第28話 友人たち友人だったものたち
久しぶりに会う友人たちのために、今回は少しばかり無理をして保冷の魔道具に入れた瓶詰めの炭酸水を用意した。
さらに今年売り出している絹織物を使ったリボンとハンカチ、それらを馬車に積み込み別の馬車にクリスと乗り込む。
サミエルは早朝から商会に寄って向かうらしく朝食を慌ただしく食べて直ぐにでかけてしまった。
私たちは午後からの予定だったため午前中は王都に来ていると知った知人たちからの手紙の整理をしていた。
お茶会の会場になったのは下級伯爵家の令嬢宅、領地を持たない伯爵家は父親である伯爵が商会を、嫡男が文官として王宮に入っている。
友人はこの伯爵家の長女でいずれ商会を継ぐことになっていて、現在は彼女も商会の仕事を手伝っている。
そのため私も頻繁に彼女とは手紙をやり取りしているので、今回手土産にした炭酸水も絹織物もセールスの一環だったりする。
迎えに出た執事に案内されてこじんまりとしながらも良く手入れされた庭に用意されたテーブルに案内された。
「ああ!お久しぶりです!」
「ミネルバさま、お久しぶりです」
伯爵令嬢であるミネルバさまを筆頭に集まった参加者に挨拶をしてクリスを紹介する。
「皆さんご紹介しますね、私の夫です」
「クリストファー=カルバーノです、よろしく」
にっこり笑えば訳を知る友人たちがきゃあきゃあと控えめにはしゃぐ。
「ご結婚おめでとうございます」
式にも呼べなかったのに口々に祝いをくれる友人に笑顔で答えて手土産を渡す。
「これは……面白いですわね」
炭酸水を口にしたミネルバさまが目を見開く。
「果汁などを足したりお酒を割ったりすると飲みやすくなりますわ」
「此方の絹も素晴らしいですわ」
「本当!手触りも良いし何よりこの薄さが!」
概ね好評を得た手土産に内心ガッツポーズをする。
その後は近況を話し合ったり学園での思い出話に花を咲かせ、充実した時間を過ごした。
クリスもまた学園での思い出話の中には共通するものもあり、とても良い笑顔で話に加わっていた。
問題の日がやってきた。
クリスを連れ午前中から積極的に訪問に赴く。
とは言え前以て先触れを出して返事のあった貴族のみだけれど。
大半の貴族は当たり障りなくクリスに接するが、懸念した通りクリスに対しあからさまに侮蔑した目を向け態度を取る者もいる。
仕方がないが、一年も経っていなければ醜聞をなくすことは難しい。
それでもクリスは笑顔を絶やさない、こういう時に王太子教育で培ったアルカイックスマイルが役に立つと馬車で移動中、自虐するでもなくクリスが口にした。
とはいえ、中には好意的な者も少なからず居てクリスの無事を本気で喜んでくれていた人たちとは今後も友好的な付き合いをお願いした。
そしてこの日最後はファステン侯爵家に訪問となっている。
「お久しぶりです」
そう渋い顔をした侯爵である叔父に挨拶をする。
叔父に直接会うのはクリスとの婚姻を王命として承った日以来。
「今年も討伐隊の派遣をありがとうございました」
そう、我が領地への討伐隊はファステン侯爵家が持つ騎士隊にお願いしている、といっても次代に変わったらどうなるかわからないために現在密かに対策を急いでいるのだけど。
「いや、被害がなくて何より」
そう言って長い息を吐いた。
「クリストファー殿下、いやクリストファー卿は息災か?」
「はい、おかげさまでカルバーノでは良くしていただいています」
「そうか」
まあお祖父さまの無茶振りではあったんだけど、実際にそれを伝えたのは侯爵なので気にはしていたのかもしれない。
コンコンと控えめなノックの後家令が嫡男であり現在王太子殿下の側近となったハルシオが入室してきた。
「カルバーノ子爵、クリストファー卿お久しぶりです」
人好きのする笑みを浮かべて侯爵の隣に座る。
私と同じ赤い髪に青い瞳の彼は王太子殿下から私たちの話を聞いたらしく、是非会いたかったと時折挑戦的な視線を送りながら話しかけてきた。
私とクリスは当たり障りない会話で躱しながら、注意深く観察した。
学園では私たちのひとつ下になる彼は座学、魔術の評判も良く人柄も悪い話は一切聞こえては来なかった。
かと言って良い噂もなく、まるで空気のような存在だった。
しかし、今見る限りではなかなかに腹芸の上手そうな、貴族向きの面が見える。
「夜会には出られるのでしょう?なんでしたら侯爵家から馬車をだしましょうか」
「いえ、申し出はありがたいのですが今回はサミエルの婚約者一家も共に参りますので」
「ああ、彼も婚約したのでしたね」
一瞬過った剣呑な瞳はすぐに愛想笑いに変わった。
どうやらクリスに対してよりサミエルに対して思うところがありそうね。
私は気付かれないようにため息を吐いた。
実の所、お祖父さまが侯爵位を継がせる際に叔父と母との間で何かしらがあったらしく、私と叔父はそう仲が良いわけではない、当然ハルシオとも交流は最低限でしかない。
学園では学年も違うためすれ違えば挨拶をする程度ではあるが私自身ハルシオに悪い印象があるわけではない、良い印象もさしてないのだけど。
「何かお力になれることがあればいつでも遠慮なく言いつけてくださいね」
立ち上がり私の手を取ったハルシオが笑みを浮かべながら額を手に充てる。
ハルシオのあげた視線は一度ちらりとクリスを見て私に戻すとにっこりと微笑んだ。
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