第40話 再熱する想い 4
これは、さっきの曲…
よくわからない展開ではあったけれど、内心は踊りたいという気持ちがあった。
でも…
それをできないという理由もあった。
病気だから?
それは、違う。
私ができないと思った理由は別にあった。
だから、音楽は流れているのに、信さんに向かって頭を下げる。
「ごめんなさい。私は踊ることができません」
「どうしてですか?」
「私が中途半端だからです」
「どういうことでしょうか?」
「ここは、アイドルを目指して、頑張っている人たちが使う場所だと思います。だから、私のような中途半端なただのファンが頑張っている人たちの場所で中途半端なことをやっていいというのはありえません」
「ファンだからですか…」
「はい。それに、私自身がアイドルというものに元気を、勇気を、憧れをもっていますから、そんな人たちが頑張っている場所で、中途半端な私がここでダンスを踊っていい理由にはなりません」
私は、信さんをしっかりと見つめて、そう言葉にする。
信さんは、私のことをしっかりと見つめると、言う。
「そうですか…それでは、踊ってもらいましょうか?」
「ど、どうしてですか?」
私は、面食らう。
だって、ここまで言ったということは、当たり前のように断ることができると思っていたからだ。
だというのに、信さんから言われた言葉は、踊るというものだった。
私は、意味がわからず反応に困っていると、信さんにさらに言われる。
「幸來さん。だったら、どうして彼女のステージに乱入したのですか?」
「それは…」
「彼女。天音さんは確かにアイドルとして、初めてのステージであり、それはうまくいってはいなかったと思います。でも、それでも乱入していいことにはなりません」
「…はい…」
「そこで、私が言いたいことがわかりますか?」
「わかりません」
「乱入したのですから、先ほどの中途半端なことをしている幸來さんにその資格がないということにはなりません。すでに立っているのですから、正規の形ではありませんが、ステージに…だから、踊ってください」
有無を言わさない言葉に私は、頷くしかなかった。
それを見た信さんは、再度リモコンを操作する。
「それでは、お願いします」
流れるのは、先ほど信さんが踊った曲。
私は覚悟を決めた。
信さんのダンスを近くで見ていたから、どういうダンスだったのかよくわかっている。
手の動き、足の動きは、当たり前のように指先まで意識するように…
体の軸をぶれないように意識をして、ダンスをしていく。
確かに、信さんの言うように、私はすでに勝手に乱入することで、アイドルというものに関わってしまった。
だから、言い訳なんかできるわけもない。
言われるまで、そのことを忘れていた。
そんな私ができるのは、今一生懸命にダンスを踊るということだけ…
全力でやる。
ううん、やらないといけない。
目の前に、私が知っている有名な人がいるのだから、あきれさせないように、幻滅させないように…
そして、私の体がもっともっと自由に動くように…
私は、私は、本当はこの楽しいことを、もっとやりたい。
だから、きっと、もっと、好きな私になれるはずだから!
全力で踊る。
でも、このとき気づいていなかった。
この日、いつもと違うこともあって忘れていた。
やらないといけないことを…
曲は終盤に差し掛かっていたときにそれは起こるのだった。
※
見ていた信は、驚いていた。
すごいという言葉では表せないほど、すごいものだということを感じていた。
目の前にいる彼女は、このダンスを先ほど初めて見たはずだ。
まだ、イメージビデオのみの投稿がされているだけで、ダンスを完璧に収録したミュージックビデオは投稿されていない。
あの日のステージも、すぐに帰ったようで、見ていない。
それからのことは、少し確認をいろいろな人に確認をしたけど、見に来たということはないはずだった。
なのに、彼女はダンスを完璧に踊れていた。
力強く、生き生きと…
途中に見えた顔には、笑顔が自然と溢れて、近くで見ている信は思わず引き込まれる。
「す、すごい…」
本当に小さな声で、思わずそんな言葉が信の口から漏れる。
でも、それほどまでにすごいものだった。
ここまですごいのであれば、オーディションさえクリアすれば、すぐにでもアイドルに…
信自身もそう幸來のダンスを見ていた。
だけど、終盤になると異変が起こる。
完璧だったダンスが、ほんの少し崩れる。
おかしいと思ったときには、一瞬だった。
幸來は信の目の前で崩れ落ちように倒れたのだった。
訳がわからず戸惑う信に対して、扉が急に入ったと思うと、誰かが入ってくる。
「幸來!」
切羽詰まったその言葉で、何が起こったのかわからなかった信も慌てて理解する。
「救急車」
信はすぐに行動しようとしたところで、倒れた幸來の手が信を掴む。
「幸來さん?」
「薬を…飲んで…少し…」
「幸來、わかってるから…信!」
「はい!」
「そこにある、鞄を取って」
「わかりました」
信は慌てて入ってきた人、静香の言う通りにするしかないのだった。
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