょう?」

 サミエルも心配そうにクリスを見る。

 「どうだろう、それこそ私が行けば相手の心根もわかるだろう?」

 「明日は私の友人ばかりなので寧ろ歓迎してくれるでしょうが、明後日は少し考えてください」

 「うん、無理強いするつもりはないから、けれど何処かでやらなければならないからね、早いか遅いかの違いだし、どのみち年末の夜会では針の筵だろうからね」

 笑っているけれど笑い事ではないのよね。

 明日の茶会でどうにかクリスの印象を良くしておけば明後日の一部は大丈夫かしら。

 サミエルの方に行かせるには少しどころではなく不安ですし。

 「気を使わせてすまない」

 「それはもう今更仕方のないことですから」

 「その後になれば僕や義姉さんと商会関連の仕事があるから、義兄さんも暇はなくなるよ、夜会が終わればすぐカルバーノに帰るしね」

 サミエルがそう締めて、私たちは互いに寝室へ向かった。

 

 夫婦であるのだからと寝室は同じ部屋にしたため、通学していた頃は一人で使用していた部屋にクリスが居る。

 妙な感覚だ。

 ベッドに腰掛けながらクリスが小さく呟いた。

 「クラス会、か」

 「特別クラスにはないんですか?」

 クリスが顔をあげて首を傾げた。

 「聞いたことがない」

 「なるほど、高位貴族の子息女ばかりですから態々集まらなくても王宮で会えますからねえ」

 どうやらクラス会は一般クラスのみの習慣らしい、卒業した後に夜会の時期に合わせて行う前世的に言えば同窓会のようなもの、実際には情報交換が主な社交。

 こういう時でしか末端の領地の話を直接耳にするのは難しい。

 天候や災害、事故や魔獣被害などもだが誰かの婚姻や出産などもそう。

 年に一度、一般クラスならではといったところ。

 「明々後日はどうされます?」

 「うん、さっきジオから連絡があったんだ、話があるらしい」

 「そうですか、なら大丈夫ですね」

 返事はなく、クリスは黙って微笑んだ。



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