第12話 季節外れの雪解け
「私はずっと王には向いていないと思っていたんだ」
クリスフォードがワインを傾けながらゆっくり話し出した、私は隣に座り同じくグラスを譲っている。
王太子と公爵令嬢はグラスを両手に抱えている、温くなると美味しくなくなっちゃうんだけどな。
「頭の出来こそグラジオスと変わらなかったが、グラジオスは私とは違い人の懐に入るのが上手かった」
グラジオスとは現王太子殿下、クリスフォードの弟。
「違和感を抱えたまま歳も近いからと友人候補たちは私とグラジオス一緒にいつも合わされていた」
効率的だしね、第二王子という立場からもスペアとしての意味もあったのでしょう、ろくなもんじゃない。
「私の中で決定的だったのは私が次期王太子であるという理由だけでオフィリアと婚約させられた時だ」
ひゅっと公爵令嬢が息を呑んだのがわかりました。
「グラジオスがオフィリアを気に入っているのを知っていた、当時幼かったオフィリアもグラジオスに懐いていたしね」
「それは」
「うん、王妃になるのであれば我が国でオフィリア以外は居なかったはずだからね、でも私は納得出来なかったんだよ、婚約を伝えられた時のグラジオスの顔を忘れられなかった、それにあの日以来あれだけ仲の良かった二人に見えない壁が出来ていた」
幼かったクリスフォードには辛かったんでしょうね。
自分が原因で二人を引き離したように感じたのでしょう。
「ずっと後ろめたさを抱えていた、その間もどうしても私が王になれるイメージすら沸かなかったんだよ、情けないけど」
疑いもせず国のトップに立てるような人ではなかったのでしょうね。
「だからリリー、男爵令嬢の噂を聞いた時はチャンスだと思った、騒ぎを起こせば少なくとも私の適正に疑問が持たれるだろう、それにもし廃嫡されても重罪を犯したわけでもない、精々辺境に追いやられるぐらいだろうと」
サミエルが「ああ」と声を出しました。
「三年にあがるまではなんだかんだと仲良く見えましたからね、エルスト公爵令嬢と義兄さん」
「ああ、切っ掛けはリリーの噂を聞いたことだったんだ、直ぐに彼女が違法な魔道具を使用していることがわかったからね、利用させてもらおうと思った、その頃にはリリーの重ねた罪が多過ぎて何は何処かで処罰されていただろうから、まあ、私の汚い願望の言い訳でしかないけど」
温くなったであろうワインを王太子殿下がグイッと飲み干した。
グラスを受け取りサミエルがワインを注いでテーブルに置く。
「リリーと関わるうちにグラジオスとオフィリアが一緒に居ることが増えていたからね、このまま上手く私が動けばと、ただまさか追放ではなく婿入りと言われて関係ない誰かに迷惑をかけることになると思ってなかったから、最初はかなり落ち込んだよ」
そう言いながら私の手を握り指先に唇を付ける。
「私の人生がここにあると思ってなかったからね」
にっこり笑ってるけど、そういう行動は勘違いしそうだからやめて欲しい、サミエルが怖い顔してるし。
「クリスフォードさまは今幸せですか?」
「うん、君たちには悪いことをしたと思うけど、ここに来てグロリオサと結婚してサミエルやフィンと出会ってやっと私は生きていると実感が出来るようになったんだ」
清々しい笑みを浮かべたクリスフォードに王太子殿下が苦い顔をした。
「でも、兄さんの弟は私ですよ」
あ、そこに戻っちゃうんだ。
その後は学園時代の話になり思い出話に花が咲いた。
「カルバーノ子爵、私学園にいた頃からあなたと話したいと思っていたの」
公爵令嬢からそう言われて驚いていると鈴を鳴らしたような笑い声をあげて公爵令嬢が笑った。
「同じ歳で子爵家を守り抜き引き継ぎ、いつかは女傑と呼ばれるんじゃないかと父が随分褒めていたのよ」
そう言えば、国王陛下とエルスト公爵は揃って前侯爵であるお祖父さまが家庭教師をしていた教え子だったわ。
そこに叔父が加わった三人で勉強をしていたと聞いたことがある。
「クリスフォードと私の結婚はお祖父さまの差金でしょう」
ついお祖父さまを思い出して口をついた言葉に王太子殿下が相槌を打つ。
「ああファステン前侯爵か、彼はなかなかの癖者だと父が話していたな」
「ええ、ファステン前侯爵が目をかけ、父が一目置く方が同学年にいるのですもの、是非話してみたいと思っていたのですが、領地と王都の往復に領地経営と学業、常に忙しくされていたので声をかける機会がなく、ずっと残念に思っていたのです」
「エルスト公爵令嬢にそう言っていただけるとは光栄です」
「まぁ」と声を上げた公爵令嬢に手を握られる。
「遠くないうちに義理の姉妹になるのですから私のことはオフィリア、いえオフィとお呼びくださいまし」
「では私もグロリオサと」
「なら私のことはグラジオスかジオと呼んでくれ、義姉さん」
王太子殿下が無茶を言い始めました。
「待ってください!義姉さんを義姉さんと呼んで良いのは僕だけですから」
「君だって兄さんを義兄さんと呼んでいるじゃないか」
なんかややこしくなってきたわね。
「ねえ、皆がグロリオサって呼ぶなら私はリオと呼んでもいいかな」
「はい?ええ、お好きに呼んでくださいクリス」
上機嫌のクリスフォードがくつくつと笑っている。
和やかに夜は更けて行った。
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