第3話 出会い 3
「それで、ここにどうして連れてきたの?」
「それは、だって悔しいからです」
「ええ、そんなこと言われても…私にだって用事があるんだけど」
「だったら、一曲だけ見てください」
「嫌だよ」
彼女のお願いに対して、私はすぐに拒絶の返事をすると、その場を後にしようとする。
すると、昨日よりも勢いよく彼女は頭を下げる。
「お願いします」
「ちょ、ちょっと、それはずるいよ」
「お願いします」
「もう、わかったから、一曲だけだよ」
「はい」
「でも、私がダメって思ったら帰るからいい?」
「はい、それで構いません」
そして、また女の子のダンスと歌を見るはめになってしまった。
ううん、さすがに強引すぎるけど、昨日調べたことで気になっちゃったもんね。
一曲くらいなら付き合ってあげてもいいかな。
私は、そんなことを思いながらも彼女に連れられる。
その場所は、教室だった。
放課後ということもあって、学校に残っている人たちの声が聞こえるという昨日とは全く違う点がある。
だから、リズムをとるという点では、昨日よりもさらに難しい。
それがわかっているのか、彼女は大きく息を吸ってから吐く。
そして、すぐに音楽プレーヤーから音楽が流れ始める。
リズムをとりだす。
昨日よりも難しいということもあって、その動きはぎこちない。
だけど、昨日と違う点がある。
それは、必死だということ…
昨日は、見てもらうためなのか、わからないけれど、表情は諦めているかのようなものだった。
でも、今日は違う。
踊るということに対して、それは必死であり一生懸命だ。
それだけで昨日とは全く違うことが動きでもわかる。
そして、一曲が終わる。
「どうでしたか?」
「うーん、すごくダメダメだね」
「そうですよね」
彼女はがっくりと頭を落とす。
でも、昨日とは違って一生懸命だし、そんな彼女を見ていて、私は少し元気をもらえた。
だから、ここで具体的なダメ出しをするのはやめることにした。
「ねえ、どうして私みたいな素人に見てもらおうって考えたの?」
「それは…」
「うん?」
「ここまでしつこく見てもらったのです、言います。私は、昨年からアイドルとしての活動を始めるとして、事務所に入ったのです」
「ふんふん」
「でも、私はレッスンからボロボロで、うまくいかなかったのです」
「それは、ダンスが?」
「はい…歌唱に関しては審査の項目もあったので、うまくできていたのですが、ダンスというものでうまくできなくて…」
「どうして?アイドルを受けたなら、ダンスの項目も審査じゃなかったの?」
「あったのですが、それでも歌唱がよかったのか、少しぎこちなかったのですが、合格をもらったのです」
「なるほど…」
なんとなくわかった。
それほど歌がよかったということは、リズムには問題ないと思ったのだろう。
だからこそ、歌でリズムをとれるなら、それをそのままダンスを練習さえさせればできるようになるものだと思ったのかもしれない。
でも、うまくできていない。
さっきのところを見ると、まず最初にわかることは自信がない。
後は、視線が定まっていないというところもあるのかもしれない。
どうしても、自分がどんな動きをしているのか、それを考えると視線は足や腕先に向かっていってしまう。
でも、そうやって視線を動かしすぎるたびに何かが目についてしまうのか、リズムが狂い始める。
どうやってもうまくいかないというのは、こういうところなのだろう。
「うーん、でも事務所に入ったのなら、別に私に教わることをしなくても、先生がいるんじゃないの?」
「それが、先生には怒られてばかりで…鏡を見ているとできているのに、ないとできないのはどうしてかって毎回言われるのです」
「そっか…」
そこで、やっぱり考えていた通りのことなんだなということがわかる。
だからといって、私が何かアドバイスをできるということも難しい。
一点に集中してやってと、言われたところで目の前の彼女がうまくできるとは限らないからだ。
難しい。
ダンスには自信がないことが私にも伝わってきて、余計にそう思ってしまう。
「教えるほど、私はうまくないと思うんだけど」
「そんなことはありません。私は昨日のダンスを見て、これだって思いましたから」
「そ、そうなんだ」
はっきりとそう言われた私はさすがに照れてしまう。
でも、目の前の彼女にいいものだったと言われてしまったら、少し調子にものりたくなるってものだ。
私は椅子から立ち上がると、自分の音楽プレーヤーを取り出した。
「えっと…」
戸惑う女の子に対して、私は少し息を整えてから言う。
「座って見ていて」
「は、はい」
そして、彼女が座ったのを確認した私は音楽プレーヤーを再生する。
一曲は長すぎるので、今回やるのは一番の歌だけだ。
リズムをとる。
そして、それを全身で表現する。
歌を全身から鳴らすように…
楽しい。
やっぱり踊るって最高だ。
それが、目の前の一人にだけ向けられたものだとしても、それが逆にいいとさえも思ってしまう。
「あは!」
そして、ついに楽しいのがはじけてしまう。
私の顔は最初にあった緊張とは全く違う、笑顔になった。
それを見て、彼女も目を輝かせる。
ふふん、これがやっぱり最高なんだよね。
そして、私は一番だけを踊り終えた。
「す、すごい、すごい!」
「あ、ありがとう」
拍手と素直な喜びの言葉に、思わず照れてしまう。
昨日のダンスを見て、いいと思ってくれていたのだから当たり前なのかもしれないが、それでも喜ぶ姿に私自身も嬉しくなる。
でも、だからこそ、私が言えるのは一つ。
「ねえ、ダンスって楽しい?」
「え?」
「どう?」
「えっと、正直に言うとあんまり楽しくないですね」
「そこだよ」
「え…」
「ダンスを楽しいって思えるようにならないとダメだよ」
「でも、私はうまくないですし、それにリズムも…」
「そんなの、最初は考えなくていいから!」
私は彼女の手をとる。
急な行動に彼女はびっくりしながらも私の手を握り返してくれる。
うん、お肌すべすべ柔らかい!
そんなことをついつい考えながらも、もう片方の手も握る。
顔も自然と近くなる。
お互いに視線が重なりあう。
か、可愛すぎる顔が近いとさすがに照れる…
私は一瞬、そんなことを考える。
でも、すぐに手を少し動かす。
「どう?」
「どうって言われましても、動いているなって感覚があるくらいです」
「そうでしょ、どんな感じに動いてる?」
「それは…」
そこで彼女は視線をそらそうとするのを私は顔で防いだ。
急接近する二人の顔に、傍から見ればキスでもしてそうな勢いだ。
ただ、彼女は照れることもなく、むしろ近づいていったほうが照れてしまう状況になってしまった。
それでも、言いたいことはわかったようで、彼女は考えながら言う。
「今は真横に伸ばしている形です」
「うんうん、そうだよね」
「はい、でもこれにどんな意味が?」
「簡単にいえばね、触れていればなんとなくわかるってことかな」
「それは手がってことなのでしょうか?」
「ううん、足だよ」
「じゃあ、どうして手を握ったのですか?」
「それは、なんとなくかな」
そう、ちょっと近づくための口実に、手は握っていたのだけれど、それとプラスで気づいてほしかったのは、触れているものの動きだ。
正直なところでいえば、手の動きなんかは、ダンスによっては踊りながら見ることが多い。
マイクなんかを使っていれば、なおさらだ。
ただ、足は違う。
ほとんど見て踊るということはできない。
だから、地面についている場所がどのようなことになっているのか、それを考えた上で踊らないといけない。
それが、極端な話が今やっている、触れているから、目の前の人と同じ動きを私はしているはずだという認識でもあった。
ただ、ダンスで重要な足を鍛える。
それに必要なことは…
「ふふん、これからは特訓だね」
「えっと、ということはダンスを教えてくれるんでしょうか?」
「まあね、ちょっとだけね」
「はい、ありがとうございます」
「いいって…それに、その言葉は踊れるようになってから、聞かせてよね」
「はい、でも、どうして急に?」
「昨日の今日で、ちゃんと顔つきが変わったからかな」
「それは…」
「昨日のこと、びっくりした?」
彼女に聞くと、ゆっくりと頷く。
「はい…私ができなくて、途中でやめることは普通だったので…」
彼女がそう言ったところで、私は言い聞かせるようにして言う。
「そっか…それでも、私の前では絶対にダメ」
「どうしてですか?」
「それは、簡単かな。そこで諦めてしまうってことは、ファンの前でもそれをしてしまうってことだよ。そんなことをしてもいいの?」
私の問いかけに、彼女は真剣な顔で答える。
「それは、ダメです」
「だからね、最後まではやりきるしかないんだよ。それがどんな結果だったとしてもね。それがアイドルになるってことだし、見てくれている人に対して、大切なことだと思うから」
どうやらわかってくれたようで、私は笑顔でそう答える。
彼女も、答えることで余計にそのことを意識したようで、同意の笑顔を見せてくれる。
それの可愛さは、女性から見ても確実に惚れてしまう程度のものだった。
そんな可愛い彼女に、私は質問する。
「ちなみにアイドルってどんな人だと思う」
「それは、歌もダンスもよくて、みんなを魅了する人だと思います」
「そうなんだね。ちなみに私は、一生懸命で、誰かを笑顔にする人かな」
「え?」
「ま、とりあえずはよろしくね。
「え?ええええ」
こうして、私はダンスを教えることになった。
ただ、この出会いが私自身すらも変えてしまうものだということをこの時は知らなかった。
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